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いしも ともり
2024年7月21日 16:22
それからの2週間は本当に目まぐるしかった。昭恵のこと、役所の手続き、4月からの新生活の準備など、侑は本当に忙しそうだった。 3月22日には四十九日の法要のために、再び佳彦が帰郷した。その際、侑は佳彦に悠を大切な人だと紹介した。 慌ただしい毎日だったが、家で二人が共有する時間は実に穏やかだった。一緒に食事をし、肩を寄せ合って静かに本を読み、一緒に眠った。幸せだった。いつまでも続いてほしか
2024年7月21日 11:50
「侑、キッチン借りるね!」 コンビニエンスストアからの帰り道、悠はスーパーマーケットで食材を買い込んでから帰宅した。これまで料理はもちろん、家事全般を母に任せきりだった悠。家庭科の調理実習以外、料理など作った経験がない。先日のカップケーキは混ぜて焼くだけの簡単なレシピだったが、食事となるとそうもいかない。インターネットを駆使して、挑むことにする。 『昼食は、昨日加奈が届けてくれたもの
2024年7月20日 01:09
「侑は今……?」 加奈と見つめあう姿勢で数秒の沈黙。加奈は口を開いた。 「お葬式が終わってお父さんが東京に帰ると、侑は家に引き籠るようになって……私ともしゃべらなくなったんです。時々、頭を掻きむしったかと思うと、体操座りをしてずっとうずくまってる……。掛かりつけの心療内科に連れて行こうと考えたんですが、受診を拒否するんです。母と一緒に、できるケアはしていますが、どんどん衰弱して……見てい
2024年7月16日 22:20
2月の最終週。すべての二次試験を終えた侑から、2月28日の朝一番の飛行機で帰ってくると連絡があった。奇しくもその日は悠の誕生日だった。〈やっと試験終わったよ! 明後日の朝の飛行機でそっちに戻るから、クリスマスにランチした店で待ち合わせない?〉〈お疲れ様! よく頑張ったね! わかった! 12:30に予約しておくね!〉 2月28日㈯ 27歳になった悠は、まだ東の空が白む前から起き出し、
2024年7月15日 13:30
鈴木陽介と二人で食事に行った日、悠は陽介の裏表のない朗らかな性格にいつの間にか心を許し、自分が緊張感なく過ごせていることに気付いた。 悠は陽介に、男性と付き合った経験がない事、友だちがいなかった事、最近好きな人ができたこと、その人のために変わる努力をしていることなどを話した。話下手で詰まりながら一生懸命に話す悠を、陽介は急かすことなくゆったりと聞いた。 「へぇ、そうだったんだ。有田さんを
2024年7月8日 08:32
年が明けた。二人はクリスマスイブから会っていなかったけれど、時々LIMEでやり取りをしながら、何でも話せる良い関係が続いていた。 悠は、あれから仕事が益々認められ、自信もつき、職場でもいい人間関係が築けていた。職場の飲み会に誘われることも増え、できるだけ顔を出すようにしたし、そのための服をデパートに買いに行くようにもなった。 休日も家に籠らず、意識的にいつもと違う行動を心掛けた。すると、
2024年7月6日 10:33
混み合う電車でまた一時間半。終着駅が近付くにつれ、乗客はどんどん減っていく。その間、侑はほとんど口を開くことはなく、終点『下河原駅』に着いた。 悠が二週間前に大泣きした公園。 12年前の数カ月間、二人が過ごした公園。 相変わらず、古びたベンチは同じ場所にあり、二人の他には、誰もいなかった。 駅の自動販売機で買ったホット缶コーヒーで手を温めながらベンチに並んで座る。無言の侑が口を開く
2024年7月5日 12:59
あの日、夜遅くまで寒い公園で泣き続けて帰宅したら、翌朝から発熱した。何も考えられなかった。何も考えたくなかった。これまで有給休暇も病気休暇も取ったことのない悠が、初めて二日連続欠勤した。 うつろな頭でベッドに横たわったまま、インターネットで『失恋』と検索してみる。 ・失恋の時やってはいけないこと〇選 ・失恋の辛さはいつまで続くのか? ・失恋した時はどうすればいい? ・失恋から立
2024年7月3日 11:19
二人がカフェを出ていったのを、西方加奈はカウンターの奥からこっそり見ていた。『侑が女の人と一緒にカフェ? ありえないんだけど? あの女性は誰? かなり年上に見えたけど、何かの勧誘とかじゃ……ないよね?』 加奈は週に3回、学校終わりに17:00~20:00まで、カフェ永遠でアルバイトをしている。侑がカフェに……、しかも女性と一緒に来るなんて、加奈にとっては晴天の霹靂だった。 加奈と
2024年7月2日 17:55
「さっきの店員さんは……友だち?」 「え? あぁ……。友だちというか、家が隣で幼馴染っていうか。お節介な姉? 妹?って感じかな」 「そう……。か・彼女だったりして……?」 口から心臓が飛び出そうなのに、聞かずにはいられなかった。怖くてたまらず、震える手をもう片方の震える手で押さえる。 「ち・違うよ! そんなんじゃないよ。本当に兄妹みたいな感じで……。加奈……、あいつ、加奈って
2024年7月2日 00:20
5分程歩くと、レンガの建物に深緑色のドアが見えた。黒猫のシルエットに『カフェ・永遠』と書かれた看板がある。昔からあるレトロなカフェ……というより喫茶店と言った方が的確か。ドアと開けると、チリンチリンとドアベルが鳴る。「いらっしゃいませ」という声が聞こえて、そちらを向くと、今しがたバイトに入ったばかりなのか、エプロンを後ろで結びながら、ポニーテールがよく似合う、かわいい女の子が、奥から出てきた。
2024年7月1日 00:18
カレンダーが最後の一枚になると街は、金や赤や緑で彩られ、人も街もソワソワしてくる。 『クリスマス』……それは、悠にとって何の関係も興味もないイベントだった……が、今年は何だか違った。 ふいにクリスマスカラーのポスターに目が留まる。赤いドレスを身にまとった眼力の強い女優がこちらを見つめる中吊りポスター、この冬限定の口紅の広告だった。 『この冬あなたはどうなりたい——?』 そのキャッ
2024年6月29日 23:35
「侑くん? ……あの侑くんなの?」 低い声、高い身長、広い肩幅、骨ばった長い指。あのかわいい侑くんとは、似ても似つかない……。いや、よく見るとやはり目元はあの『侑くん』だった。幼稚園児だった男の子が急にカッコいい青年となって姿を現した。 オレンジ色の夕日が向かいの窓から差し込むのを、眩しそうに手で影を作りながら、目を細めて私だけに向ける笑顔。映画のワンシーンみたいだ。一瞬、少女漫画みたい
2024年6月28日 13:04
12年前9月、2学期のはじまり——。 12年前、悠は終点『下河原駅』近くにある、河森中学校の3年生だった。人付き合いが苦手、いわゆる『コミュ症』の悠は、友人といえる友人もおらず『これが中学生最後!』と熱の入るイベントにも興味はなく、体育祭の準備に燃える同級生たちを横目に、ただひたすら邪魔にならないように影を潜め、小さくなって過ごしていた。 夢中になれるものもなく、かと言って学校が終わっ