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パラサイトな私の日常 第11話:好きな人or好いてくれる人

 鈴木陽介と二人で食事に行った日、悠は陽介の裏表のないほがらかな性格にいつの間にか心を許し、自分が緊張感なく過ごせていることに気付いた。

 悠は陽介に、男性と付き合った経験がない事、友だちがいなかった事、最近好きな人ができたこと、その人のために変わる努力をしていることなどを話した。話下手はなしべたまりながら一生懸命に話す悠を、陽介はかすことなくゆったりと聞いた。
 
「へぇ、そうだったんだ。有田さんを変えたのは、その好きな男性ひとなんだね。……なんか悔しいなぁ……」

 最後の言葉の意味がよく分からず会話を続ける。

「はい……。でも鈴木さんの言葉も大きかったです……」

「え? 俺? 何か言ったっけ?」

「12月の中旬に病欠びょうけつしたけに、私が会社に必要な人間だって……、有難ありがたいって……言ってくれたじゃないですか。すごく嬉しかった……。あれで私、自分の仕事に自信が持てたんです。……もっと仕事頑張ろうって……」

「そうなの? ……そっか……それは俺も嬉しいな……。でも、有田さんが認められるのは至極当然しごくとうぜんのことだよ。これまで気付かずにごめんね」

「いえ……、そんな……」

「……ちなみに、有田さんの好きな人ってどんな人なの?」

「えっ……と……、実は高校生なんです……」

「え? えっ? 高校生? そ、それは若いねぇ……」

 鈴木が激しく動揺するのが見てとれたので、侑の過去にはれないようにして、これまでのいきさつを話すことにした。

「なるほどねぇ。12年ぶりに再会したんだ。……9歳違いなら全然アリじゃない? 18歳なら法律的にも問題ないし?」
 
 陽介の言葉を聞いてドキリとする悠。
『法律? 私何も考えてなかった……』

「ホントですね……。私ってギリギリセーフの恋愛をしてるんだ……。一歩間違えば犯罪者だ……」

「ごめんごめん。そんな重く受け取らないでよ。高校生って聞いて、何繋なにつながり? だまされてない? って不審に思ったけど、聞いてる限り、すごい純愛じゅんあいじゃない?」

「純愛っていうか……。向こうは私を恋愛対象に見ていないし、姉……もしかしたら母親代わりなのかも……」

「さすがに母親はないと思うよ! もっと自信持って! ……でも、4月からは東京なのか……それは寂しいね……。あ、じゃぁ、俺にもチャンスはあるわけだ」

 グラスを傾けながら、悠にいたずらっぽく笑う陽介。ネガティブな気持ちにならないようにはげましつつ、冗談とも本気ともつかない好意的な言葉に、悠は悪い気がしなかった。
 
 その日から、陽介と悠は、時々仕事帰りに二人で食事に行くようになった。陽介の前では自然体しぜんたいでいられる、兄がいたらこんな感じなのかと、一緒にいる安心感や居心地いごごちの良さを感じていた。

 『私、鈴木さんの前では気を張ってないんだな。この私が冗談まで言えちゃうし、随分おしゃべりになっちゃう……』

 ***

 2月14日㈯——。
 『世の中はバレンタインデイらしい』
 そんなことを心でつぶやきながら、悠は会社の近くの繁華街はんかがいを歩いていた。今日は急ぎの仕事があり、午前中 出勤していたのだ。
 『数カ月前なら、休日出勤なんて意地でもしなかったし、頼まれることもなかったのに、変われば変わるもんだな……。美味しいランチでも食べて帰ろうかな……』
 その時、悠のスマートフォンが振動しんどうする。
 
〈もう帰っちゃった? 今会社に帰ったら、いなかったからさ〉
 
 同じく休日出勤していた陽介からのLIMEだった。

 <お疲れ様です。さっき仕事を終えて、ちょうど会社を出たところです>
 <さすがっ! 仕事が早いねぇ。良かったら、今からランチでもどう?>
 <ちょうどランチに行こうかと思ってたんですよ。ぜひ!>

