【最終話】【就活体験記】毒親育ちの早大生が、就活で100社以上落ちた、という話。(5)
(1) https://note.com/watari_niihara/n/nda5cb7e22fe4
(2) https://note.com/watari_niihara/n/n8dac0865b4b8
(3) https://note.com/watari_niihara/n/n0fdcd5cfff17
(4) https://note.com/watari_niihara/n/n0f1aed8df4c9
――え。嘘。なんで!?
内々定の連絡を受けた私は思わず電話で絶句して、人事の人の「あのー、もしもし?」で我に返って、慌てて「ありがとうございます!」を絞り出した。信じられなかった。あんな醜態を晒したのに。
電話を切ってからもしばらく、茫然としていた。内々定を取れたことは勿論嬉しかったが、「何故か」がさっぱり分からなかった。
あろうことか最終面接で泣いて叫んで、言った台詞はといえば「働きたいんです、働かせて下さい」だ。そんな言葉で内定が取れるなら、誰だってそう言っている。
どう考えても、面接でやってはいけない禁忌の最たるものを犯したはずの私を、彼らは何故、採用することにしたのか。
しばらく思いを巡らせた私は、あまりに切羽詰まった様子が気の毒すぎて同情されたか、もしくは「そこまで言うなら辞めなさそうだ」とでも思われたのだろう、と結論を出した。そしてどうあれ、あのおじいちゃん社員が私を雇うと決めてくれたなら、その恩義に報いよう、と思った。
結局のところ、企業が内定者に求めることというのは「内定の出た会社に入社する」「すぐには辞めない」「入社後、きちんと働く」で、それ以上の能力は「できれば」レベルの話のはずだ。いつまで辞めずにいられるかはともかく、あのおじいちゃん社員が責任を問われない程度――1年か2年かそのぐらい、辞めずに働きさえすれば、多分最低限にはなる。とにかく早く給料分の仕事をこなせるようになって、新人育成にかかる初期投資分、利益をさっさと会社に還元する、当面はそれだけ考えよう。そうすればきっと、拾ってもらった分の恩を、苦境から救ってもらった「借り」を、返すことが出来るはずだ。
そう割り切って腹をくくれば、「受かるはずがないのに受かった」の後ろめたさが薄まる気がした。
バイト先に内々定が取れたことを報告し、「アルバイトとしてなら雇う」と言ってくれたwebサービスの企業にも断りの連絡を入れて、私は就職活動を終えた。
そして翌年春から4年余り、心身を壊して休職・退社するまで、私はシステムエンジニアとして、その企業で――正確には客先常駐派遣だったので、派遣先のプロジェクトで――働いた。プログラムは一行も書けないままだったし、サーバーにコマンドを打つのも苦手だったが、SEの仕事は意外と文章を書くシーンが多く、楽しかった。障害報告書も、提案資料も、問い合わせのメールも、色んな種類の設計書やマニュアル類の作成も、「文章を書く」という一点で、私は快感を得られた。がむしゃらに、夢中になって仕事をする中で、就活中に問われ続けた「何がしたいか」という質問の意味と答えを、ようやく理解した。
私は、「書く」仕事がしたかったのだ、と。
そして私は実際に「書く」仕事に就けていた。ホワイトカラーの仕事に就けば大抵は「何かを書く」だろうから、その意味では「どこでも良い」というのも本当だったかもしれない。
ともあれ、私は「書く」仕事に夢中になれた。課題管理表を、システム方式設計書を、oracleサポートへのメールを、クラスタ環境設定手順を、私は書いて、書いて、書き続けた。面白かった。何がしたいか、何が好きか、それを仕事にするという事が何故大事なのか、それが分かった。
最終面接のおじいちゃん社員とは、入社前の内定者懇親会で姿を一度見かけたきり、最後まで話す機会はなかった。私の入社と入れ替わるタイミングで定年退職した、と後から人事の人に聞いた。
