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わたしとKEKKON
2020年のことを今でも思い出す。
世界中が目に見えないウイルスに侵されてヒステリックになっていた6月、何も知らずにわたしは最近増えた外泊のこととか、朝になっても帰って来ない元夫に疑いも持たないくらい、もしかしたらもう醒めていたのかもしれなかった。
その日も仕事が遅くなり帰宅したらすでに眠っている元夫のデバイスを悪いな、と思いつつ観察をした。悪い癖で、たまのチェックが辞められないのだった。何故か
スクラップ・アンド・ビルド
隣人が明日、いなくなる
何十年と住んだ家を追われる、優しい人達だ
未曾有のパンデミックから時間軸が曖昧なままもう、3年が経つ
人と人との繋がりが希薄化し、停滞した澱んだ水槽のような世界でなんとか、秒針をすすめてきたように思っていた今日
あの頃住んでいた街を通りすぎる機会があって、まだどこか痛むなんて馬鹿だ
保険が効かない慢性疼痛を後生大事に抱えたくはないから死ぬ気で壊して、作り直して2年以上
BRUH LOVE is (NOT) perfect
バタつく粒子の性、60兆個の生まれ変わる細胞、の中でゆるやかに増殖しギアを上げるニューロンの不変、あるいはそう見える虚像
流転して傾斜を深めていく魂に、わたしはついて行けるだろうか
潜る速度と深度に眩暈がしそうな、大森靖子さんの話だ
大久保薫×大森靖子の最強タッグのキラーチューンが新年の1月も終わらぬうちにもう、ぶち上がってしまった
ソーシャルなビューティーで拓く世界は誰しもが対等に煩わしい
深夜基地AM1:16
可愛いだけで買ったフェラガモのパンプスが踵を削る
ソーシャルなビューティーの為に血も流せるけど、ああもうこの靴メルカリ行きだなって脱いだ、コンビニで買った600円のスリッパで捕まらないタクシーが走る街を歩く
安い化繊が柔らかく纏わりついてふと、
間違っていたのだろうかと思う
どう生きたって繕ったって一生自分でそれこそが希望だ
誰にも影響なんて受けられなくてそれだって希望だ
自分自身を可哀想だと思
カテゴライズを笑え-大人になった美少女戦士-
2022年9月18日
恵比寿リキッドルームの最前ドセンで超歌手大森靖子さんの生誕ライブを浴びてきた。
1987年生まれの靖子ちゃんはわたしと同じ学年で、ひと月先に35歳になった靖子ちゃんは「アラフォーになった。先に心構えしておくと楽」とあっけらかんと笑った。
わたしが初めて靖子ちゃんと接触イベントをしたのが靖子ちゃんが30歳になりたてのMUTEKIのレコ発渋谷の写メ会でその時も靖子ちゃんは同い
季節はそして春だった
仙台は特別な場所だ。
手放すことを選んだ、長年の関係性の呪縛を解いた一昨年の十月から、一年が経った去年。
今日と同じ仙台の会場で真夏の卒業式を聴いて、憑き物が取れたように感じた。
本当の意味で肯定が出来た。あれからあっという間に半年、気付いたら経っていたようだ。
四月。
春は好きだけど感傷が強くて少し苦手だ。
そんな季節にまた、同じ会場で、目の前で靖子ちゃんが真夏の卒業式を歌ってくれた。
生き
ノブレス・オブリージュの原罪
甘ったれの格好付けで独善的なその作家の引用に好きなものがある。
"選ばれてあることの 恍惚と不安と 二つ我にあり"
ポール・ヴェルネールだ。
稀代の言語学者かつ風俗史も体現する超歌手の真夏の卒業式という曲にこんな歌詞がある。
ありがとうって言ってあげる
何もしてないのに感謝される
からっぽな幸せでいてね
どれ程身をすり減らして心を砕いたところで魂のステージが違う相手に伝わることなんて、ほんの