 合流して、オシャレなカフェに入る。
 
「今日は、やけにカップルが多いと思ったら、バレンタインデーか?」

「そうみたいですね……」
 
「有田さんは、例の彼にチョコ渡さないの?」

「東京にいるから、渡せないじゃないですか……」
 
 そう言いながら、悠のかばんの中にはデパートで購入した、ちょっと高価なチョコレートが2箱入っていた。色違いの同じ大きさ、同じデザインの長方形の箱には1列に6個のチョコが並んでいた。
 
一つはbitterと書かれた青い箱、もう一つはmilkと書かれた赤い箱。
 
「じゃぁ、優しい同期に渡すチョコはある?」

「え? 自分で催促さいそくしちゃうんですか?」
 
「だって、催促しないとくれそうにないもーん。ないならいいですよー、ちぇー」

 わざとらしくねて言う所が、嫌味いやみがなくていい。クスクス笑いながら悠は陽介に青い箱を渡す。
 
「え? 何? チョコ? ホントに? 俺がもらっていいやつ……なの?」

「ちゃんと鈴木さんのですよ! 日頃お世話になっている鈴木さんのために準備してたんです。でも渡すタイミングがなくて……。今日渡せなかったら、自分で食べようと思っていましたけど……」
 
「ちょっ、本当に催促しないともらえないパターンだったの? いや、でも俺ってばナイスアシスト! やったー! もらえたー!」

 子どものように大げさに喜ぶ陽介に、戸惑いと嬉しさを隠せない悠。
 
「鈴木さん、ちょっと声が大きいですって。他のお客さん見てますし……」

「……あ、ごめんね。他のお客さんに迷惑にならないようにしないとね……でもこの喜びをみんなに知らしめたい気分なのっ!」
 
 小声になってもなお、素直に喜ぶ陽介を見て、胸がきゅっとなった。侑が好きなはずなのに、この気持ちは何というのだろう?自分は陽介の好意に気付きつつも一緒に居て、思わせぶりな言動をとって不誠実なのではないか……良心の呵責を覚えた。

 カフェを出て駅まで陽介に送ってもらい、別れようとした矢先、侑からの着信がある。LIMEはよくするが、電話は珍しい。思わず、陽介に背を向け電話に出てしまう。
 
「どうしたの? 何かあったの?」
 
「出るの早くてびっくりした! ……何もないよ。ちょっと悠ねぇの声が聞きたくなって電話してみただけ。何だか騒がしいけど……外にいるの?」
 
「う・うんっ。今日は午前中に、し・仕事があって……今駅に着いたとこ……」
 
 休日出勤は本当のことだったけれど、いま陽介と一緒にいることがとてもやましいことに感じられて動揺する。
 
「悠ねぇが休日に外にいるの珍しいと思ったけど、仕事だったのかぁ。お疲れ様です。ところで今日、何の日か知ってる?」
 
「な・何の日だっけ?」
 
「知ってるくせに、とぼけてる。俺、悠ねぇにチョコもらえるかと思って、期待してたのになぁ。俺、もしかして今年は誰からももらえないのかなぁ……?」
 
「今年は……って、毎年たくさんもらってたの?」
 
「え? も・もらわないよ……。加奈とばぁちゃんぐらい」
 
「……ちゃんと準備してあるよ?」
 
「ホントに? 嬉しい! 俺、これでまた頑張れる!」
 
「うん、帰ってきた時に渡すね」
 
 そこまで話すと、陽介が肩をとんとんと叩き、口パクで『俺行くね』と言った。陽介はこの後、もう一度会社に戻ると言っていた。『ごめんなさい』とジャスチャーをしたあと、バイバイと手を振ると、陽介が振り返りざまに人とぶつかり、よろめいてかばんを落とした。
 
「あ、鈴木さん! 大丈夫ですか?」
 咄嗟とっさに駆け寄ると、苦笑いで答える。
 
「大丈夫大丈夫。カッコよく去ろうと思ったのに、カッコわりぃ……」
 鞄を拾い、さよならをしたあと電話に戻る。
 
「男の人と一緒だったの?」
 
「う……ん。会社の同期で、仕事終わりにランチに行って、ちょうど駅で別れるところだったの」
 
「ふーーーん。二人で?」
 
「う……ん」
 
「社会人て感じだね。俺は受験頑張ってるのに、悠ねぇは楽しそうでいいね……。じゃ、もう電話切るね」

 そういうと、電話が切れてしまった。

『侑、怒ってた……?』

 胸がズクンズクンと痛み、電車で帰路に就く。侑の言葉を反芻する。
 『私何か悪いことした? 受験頑張ってるのに、楽しそうな雰囲気出してた?』
『いや、違う……。侑のヤキモチ? ……いや、まさかね……?』
 