あのおじいちゃん社員は一体、私の何に期待してくれたのか、と今でも思う。結局私は4年余りでギブアップしてしまったが、あの人が期待してくれただけの成果を会社に残せただろうか。入社2年目から後は、SEとして1人/月以上の仕事を担当していたし、後輩も二人育てていたので、何とか出来ていたはずだと――あの日の恩は返せただろう、と思いたい。
以上が、私の就職活動の顛末である。
反省すべきことは大量にある。そのほとんどが私自身の「就活舐めすぎ」「調べなさすぎ」「相談しなさすぎ」による失敗だが、それ以外にも、ここまであえて触れてこなかった根本原因がある。
タイトルにも入れている「毒親育ち」という所だ。
全てを育ち方のせいにすればいいという話ではない。
だが、現在就活中の「毒親育ち」の人、あるいはそうでなくても「自己肯定感が低く、自主性に欠け、『何をしたいか』と問われても分からないまま就活をせねばならない人」に向けて、この先の文章を書く。
私たちのような人間にとって、「何をしたいか」を探すのは、それ自体が非常に難しい。
「今日何をしたいか」を考える機会がないままで育ってしまうと、あるいは「自分はこれがしたい」を叩き潰され続けていると、「自分はこれがしたい」に厳重に鍵をかけ、他人から見えないように、更には自分でも意識せずに済むように、深く深く隠す習慣がついてしまう。他者の「お前はこうしろ」に従うストレスを低減し、日々を安全に過ごすために、そうする必要があるからだ。
しかし、「自分はこれがしたい」に鍵をかけてしまいこんだままでは、就職活動という場で戦うことは困難を極める。
「これがしたいんです!」と言っている人と、「あー、いや、別にしたいことは……特にはないんですけど……」という人が並んだ場合、どうしても「これがしたい」という主張をしている人の方が、魅力的に見えるのである。
そして、私たちの標準装備である「自己肯定感が低い」というのも、就活では非常に大きなハンデとなる。
謙虚さは、継続的なコミュニケーションでは美徳となる。だが「こんな私で良ければ精一杯頑張りますので、あ、でもやっぱり迷惑かけることもあるかも、その時は申し訳ないんですが…」というメンタルでは、面接の場で「必ずやり遂げます!」と言えるタイプに押し負ける。
だが、長年にわたって染みついたこうしたメンタルを、一朝一夕で変えられるはずがないのもまた事実である。
ならば、どうすれば良いか。
何とかして「自分はこれがしたい」を掘り起こす。そして本音をさらけ出して、精一杯主張する。恐らくそこに尽きるだろう。
私で言えば、「作家になりたい」に当たる部分だ。ここを掘れば多分5cmかそこらで「文章を書く仕事がしたい」にたどり着けたはずである。
私は性格診断的なものが好きなので、いわゆる自己分析は何度もやっていたが、この「作家になりたい」の部分を「就活においては隠すべきこと」と思い込んでしまっていた。そして同様に「学生時代、バンド以外は恋愛とゲームとバイトしかして来なかった」ことも、自分の恥ずかしい過去として「隠すべきこと」に分類し、闇に葬った上で、出来た空白を必死に取り繕っていた。
ハマりすぎて留年するほどゲームをやっていたのだから、ゲーム業界はどうだろう。恋愛で沢山泣いた経験があるのだから、婚活や恋愛市場の企業はどうだろう。色んなバイトをするのは楽しかった、金を貰えたこともだが、仕事をしてきちんと評価されて、「ありがとう」と言ってもらえるのが嬉しかったからだ。そこをアピールしたらどうだろう――と、「自分のやってきたこと」を正しく見つめることが出来ていたら、もう少しマシな就活が出来たのではないか。
企業つまり社会と、学校は違う。みっともなくても、無様でも、指を指して笑われそうな経験でも、見る人が変われば魅力に見える。私がつい先日まで人生の汚点としてひた隠しにしてきた「就活で100社以上落ちた」という経験でさえ、こうして書けば読んでくれる、あなたのような人がいるのがその証拠だ。
だからどうか、自分自身の価値を見つけてくれる人に出会うために、勇気を出して、剥き出しの自分を晒したエントリーシートを書いて欲しい。
