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パラサイトな私の日常 最終話:出立の時

 それからの2週間は本当に目まぐるしかった。昭恵のこと、役所の手続き、4月からの新生活の準備など、侑は本当に忙しそうだった。

 3月22日には四十九日の法要のために、再び佳彦が帰郷した。その際、侑は佳彦に悠を大切な人だと紹介した。
 
 あわただしい毎日だったが、家で二人が共有する時間は実に穏やかだった。一緒に食事をし、肩を寄せ合って静かに本を読み、一緒に眠った。幸せだった。いつまでも続いてほしかった。

 でも、ついに侑が東京に立つ前日になった。

「この家はしばらく取り壊さず残すことにしたんだ。俺も時々は帰ってきたいし、父さんがそれでいいって」

「そう。大学が始まったら忙しくなりそう?」

「うん。6年間なりふり構わず、優秀な医師になることだけを考えて勉強を頑張るよ」
 
 明日から会えなくなることを考えると息ができなくなるほど苦しい。悠はそれをさとられまいと平静へいせいよそおって話そうとするが、言葉が上手く出てこない。離れることに不安しかない。侑はそれを知ってか知らずか言葉を続ける。
 
「悠ねぇ俺さ、もっと強くなるよ。悠ねぇには格好悪いところばかり見られてるからさ。勉強して経験積んで、医者になっていい男になって、本当の意味でずっと悠ねぇと一緒に居られるように頑張るよ」

 まるでプロポーズみたいだった。
 
「これ受け取ってくれる?」
 
 小さな箱を渡され開けてみると、レモン色の丸い石が3個つらなったイヤリングだった。

「俺が東京から帰った日、悠ねぇ誕生日だったでしょう? 俺、クリスマスの時に見かけたこれをどうしても悠ねぇにプレゼントしたくてさ。あの日会う前に買いに行ってたんだ。……結局色々あって今日まで渡せなくて……。遅くなったけどお誕生日おめでとう」

 クリスマスイブの日、昼食を終えてアイスショーに向かう道すがら、今若者に人気のデザイナーが期間限定でジュエリーショップを展開しているのを見かけた。あざやかなレモン色の石を使ったジュエリーが人気で、なんでも『初恋』をイメージしているらしくプレゼントすると恋愛が成就するという噂もあり、若者たちでにぎわっていた。

「夏っぽいデザインなのに人気があるんだねー」

 悠は、そんなことを言いながら通り過ぎた記憶があった。

「告白するつもりで本当は指輪を買おうかなと思ったんだけど……。OKももらえてないのに最初から重いかなって辞めたんだ。それに指輪は自分がかせいだお金で買いたかったしね

 照れながら話す侑のすべてが愛おしかった。侑は未来だけを見据みすえて、前だけを見て歩き出している。そんな侑を誇らしく思うと同時に、悠はなぜか希望と自信がみなぎるそのひとみに、嫉妬しっとに似た心情と焦燥感しょうそうかんを覚えた。

 幸せに感じるはずのその言葉になぜか不安を感じてしまう。一人だけ取り残されていく感覚……また後ろ向きな自分が現れそうになるーー。

 
悠はこの気持ちの正体が何なのかわからなかったーー。

 ***

 朝になった。空港まで見送りに行く。
 
「じゃぁ行ってくる。悠ねぇ、俺のこと待っててね」
 
「うん……」
 
 悠は侑のジャケットのポケットにありったけのレモンキャンディーを詰め込んだ。

 「これだけあればしばらくは泣かなくて済むでしょ?」

 「俺ってそんなに泣き虫なイメージの? カッコつかないなぁ……」

 ぷくっとほおふくらませねてみせると、ポケットからその一つを取り出し、両端を引いて包みをはずし悠の口に入れる。
 
「今は悠ねぇの方が必要そうだけどね。魔法のキャンディー。これを食べると元気になるよ」

 涙は見せまいと頑張っていたのに涙がこぼれる。口の中が甘酸っぱい。侑は悠の頬の涙を拭い、そっとキスをした。

「いってきます」

 ひたいをこつんと当てて顔を離すと、スーツケースを引いて大きく手を振った。

 悠は息をいっぱいに吸い込んで元気な声を出す。
 
「侑ーいってらっしゃい——」

 悠の耳にはキラキラとレモン色の石が輝いていた。

 ***

 翌日——
 8:30〜17:15きっかり就業。17:14パソコンの電源を落とし終業の合図と同時に席を立つ。
 
「お先に失礼します。お疲れさまでした!」
 
 元気に挨拶をして、ロッカーで制服から私服へ着替えたら、会社の最寄り駅まで徒歩10分。そこから1時間20分電車で揺られ、終点から2つ手前の『田河駅』で降り、家路につく。駅から自宅まで徒歩5分。今日も19:03ピッタリに玄関の扉を開ける。

