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【就活体験記】毒親育ちの早大生が、就活で100社以上落ちた、という話。(4)

第一話はこちら。

<前回までのあらすじ>
遡ること18年前、2006年度就活戦線。大学5年(サボりすぎて留年)6月、内定なし、コネなし、資格なし。学歴だけはあるものの、「やりたい仕事」も特になし。「数うちゃ当たる」を座右の銘に、手当たり次第にエントリーシートを送っては砕け散ること100社越え。就活に疲れ切った私は、ある企業から「内定は出せないがアルバイトとしてなら雇う、その内正社員登用を考えても良い」という話を貰い、「就活が終わるならフリーターでも良いか」と正社員になること自体を諦めかけつつ、最後の「持ち駒」である日立系IT企業の面接に挑む。

持ち駒が他になければ、日程調整は簡単だ。私はすぐに面接の日程打診の連絡に、承諾の返事を返した。
筆記試験と一次面接を一日で済ませる、というその日程は珍しかったが、金もない私には非常にありがたいことだった。何せ、電車代が一回分で済む。

その企業のオフィスは、親会社の自社ビルの、気後れするほど大きく綺麗な建物の中にあったが、試験会場と書かれた貼り紙の部屋には、私以外誰もいなかった。やがて、ぽつんと座る私の前に試験監督として現れたのは、やはり「これが日立です!」と言わんばかりの朴訥オーラを発散させる「優しい良い人」そうな人事担当の社員さんで、こちらが恐縮するほどの丁寧さで自己紹介し、試験問題を手渡してくれた。
筆記試験はごく普通の一般教養のマークシートで、恐らく落ちることはないだろうと思えた。一次面接も和やかに進んだが、手ごたえがあったかどうかは分からなかった。面接の雰囲気が良かったか、何をどのぐらい話せたか、というような自分の体感が結果には結びつかないことを、私はここまで受けてきた40社以上の面接で、思い知らされ過ぎていたのだ。

面接の結果を待つ数日間、私は合否そっちのけで「就活をこれ以上しなくていい」ということの幸福をかみしめていた。エントリーシートを書かずに寝られる夜、途中で面接に行かなくても良いバイト。金がないのは相変わらずだが、余計な移動がなければ交通費もかからない。好きに飲んで良いと言われているバイト先のコーヒーに、牛乳と砂糖をどっちゃり入れて密かにカロリーを補給しながら、頼まれた仕事をこなすだけで「ありがとう」と言われる幸せ。あの会社がダメだったとしても、もう就活には戻れない、と思った。

ダメだったら――アルバイトでいいや、もう。私にはこれ以上は無理だ。
何処がどうダメだったのかは結局分からないままだけれど、あんなに頑張って、あれだけ沢山の企業を受けて、ちゃんとした内定が一つも貰えないなら、私は正社員にはなれない人間なんだろう。それが社会の評価なら、それはそれで仕方ないじゃないか。
それでも、アルバイトなら雇うと言ってくれる企業を見つけられた。今のバイト先に相談して雇い続けてもらえるようなら、選択肢が二つあるという事になる。十分贅沢だ。どこにも、誰にも、雇ってもらえないわけじゃないんだから。

そんな風に就活を終わりにする気満々になった頃、「二次(最終)面接のお知らせ」が届いた。
嬉しさよりも戸惑い、喜びよりもむしろ億劫ささえ感じながら、「どうせダメだろうけど、これで最後なんだから」と自分に言い聞かせ、私はリクルートスーツに袖を通して、二次面接――最後の持ち駒の最終面接に、向かった。

面接官は、筆記試験の監督を務めてくれた人事の人と、これまた高校の先生のような雰囲気の、おじいちゃんっぽい社員さんだった。
志望動機、学生時代にやってきたこと、自己アピール。40社以上繰り返してきたこれまでの面接とほぼ変わらない質問内容だったが、私は答えながら、腑に落ちないものを感じた。

場は和やかだった。面接官の二人はとても優しげだし、メイン担当と思われるおじいちゃん社員はとても親身な相槌で、私から話を引き出そうとしてくれている。なのに話がどうも噛み合わない。単に噛み合わないだけなら、よくあることだったが、噛み合わなさがどこか変だった。
そう、まるで――「お前なんか要らない」ではなく、「貴方に私たちは要らないでしょう?」と、そう言われているような。

「バンド、ですか。いや、大変素晴らしいと思うんですが。あのー、私たちの会社はね、そういう華やかな仕事ではないんですよ」

「文系学部出身の社員はおりますし、そういう方ももちろん歓迎なんですが……自分たちで言うのもなんですが、このように、日立グループではありますが、中小なものですから。その、勉学を非常に頑張って、これほど立派な大学に在籍されてる、そういう方はこれまで在籍しておりませんで――」