エロ好きなら、エロ収集のためにどんな工夫をして、どれだけ情熱をかけたかを。推しがいるなら、推し活に命を懸ける自分の生き様を。「いいね」や「スキ」を稼ぐためにした試行錯誤も、ソシャゲで引くガチャを見定めるために様々な情報を比較・検討した能力も、色んな事に手を出しては止めてしまった興味の幅広さも、誰かから見れば「魅力」になる。必ずだ。
そして、ここまで読んでくれてもなお、「それでも、自分のやってきたことで、価値のあることなんかない」としか思えない人もいるだろう。
それでも就活をしなくてはいけない、「何がしたいか」が分かる気がしない――そんな人に勧めたい解決策が、「誰かに相談する」だ。
出来れば親以外の、身近な大人。信頼できる人、あなたをよく知る人。あるいは逆に「どう思われても構わない」と開き直れるほど「知らない人」。キャリアセンターの人などがこれに当たるが、何とかして学生同士ではなく、働いている社会人に「やりたい仕事が見つからない、困っている」と話してみて欲しい。きっと学生とは違う着眼点で、あなたの自己分析や方針決定を手伝ってくれるだろう。
迷惑をかけることを恐れなくていい。大人とは、若者に頼られると自己肯定感が上がって嬉しいものなのである。
そしてもしコネ入社のチャンスがあって、嫌でなければ、積極的に狙うのも良いと思う。
自己評価が低く、「何がしたいか」が分からない、そんな私たちのような人間は逆に「与えられた環境で、真面目に働く」ことに強い。その辺の陽キャよりむしろ「使ってみたら意外と使える」人材、堅実な労働力になれる。ポジティブにリーダーシップを取れる人間、自由な発想で革命を起こせる人、コミュニケーション能力が高く他人を巻き込んでいける人、そういう人たちが輝く舞台裏では、いつだって地味に働く堅実な人々による支えがあるはずだ。「真面目で良い人」を求めている企業は、確実にある。自力で探せない場合に、あなたのひたむきさを知る人を頼り、コネを使うことは、卑怯でも何でもないのだ。使えるものは何でも使うべきである。
そして、それでも上手くいかない時。くれぐれも食事は抜かないで欲しい。
雨の線路や、道路のセンターラインや、ビルから見下ろす風景などがあまりに綺麗に見えすぎた時は、可及的速やかにコーンポタージュを飲み、迅速に帰宅して、出来ればきちんとご飯を食べて、風呂に入って眠ること。
ここでも書いたが何度でも言う。ヤバいと思ったらコンポタを飲め。
私の信奉するコンポタの加護は、あなたをきっと守るだろう。嫌いな人は……あなたの信じる何らかの神があなたをどうか救いますように、と願うばかりである。
偉そうに色々と書いたが、私自身、あと2,3年もすれば再び就活をしなければならない身で、その未来にめちゃくちゃビビっている。
正直やりたくない。怖い。考えただけで気が滅入る。イヤだぁぁぁぁ、と布団をかぶって籠城したい気分である。流石にアラフォー主婦がパートか契約社員か、その辺の仕事を探す程度のことで、また100社落ちるようなことはない……と思いたいが、そうならない保証はどこにもない。
だが、きっとあるはずだ。勇気を出して腹を割って話せば、私の働ける場所が、私を雇ってくれる企業が、きっとどこかにある。そう信じて、私も何とか腹をくくっていこうと思う。
だから、この文章を最後まで読んでくれたあなたにも、ある。必ずあるのだ。私の夫の職場でも「新しい人が入ってこない、すぐ辞めてしまう」と人手不足に悩んでいる。巡り合えさえすれば、「真面目に働くつもりのある人間」は、ただそれだけでありがたがられる存在なのだ、ということを、あなたもどうか信じて欲しい。
蛇足が恐ろしく長くなったが、以上で「毒親育ちの早大生が、就活で100社以上落ちた話」を終わりにしたいと思う。
就活生かどうかに関わらず、ここまで読んで下さった方々に感謝を捧げつつ、私の盛大な失敗談が、誰かの何かの役に立つこと、あるいは役に立たなくても、ちょっと記憶の片隅に残してもらえることを願っている。
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