記事一覧
いたずらラッコの運動会(後編)
サンサンのダンクシュート
サンサンが初めてダンクシュートを成功させたのは1991年7月5日。正式公開は14日。
もっと高度な芸が欲しいと考え、当時話題のプロバスケットに着想を得て一番人に慣れているサンサンにバスケットを教えることにしました。投げ込んだボールに異常な興味を示したサンサンが、器用に前足で運んだことがきっかけでもありました。
ダンクシュートの時の水面から飛び上がる動作は貝殻を水槽の底
いたずらラッコの運動会(前編)
世界初のラッコのショーを公開したことで有名になった大分マリーンパレス(現:うみたまご)。
1990年から2006年まで行われていました。
現在インターネット上に残っているラッコショーの記録は、当時ラッコを追いかけていた方のホームページくらいでしょうか。
最近はYou tubeにWANKOさんからラッコショーをやっていた当時の動画が上げられました。大分マリンパレスのDVD・TVの過去映像で放送され
2023年ラッコ探訪記2
神戸から新幹線で広島へ向かい、広島県立図書館の中国新聞データベースで「宮島水族館のラッコたち」の記事日付確認と記事探し。
全国紙の日本経済新聞のデータベースも一緒に検索できたので、各地の水族館のラッコのことも調べられました。
前に来たときは中国新聞でもう少し前の記事も検索できていたはずなのですが、何かの勘違いだったのか今回は出来なかったです。
翌日、宮島へ
宮島水族館が開館するまで、宮島の町を
2023年ラッコ探訪記1
須磨海浜水族園が5月いっぱいで閉園するということと、ラッコの飼育史展示をやるとのことで取り急ぎ神戸に行きました。
本当は「ラッキー」と「明日香」がいる内に行きたかったですが、行こうと思ったタイミングで感染症が流行してしまったため行けずじまいでした。
リロくん16歳の誕生日会
マリンワールド海の中道 2023年3月30日訪問
ラッコ水槽前は開館直後から人でいっぱいでした。
去年まではラッコの
広尾水族館(広尾海洋水族科学館)のこと
ひろお水族館で飼育されていたラッコのことを調べるため、北海道立図書館で広報ひろおのひろお水族館のコラムコーナーを参考にしました。
このコラムコーナーは1989年3月から2005年11月にひろお水族館が閉館するまで続いていて、生き物の解説のほかに水族館での活動内容がまとめられています。記念誌が出ることもなく、今となっては当時のひろお水族館の活動内容を知る資料は少なく、有志がHPでまとめた2000年
うみたまごのラッコたち
ラッコショーを世界で初めに始めたことで注目を浴びたうみたまご(前身は大分マリーンパレス)。
国内で飼育されているラッコが消滅寸前ということもありラッコブームを知るための一環で、当時のラッコショーがどんなものだったか調べることにしました。
調べていくと出生記録やラッコショーのことについて断片的に各新聞社のデータベースから情報を得ることが出来ました。それらをひとつの記事にすると煩雑になってしまうた
2022年の飼育下ラッコの調査まとめ
去年に引き続き、かつてラッコを飼育していた全国各地の水族館の飼育記録を調査していました。
この記事で書くのは主に2022年に入ってからの各地の図書館の地方新聞や水族館の発行誌をレファレンスを利用して調べてもらったり、水族館への問い合わせの記録です。去年のと一部またぐものもあります。
勘違い
munyさんのHPのラッコ飼育園館リストには載っていませんでしたが、Twitterでラッコを観たとい
2022年のラッコ探訪記
4月21日、鳥羽水族館までラッコの「メイ」と「キラ」に会いに行きました。
鳥羽までは福岡から直通の高速バスの便もないので敬遠しがちでしたが、鳥羽水族館で「歴代のラッコたち」という企画があるとのことなので日本のラッコの飼育史を辿っている僕としては見逃せないということで、4月21日のラッコの「キラ」の誕生日に合わせて行きました。
まずは3月30日に参加した海の中道マリンワールドのラッコの「リロ」の
いおワールドかごしま水族館のラッコ達
1997年5月30日に鹿児島にオープンした水族館。ラッコはオープン前に搬入していました。
神戸の須磨海浜水族園からトコ(♂)、新潟のマリンピア日本海からララ(♀)を借り受け、1998年5月13日にラッキーが生まれました。ラッキーは10月3日に野生からやってきたお嫁さん候補のチェリーと10年間暮らしましたが、子を授かることはありませんでした。
2008年12月3日、ラッキーは所属であるマリンピア
2021年のラッコ調査の振り返り
今年の2月22日、マリンワールド海の中道のラッコのマナが亡くなりました。国内の園館で飼育されているラッコも残り8頭というところ、リロとの繁殖を期待され、職員の方が温度を調節したり照明を暗くしたりするなど環境を変えたりして妊娠成功のための試行錯誤をされていました。
マナは人工保育個体でマリンワールドの職員から手厚く育てられ、その分愛された個体となっていました。国内のラッコが少ないことを知り、20
オホーツク水族館のラッコたち
1986年10月18日~2002年2月28日まで展示されていました。
かつて網走市の観光の導線を支えていた。
水族館にクリオネを展示することに初めて成功し、海遊館や海の中道マリンワールドでの展示の時に手引きをしている。
北海道のラッコを飼育していた水族館の中では、繁殖に成功していて全国各地にラッコを搬出しています。世界で初めて、ラッコの人工保育に成功しその体験談は「がんばれ!赤ちゃんラッコのラリ
おたる水族館のラッコたち
1985年10月10日~2005年11月27日まで展示されていました。
丘に囲まれた実質プライベートビーチの海獣公園を持つ水族館。本館から海獣公園までの道のりは急な坂で、上り専用のエスカレータが設置されている。冬は積雪のため海獣公園は閉鎖される。
夏はフンボルトペンギンのショー、冬はジェンツーペンギンの散歩が行われる。2011年までは小樽の雪あかり祭りに合わせてのみの開館で、冬季は基本は営業
ひろお水族館(広尾町海洋水族科学館)のラッコたち
1988年7月2日~2005年4月26日まで展示されていました。
1980年5月3日に「シーサイドパーク広尾」内にオープン。
近隣のえりも岬など、アザラシが多くみられる場所がありアザラシの子供の保護などを行っていて、保護したアザラシを野生に返す試みも行っていました。アザラシの飼育について先進的な研究を行っていた施設だったようです。
2005年11月3日に閉館。
ひろお水族館の活動について書か
サンピアザ水族館のラッコたち
1992年1月2日~2006年12月27日まで展示されていました
1982年にオープンした、新札幌の都心にある二階建ての都市型水族館。
複合ショッピングエリアにある施設のひとつ。設備はオープンから少しずつ改装はしているものの、構造は大きく変わっていません。昔ながらの古びた雰囲気があります。
ショップにはガチャガチャ、ストラップなどサンピアザ水族館のオリジナルグッズがたくさんあります。
館内
登別マリンパークニクスのラッコたち
1990年7月20日~2000年10月20日までラッコが飼育されていました。
温泉の町である登別にポツンと建った大きな西洋建築の城。
それが登別マリンパークニクス。1990年7月20日に「北欧のロマンと海洋のファンタジー」がコンセプトの施設。正式な呼び方としてはマリンパーク「ニクス」となっています。
城の前方に北欧風の建物が扇形にずらっと並び、奥には遊園地「ニクスランド」があります。遊戯施設は