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広尾水族館(広尾海洋水族科学館)のこと


 ひろお水族館で飼育されていたラッコのことを調べるため、北海道立図書館で広報ひろおのひろお水族館のコラムコーナーを参考にしました。
このコラムコーナーは1989年3月から2005年11月にひろお水族館が閉館するまで続いていて、生き物の解説のほかに水族館での活動内容がまとめられています。記念誌が出ることもなく、今となっては当時のひろお水族館の活動内容を知る資料は少なく、有志がHPでまとめた2000年以降の活動内容や当時のひろお水族館のHPをアーカイブしたもので知ることができます。

あざらしみてきたよ!

 ひろお水族館はアザラシの保護活動で主に実績を残し、アザラシファンからはアザラシの聖地と呼ばれているそうです。
 せっかく「広報ひろお」に「ひろお水族館」の活動について書かれているんだから、それをまとめた記事を作ろう!と決心しました。
2023年7月19日に北海道立図書館に再び来館し、4時間ほどかかってひろお水族館のコラムを16年分簡単にメモしてきました。
4月は広尾町の会計報告などの特集でコラムが載らないことがありました。

元々の目的だったラッコ関連の記事は搬入した時と赤ちゃんが生まれた時の初期だけで、ラッコに名前がついている様子はありませんでした。
1996年12月におたる水族館から「アップル」が移ってきています。

コラムは最低限のメモをしてきただけで、ラッコ関連以外は複写はしてきていません。写真絵本「アザラシの保育園」や他の水族館からの情報で少し補足を加えました。
ひろお水族館について調べている人の一助になりますように。

「広報ひろお」の「ひろお水族館」コラム、関連記事

()で括っている所は独自にタイトルをつけたものです。

広報ひろお 1989年

ひろお水族館は冬は完全に休館します。
北海道の園館は2010年頃までは冬季休館が基本でした。
1989年の春、オホーツク水族館からラッコの「リッキー」がひろお水族館にやってきました。


広報ひろお 1990年



広報ひろお 1991年

ラッコは1990年11月21日に雌が誕生、12月2日に雄が誕生しました。
雄は1994年5月31日にサンピアザ水族館に異動した「ダイスケ」くんです。


広報ひろお 1992年

4月10日、大変珍しいアザラシの双子の赤ちゃんが生まれました。
名前は「ミドリ」と「ナシ」です。
「ナシ」は一カ月後の5月4日に死亡しました。
写真絵本「アザラシの保育園」より


広報ひろお 1993年



広報ひろお 1994年

外国の密猟者が千島列島でラッコを密猟しているというコラム


広報ひろお 1995年

コラムの写真にはラッコが2頭写っていました。



広報ひろお 1996年

宮津エネルギー研究所水族館との協力でクリオネの展示計画が行われたとのことでした。きっかけが気になります。



広報ひろお 1997年

新しいフンボルトペンギン舎を建設。
ペンギンの赤ちゃんが生まれ、名前の募集で「ヒロ」と決まりました。


広報ひろお 1998年

ペンギンの「ヒロ」の父親が病死しました。父親がいなくなったことで他のペンギンたちとのいざこざが起こるようになり、取り上げて途中から人工保育になったようです。「ヒロ」は観客から大人気だったようです。


広報ひろお 1999年

春先になると近くのえりも岬で迷子のゴマフアザラシが打ち上げられるようになり、ひろお水族館の職員は保護に大忙しになります。
 アザラシを保護していると「保護したアザラシを野生に戻さないのか」と声をかけられることがあり、職員も「保護したアザラシは野生に帰すのが一番いい」とアザラシの野生復帰について考えていました。1992年から館長の決心で保護したアザラシを野生に帰す活動が行われました。野生復帰できるかどうかの見極めや放流した後に自分で餌をとれるように訓練をしたり放流した後のアザラシがちゃんと生きていられているか調査するために識別できるようにするなどやることがたくさんあります。
 当初は識別するためにアザラシの体に印をつけたりしていたようですが、アザラシのことを考えてDNAやコンピュータによる体の紋様識別など、体に跡が残らないやり方が研究されてきました。


広報ひろお 2000年

カリフォルニアアシカのミミちゃん、ララちゃんはメキシコからやってきました。
 調教師は当初おたる水族館のショーを真似ていましたが、独自性を求められるようになり試行錯誤をしました。
「アシカのお絵かき」は外国の水族館でイルカがお絵かきをしているところから着想を得たとのことでした。


広報ひろお 2001年

ショーをする時のBGMの重要性について書いています。


広報ひろお 2002年
独自につけた副題ですが()は省いています



広報ひろお 2003年

 アザラシの調教師が体調を崩し、引退・入院。
病院で観客だった子どもと出会います。
No.666まで独自につけた副題ですが()は省いています



広報ひろお 2004年


広報ひろお 2005年

 来訪ノートには閉館が決まったひろお水族館への訪問客のメッセージが書かれたりしています。


 現在は北海道紋別市にある「オホーツクとっかりセンター」を中心として野生のアザラシの保護が行われています。
九州の水族館にいるゴマフアザラシはおたる水族館からやってきた個体が何頭かいます。

とっかりセンター職員によるとっかりセンターの活動記録



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