 「ただいまぁ」
 夕飯の支度中の母の「おかえり」の声。
 「ワンッワンッワンッ」と出迎えてくれる愛犬。
 
 部屋着に着替えたら、キッチンにいる母の横に立つ。

「お母さんいつも美味しいご飯をありがとう。みんなの帰宅に合わせて、温かいご飯作るのって大変よね。私も手伝うよ。料理も教えてほしいの」

 母がぽかんと口を開けている。

「何? どうしたの? どういう風の吹き回し?」
 
 不信がる母を気にせず、腕まくりをする。夕飯の支度が済むと愛犬の散歩。今日はルートを少し変えてみる。住宅街の片隅に可愛らしい雑貨店を見つけた。

 『へぇ……こんなところに新しいお店ができてたのね……。んん?』
 
 侑が前にくれたサルとレモンのシャープペンシルと同じシリーズの文房具が並んでいるのが窓越しに見えた。
 
 『あれ? コレって今流行ってるの?』

 mon-lemon(モンレモン)というシリーズらしい。

 お店はcloseの札がかかっていたが、店のあかりはいていた。愛犬を抱っこしドアを開け、ドアの外から声をかける。

「あの、ここって何時までやってますか?」
 
 店主らしい可愛らしい女性がニコニコしながら奥から出てきた。

「自由気ままにやっていて、暗くなったら閉めてるんですよ」

 ドアの向こうには可愛い雑貨が並んでいた。

「そうなんですね。かわいいお店。また来ますね」

「ありがとうございます。私が好きなものばかり並べてるんですよ。何か気になったものがあれば、今からでも大丈夫ですよ?」

「ホントですか? でも犬も連れてるし……またゆっくり来させてもらおうかな……。あ、でもやっぱりそこにあるmon-lemonのノートが欲しいんですけどいいですか?」

 チャンスは逃すとまたいつ巡り合えるかわからない。そんな気がした。悠はポケットに入っていた500円玉でmon-lemonのノートを買った。
 
 家に帰ると愛犬のご飯を準備し、家族と一緒に夕飯を食べる。母と一緒に片付けをして、順番に入浴を済ませる。すべてを終えて部屋に戻り一息をつく。子どもの頃からずっと使っている学習机に座る。
 
『そろそろこの机も買い替え時かな……』

 そんなことを想いながら、mon-lemonのノートとシャープペンシルを机の上に出す。

 真新しいノートを開ける時のワクワクと、最初に筆を下ろすときのドキドキは大人になった今でも続いている。

 悠は丁寧な字で書き始める。
 
【やることリスト】
 ・お金を貯める
 ・料理の勉強をする
 ・感謝される仕事をする
 ・資格をとる
 ・人と積極的に関わってみる
 ・おしゃれの勉強をする
 
 ・

 最後の二つは消しゴムで消して、再度赤ペンで書き直す。

一つは……
 ・漫画を描く
 
 どうせ無理だとあきらめていた悠の夢——。
 自分の漫画をたくさんの人に届けるという夢。

『まずは描いて、インターネットの漫画投稿サイトに出すところから始めてみよう。侑のように私の漫画で元気になれる人がいるかもしれない。誰かに喜んでもらえるかもしれない』

そしてもう一つ。
 ・東京へ行く

『待っているだけではダメだ。未来に向かって歩く侑に負けてられない。自分に自信と誇りを持ち、侑の横に堂々と並べる自立した女性になって東京に行く。もう二度と後ろ向きな自分にならないために……


「あなたはどうなりたい?」
 
「私は——
 自分が好きな自分になりたい!
 自分がほこれる自分でありたい!」



 了


最後まで ご愛読ありがとうございました❤

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