明日もきっと、明日を後悔するだけ
こんな時間にまといついて離れないのは、たいてい今日の後悔だ。
意味もなく暗くした部屋で一人、いつから嗜むようになったのかも分からない、透き通った琥珀色をただただ眺めている。
「カラン」
グラスの氷がかすかに揺れる。
何かを思い出したようにスマホの画面を見ると、いつもなら表示されているはずの通知が来ていないことだけが分かる。
「着いたよ」の一言を最後に、動く気配のないトーク。
無意識に「おやすみ」と指をなぞる自分に、虚しさと苛立ちと酔いの混ざった苦い感覚が押し寄せる。
「そうだ、もう必要ないんだった」
誰もいない部屋で思わず声を漏らす。
「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」
どこかで聴いた曲のワンフレーズ。
言いたいことも言えないこんな世の中でも、それでも、言いたいことを言って生きている人はいる。
例えば、アイツとか、それにアイツだってそうだ。
自分はどうだ。
言いたいこと、言えているのだろうか。
言いたいことが言えていたら、きっと今頃、薄暗い部屋で一人酒を嗜むなんてことはしていない。
今日は、言いたいことを言ってこなかったこれまでの集大成みたいな日だ。
よりにもよって、自分が生まれた日に、こんなことになるなんて。
「言いたいことがあるなら、言えば良いじゃん」
そんなこと、言われなくても分かってるよ。
そんなに言いたいことあり気な表情なのか、自分って。
「言われなくても分かってるよ」さえ言えないもどかしさが、顔に出ていることに自分では気づけない。
言いたいことを言う方法、みんなどこで知ったのだろう。
どんな生き方をしたら、それができるのだろう。
言いたいことは確かにあった。
けれど、言えなかった。何も、言えなかった。
お互いの言葉を重ね合わせた先にしか、二人の未来はなかったはずなのに。
何も言わなかったから、素直なやつだと思われた。
何も言わなかったから、ノリの良いやつだと思われた。
何も言わなかったから、何も言ってくれなかった。
何も言わないでいたら、「自分」が出来上がっていた。
それが自分だと思っていたから、何も言えなくなっていた。
素直さは従順さで、ノリの良さは自分の弱さなだけだった。
あからさまな愛情も、さりげない愛情も、もっと素直に受け止められていたら、言葉にできていたら。
明日もきっと、グラスを揺らして明日を後悔する。
後悔先に立たず、けれど、後悔の果てを生き続けたから今がある。
少し力が篭っていたのか、グラスを持っていた手がほんのり赤い。
グラスの氷は、すっかり溶け切っていた。
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