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山際響:短編集

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山際響の短編まとめです。
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2020年7月の記事一覧

夏の淫らな蛙

夏の淫らな蛙

 あの夏、私は一人の男を穴に閉じ込めた。
 私も他の多くの人々と同様に、私の心を深く傷つけるものは、残念ながら死んでも仕方がないと思っている人間だった。
 
 あの日、私は自分の家へと続く畦道を歩いていた。私の両脇から水田に潜む夏蛙の鳴き声が聴こえてくる。一体どうして夏蛙の声はこんなにも私を落ち着かせてくれるのだろう。蛙の鳴き声など、煩いだけだろう、とある友人は言ったが、私はそうは思わない。人の意

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ポモドーロ

ポモドーロ

 恭司は実家の家庭菜園の中に分け入ると、掌に収まる適当な果実を見つけ出し、力を入れて握りつぶした。極小の種を含んだ果肉が液体となって、掌の中から溢れて土の上に落ちた。一体何の野菜の実かは分からないが、妙にひんやりとしていたのが印象に残った。恭司は野菜を握りつぶす事で、気分の悪さを自分自身に対して表現した。
 陽に照らされた菜園の土を見ながら、人から言われるように、自分でも感情表現が上手くないと思っ

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オーロラ

オーロラ

 オーロラは見えなかった。雪を被った白樺の合間に、揺らめく星が見えるだけでも、スオミには満足だった。夜空を見上げ、そこに星が見えれば、北欧の小さな村に住んでいる事を忘れ、ほんの少しだけ日々の疲れもとれた。
 スオミは倉庫から、大き目のマキを二つほど取り出した。十歳の力では両脇に二つ抱えるのが限界だった。足元で白い犬が尻尾を振っている。犬の役割は、家の裏口のドアを引っ掻いて、スオミの母にドアを開けて

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