なんだ、新手の圧迫面接か?気に入らないなら落とせばいいのに。

そう思いながら顔色を伺うと、二人の面接官は揃って首を捻りながら、心底困ったような顔をしていた。少なくとも見た感じでは、わざと意地悪な質問をしてこちらを見ているのではなく、素で困惑している雰囲気だった。
見るからに純粋で素朴で良い人そうなこの二人は、言っている台詞通りに私を過大評価しすぎている、のだろうか。そう思うと同時に生じた、苛立ちのような、そして罪悪感のような不快は、高圧的な圧迫面接に耐える不快よりも、ずっと耐え難いものに感じた。

「えぇとそれで……現在選考中の他の企業はないという事ですが、これまで、どんな企業を受けて来られたんですか?」

ここだ、と思った。
この噛み合わなさだ。どうせ、この企業も落ちるのだろう。お祈りされるのは慣れている。どうせ落ちるなら、話してしまおう。不利になったって落ちるなら同じだ、この目の前の二人に、私は彼らがイメージするほど上等な人材ではないことを分かって貰って、それで――

――分かってさえもらえれば。彼らが「あぁ、なるほど」となってくれて、今の私のこの不快感が、なくなりさえすれば。後はどうなったって、構わない。

私は覚悟を決めて、喋った。正確に数えてはいないが100社以上、出版からメーカーから教育から建築まで、ほぼ無差別にエントリーシートを出したこと。大企業にはかすりもしなかったこと。IT業ならあるいは、と思ってこの業界を選んだこと。最終面接に進めた唯一の企業が同系列の子会社で、だからこの企業を受けていること。現在、アルバイトなら雇ってもいいと言っている企業が1社あるだけで、内定も持ち駒も、本当にゼロであること。

二人の面接官は私の散々な就活遍歴に驚いた様子で、ほとんどヤケクソのような私の話を最後まで聞いてくれた。面接官の聞きたい質問以上の余計な情報を喋る、それだけで落ちても仕方がない行為なのは分かっていたが、もうどうでも良くなっていた。

どうだ、分かったか。笑えよ。
惨めで、無様だろ。これが現実なんだよ。お前らが履歴書を見て言ってくれたお世辞みたいな、キラキラした人間じゃないんだよ、私は。

その時の自分の状況を赤裸々に他人に話すのは初めてで、心の中で自嘲していなければ泣きそうなほど惨めだった。それでも何とか喋り切った私は、「ははぁ……それはそれは……大変でしたね……」と、殆ど絶句するように顎をさするおじいちゃん社員を、精一杯の作り笑いで見つめた。
彼らは知らないのだろう。私も就活をやるまで知らなかった。他の何がなくても学歴さえあれば何とかなる、そんな風に世の中は甘く出来ていないのだ、という事を。
知れ、と思った。もう落としてくれていい。ただ、今の私の惨めさを、こんな無様な人間がいたことを、私が帰った後に少しでも覚えていてくれれば、それで。

質問数と経過時間から考えて、そろそろ面接は終わるはずだった。
どうせ落ちる。帰ったら着替えて顔を洗って、それからその後の事を考えよう――そう思って、もう帰る覚悟を固めていた私に、

「――分からないんですよねぇ。あなたがウチの会社で、何をしたいのかが」

おじいちゃん社員は大きく首を振りながら、そう言った。そして私を見た。優しげな目で、探るように。
その視線を受け止めた瞬間、抑え込んでいた苛立ちが、惨めさが、就職活動を始めてから今まで溜め込み続けたあらゆる感情が駆け巡って、限界を越えた。

ぶわっと湧き上がった涙が目の前を塞いで、景色が歪んだ。
俯く暇もなかった。ぼたぼたと涙が目から零れ落ちて、もう誤魔化すこともできなかった。

「働きたいんです!!」

気が付いた時には、叫んでしまっていた。
ボロボロ涙を流しながら、二人の面接官を睨みつけて、自分でも驚くほど大きな声で、私は叫んでいた。止められなかった。

「――働かせて下さい!!何でもします、働かせてください!!」

何がしたいか、なんて決まっている。働きたいのだ。
自分の力で、自分で稼いだ金で、生きていきたいのだ。
タダで金をくれなんて言ってない。働くと言っている。働かせて欲しい、ただそれだけのことを、なんでこんなに何度も何度も、あらゆる企業がここまでしつこく聞き続けるのか。それ以外の回答がどこにあるのか。
私には分からない。分かる気もしない。もう取り繕えない、どうせ落ちる、だったら最後に教えてやる。
――働きたいのだ、私は。ただそれだけだ。

100社以上に落とされた恨みを全てぶつけるように叫んだあと、その場を彼らがどう収めたのか、私はさっぱり覚えていない。
どうあれ、人生でも1,2に入る最悪な醜態を晒して、私の最終面接は終わった。

最後のお祈りメールが来るのを待って、それから改めてフリーターになるか、もう少し就職活動を続けるかを考えよう、と思いながら数日がたった頃。

あの最終面接の場にもいた人事の担当の人から、電話があった。
私はその企業から、内々定を、もらった。

<(5)へつづく>



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