 自分の言動が悪かったのか、責めを負うべきなのは自分なのかと自問自答する。侑の様子に怯えていた悠だったが、だんだん腹が立ってきた。
 
 『そもそも、ヤキモチをくっておかしくない? 付き合ってるわけでもないのに……。私は侑に告白すらできてないし……。これは裏切うらぎったことになるの? 私はこの先、ずっと異性の友だちと遊びに行ったらいけないってこと?』
 
 『特別な人』という称号は、高尚こうしょうでかけがえのない存在である一方で、がんじがらめの奴婢ぬひのようだと初めて感じた。

 その夜、侑にメッセージを送ろうとするが、指が動かない。
『私はどの立ち位置で侑に接したらいいの? 侑は私に何を求めているの? わからない……』
 ベッドの上でスマートフォンの画面を見つめていると、陽介からLIMEが入る。
 
 <今日は、チョコありがとう。もったいなくて、開けらんないよ。しばらく飾っておこうと思って。>

 メッセージと共にデスクに飾られた青い箱の写真が送られてきた。悠から笑みがこぼれる。
 
 <ちゃんと食べてくださいね! そのチョコ、有名なショコラティエが作っていて美味しいらしいですよ。私も食べてみたかったんですけど、自分の分は買ってなくて>
 <俺のを自分で食べるつもりだったんだろ~。じゃぁ、一緒に食べよっか?>
 
 そんなやりとりをしていると、今度は侑からLIMEが入った。

<今日は嫌な感じで電話を切っちゃってごめんね。二つほど試験が終わって、来週末は本命の二次試験なんだ。ちょっとイライラしてて……。ごめんね>
 
<ううん。気にしてないよ。あと少しだね。頑張ってね!>
 
 赤い箱の写真を侑に送ろうと準備をしているところへ、陽介のLIMEが入り、間違って陽介にその写真とメッセージを誤送信してしまう。
<侑が好きなチョコレート買ったよ♪>
 
『あ! しまった!』
 急いで送信取消をしようとするがあわてればあわてる程、うまくいかない。そのうち既読きどくがついてしまい、その後何とか誤送信ごそうしんを取り消すことができた。

 陽介はしっかり見ていた。色違いの同じチョコレートの箱。『侑が好きなチョコレート』のついでに買った、青い箱のチョコレート。本命でないことはわかっていたのに、いざ現実を突きつけられると、何ともむなしくなった。

 悠はドギマギしながら、さっき誤送信した写真とメッセージを侑に送る。
 そのメッセージを見て、侑はご機嫌だった。

 <来週末の試験と、その次の週の試験が終わったら全部終わり。2/28か、3/1の飛行機で帰る予定なんだけど会える?>
 
 <もちろん! ちょうど土日だね。予定空けとくね!>

 そこでLIMEは終了した。
 悠はあと2週間で侑に会えると思うと、飛び跳ねて小躍りしたい気持ちになった。
 
 でも、しばらくして気持ちが落ち着くと、陽介のことを考えていた。
 陽介とのトーク画面を開くと、『ドキドキ』という文字と胸からハートが飛び出たかわいい男の子のスタンプと、その後に『メッセージの送信を取り消しました』という無機質むきしつなメッセージが表示された状態で終了した画面が寂しく映し出された。

『鈴木さんはあの写真とメッセージを見て何を思っただろう——?』
 
 悠は、チョコレートを買った日のことを思い返していた。真っ先に、侑の好きなメーカーのチョコレートを探しに行った。この時、陽介のチョコレートは、あとで全く別の物を買うつもりでいた。友チョコのような気軽なものを。
 
 お目当てのショップに辿り着く。甘いものが好きな侑のためにmilkと書かれた赤い化粧箱のチョコレートを購入する。

……とその時、陽介がブラックコーヒーを美味しそうに飲む姿が目に浮かんだ。悠は無意識に、その隣にあったbitterと書かれた青い箱も一緒に購入していた。


☞☞☞ 第12話 対峙 ☞☞☞

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