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スーパーすぎる語学習得エピソード集『語学の天才まで1億光年』高野秀行

大好きな高野秀行さんのアドベンチャー・ノンフィクションは数多く。『アヘン王国潜入記』、『西南シルクロードは密林に消える』、『幻のアフリカ納豆を追え!』などなど。誰も行ったことのないところに行って、誰もやっていないことをやって、それをおもしろおかしく万人向けに書ける高野さんの本は本当に大好きです。

アジアやアフリカへ行って、数カ国語を駆使して冒険する高野秀行さんのノンフィクションにはファンも多いですが、今回の本は、高野さんの冒険の必須アイテムの現地語マスターについてまとめた初めてのもの。フランス語に始まり、スペイン語、イタリア語、ブラジル語、ポルトガル語、アフリカのリンガラ語やボミタバ語などの言葉だけでなく、さらにはタイ語にビルマ語、シャン語、中国語などなど。

いままでは、冒険ノンフィクションのそれぞれの本の前段階でさらっと書かれていただけの言語習得の話だけを集めて、数多くの言葉をどうやって覚えたかを一挙まとめて公開です。まず、これだけでインパクトありすぎです。

しかも、今みたいにネットが発達していない時代の言語習得なので、本当に手探り&御本人の性格も加わって、試行錯誤で身につけていく高野さん。これすら、もはや日本にいて冒険しているレベル。そんな苦労を重ねた末に積み上げた自分自身の語学学習方法がいたってシンプルになるのは当たり前なのかもしれません。

教科書は最低限で、必ずネイティブとコミュニケーションをとりながら実用的な言葉を教わり(そもそも当時は教科書すらない言語が多かったので)自分で文法構造を考えつつ、習って復習して、覚えてしゃべってのくり返し。専門の語学コースがある場合は、学校に通って短期集中でやる。勉強は人間の数だけ方法がありますが、探検に行くための言葉を覚えたい高野さんにはこれが最良の方法なんですね。

絶対に使うし必要だから、トライ・アンド・エラーのくり返しさえ力になります。高野さんは、目的のためなら何回でも飽きずに練習できるし、言語を覚えるだけじゃなくて、その社会にある言語の構造なんかも考察したりもします。良質のノンフィクションを書く高野さんならでは、です。本書は語学を習得している途中の高野さんのノートやイラストがさりげなく入っているので、そんなものも楽しく見れます。

探検したい場所の手前までしか行けないときは、その場所の言葉を覚えながら、いずれ行きたい場所の言葉を教えてくれる人を探す。もしくは、行きたい所に行くための人脈づくりに言語を習う。語学学習がこんなに冒険物語になるって、やっぱり高野さんのならでは。普通の人が行かないところに行くには、案内してくれる人が必要。そして、そういう特別な人は現地で探す過程がおもしろすぎます。

とはいえ、言葉は政治とも深く関わるので、どの言葉を覚えるかで社会的な立場が代わったり、現地の言葉を覚えることが必ずしも得になるわけではないのもリアリティあります。例えば、アジアやアフリカで、英語やフランス語のような旧宗主国の言語を話すと対応が丁寧なのに、現地語をしゃべるとなると途端に「下に見られる」ようになったり。これは、感覚的にわかりやすいです。

でも、どの旧宗主国の言語でも同じということはなくて、やっぱり言語の違いや歴史の違いによって、差がない国もあるらしいのが不思議です。高野さんのレポートにあるようなスペイン語の状況は、ちょっと体験してみたいです。

たくさんの言葉を使う高野さんと世界各地の言語のおつきあいは、清々しいほど「道具」と使い手の関係です。必要だからマスターする。用がなくなったら忘れて、次の冒険のために別の「道具」を手にするために努力する。他の人には真似したくともできないやり方だし、そもそも真似する必要がありません。

その意味で、高野さんの本は、大学の語学の先生が書く本や、どこか特定の外国で生活している人には絶対書けない、おもしろさがあります。でも、やっぱり高野さんの魅力は冒険とノンフィクション。その前段階の「道具」入手の部分だけだと、高野さん本来の魅力に少しだけ欠けるかも。そう思うのは、ファンの贅沢だと思いますが。

あと、余談ですが。高野さんの語学学習エッセイを読んですごく感じたのは、1980年代から90年代にかけての大学生が持っていた「自由さ」や世の中の「余裕」です。高野さんレベルは別格としても、文系でも一・二年浪人するとか、大学生で何年も留年する人たちは昔は結構身近にいました。でも、今はそれが贅沢に感じたり、すごく「失敗」みたいに見られるような気がします。なんででしょうね。







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