記事一覧
マーメイド・イン・鵠沼海岸
小6の夏。サーマルウィンドが吹く前の、まだ誰もいない波に乗るのにハマりだした。朝起きて、その気になれば10分でファーストターンができる。朝すぐに飛びだしていけるように、スーツなどの下準備は夜にしておいた。浜辺に降りたら、軽くストレッチしながら沖にでるためのサーフビートを見極める。小走りで海に入る。パドリングで海をつかむ。そうすると自分の中の何かとつながっているように思え、日々受ける嫌なことがそこ
もっとみるアコーディオンと曇のフラワーリング
七月の晴れた朝、痛むほどの強い衝動に駆られ、リュックひとつで旅にでた。心の方位磁石に導かれ、幾つかの列車を待つことなく乗り継いだ。降り立った駅舎をでたとたん、まぶしかった夏の香りがした。駅前から乗った路線バスの運転手は髪の長い若い女性だった。彼女の髪が大きく揺れると、その先に湖が見えてきた。あの夏の思い出に微笑む風景ばかりになり、僕は次のバス停でひとり降りた。女性運転手は、よい旅を、と声をかけて
もっとみるキューピットの弓矢はある日
わたしの名前はキューピット。ギリシャ神話に登場する、あのキューピット。この星の文明が急速に発達しだした頃からわたしたちは次々と送り込まれるようなった。送り込まれるかたちのわたしたちの姿は人々には見えない。まあ見えたら意味がないから透明な状態でいる。そしてわたしたちはご存知のとおり、弓矢を持っている。そう、恋の弓矢を。(これも当然見えたらびっくりすると思うから人間の目では見えないけどね)
この地
煙突の上のラプンツェル
わたしはポストマン。この春、新たにこの地域の担当になった。表向きはこれから爆発的に人口が増える場所だから若いわたしに割り振られたかたちだ。これから森の向こうの高台にある煙たなびく煙突がある家へと初めて配達しに行く。時刻は夕方近く、雨の予報はなかった。
森の向こうへは森を大きく迂回して行かなければならない。ようやく森を回り込むと緩やかな坂道になった。わたしはバイクのギアをローに落として登って行った
あしたはミラクル「テレビ東京最後の日」
《あらすじ》
テレビ東京がなくなってから30年。最後の番組(明日の天気予報)を担当した新人アナウンサーだった結城一路は、今は地方の街のコミュニティFM局のメインパーソナリティとなっていた。気象予報士の新谷つばさとぶつかりながらつくった最後の番組。その彼女の訃報にふれ、結城はあの日を振り返る。あの日彼女は、天気予報は漁に出る人たちなどにとっては命予報だと言って、テレビ大好きで人より努力に努力を重ね
さよならは、波のように。
《あらすじ》
さよならメッセンジャーの今泉に依頼は絶えない。今日はOLからの依頼。付き合っていた男性に妻子がいたことがわかり、別れを決意。今泉はその男性の自宅近くのファミレスで話を切り出す……。
明くる日は、子どもから。基本、子どもからの依頼は無料で行っている。どうやらイジメが原因のようだ。相手は豪邸に住む、いわゆる勝ち組の家の子ども。今泉は用意周到に、話し始める……。
その次の日は、こちら
森のなかのあかんぼう
1
もりのなかに にんげんのあかんぼうが だっこひもをつけたまま ぽつんと おかれています
そこはまだ もりのいりぐちに ちかいと
ところです
そのなきごえは もりのおくのほうまで ひびきわたっていました
2
そのなきごえをきいて まずさいしょに おサルさんがやってきました
「おやおや やっぱり にんげんのあかんぼうだ なんでまた こんなところに
夜明けの少し青くなった空のほうへ
ある日、再び大きな地震がこの国を襲った。途方に暮れる日々のなか、被災者には国から無料スマホが提供された。災害時用に水面下で準備を進めていただけあって、その対応は極めて迅速だった。使い放題だけあって、提供された人々の手元にはいつもスマホがあった。その効果もあってかどうかはわからないが、わりかし避難先の秩序はどこも保たれているようだった。
震災から二ヶ月が経った初夏のある晴れた日。一時的な宿泊先と