パラサイトな私の日常 第7話:加奈と侑
二人がカフェを出ていったのを、西方加奈はカウンターの奥からこっそり見ていた。
『侑が女の人と一緒にカフェ? ありえないんだけど? あの女性は誰? かなり年上に見えたけど、何かの勧誘とかじゃ……ないよね?』
加奈は週に3回、学校終わりに17:00~20:00まで、カフェ永遠でアルバイトをしている。侑がカフェに……、しかも女性と一緒に来るなんて、加奈にとっては晴天の霹靂だった。
加奈と侑の出会いは、小学校1年生の時だった。二人は同じクラスで、家が隣同士だから登校班も一緒で、少しずつ距離を縮め、親しくなっていった。
加奈は母子家庭で、各階3室ずつある2階建てのアパートの2階の一番端、ちょうど侑たちが暮らす一軒家側の部屋で暮らしていた。
独り暮らしだった瀬野昭恵宅に、加奈と同じ歳の男の子が一緒に暮らすようになったことは、母親からそれとなく聞いていたけれど、最初のうちは、保育園に通っていた加奈と幼稚園に通っていた侑が交わることはなかった。
小学校に上がると、保護者会や学校行事がある度に、昭恵は『子育てから随分離れていたから色々と教えてほしい』と、加奈の母、真紀に頼るようになり、そして、昭恵も真紀も仕事をしながら一人で子育てをするという同じ境遇の中、互いに困った時は助け合って暮らすようになった。こうして、加奈と侑の家族ぐるみの付き合いが始まった。
加奈の母親は看護師で、時々帰りが夜になることがあった。そんな時は、昭恵が仕事帰りに、放課後児童クラブに居る二人を迎えに行き、自宅で夕飯を食べさせていた。
「私、おばあちゃんが作るご飯、大好き! 内緒だけど、うちのお母さんのご飯より、だんっぜん、おいしい!!」
最後の言葉は、手の平で孤を作って口の横につけ、小さな声で話した。
昭恵は加奈が世渡り上手な子だと感心しながら、おどけた顔で返す。
「あら、そうなの? じゃぁ、たっくさん食べてね!」
そんな二人の会話の横で侑は、一言も話さず黙々と食べていた。
「侑、おかわりは? 加奈ちゃんに負けずにいっぱい食べないと!」
黙って首を横に振る。
「侑はホントしゃべらないよねぇ。どうしたものかねぇ……」
「おばあちゃん、侑、しゃべるよ。学校とか児童クラブでは、全然話さないけど、私と二人の時は結構話すよ」
「そうなのかい? それは知らなかった。そうかそうか。それなら良かった。加奈ちゃんが居てくれて良かったねぇ」
うつむいてじっと聞いている侑。
「去年までは、家でも、幼稚園でも、公園のお姉さんともたくさんお話してたんだけど、小学校に入ったぐらいから、ほとんど話さなくなったねぇ」
***
小学校に入ってから、侑は吃音のせいで他の生徒から馬鹿にされていた。
「『ぼ・ぼ・ぼくは、せ・せ・せの、ゆ・ゆ・ゆうです』だってぇ。瀬野くんは、なんで普通にお話しないんですかぁ?」
「おかしいよねぇ。へんなのぉ」
侑は悔しくて悲しくて、席に着いたまま下を向いて唇を噛みしめていた。
「うるさい! 侑をいじめるな! 私が相手になってやる!」
「うぁ! まぁた加奈が出てきた! おまえら夫婦だろー。一緒に暮らしてるの知ってるぞー。ふーふ。ふーふっ」
「ばっかじゃないの! 一緒になんて暮らしてない! 家が隣なだけだよ! 男子ってホントばか!」
侑がからかわれ、加奈が助けに入る、そんな日が続いた。
ついに、侑は学校でも児童クラブでも話さなくなった。友だちも作ろうとせず、一人で席について本を読み、誰とも口をきかなかった。
しばらくすると、からかっていた人たちも、反応のない侑に興味をなくし、何もしなくなった。
友だちのいない侑を支えたのは、加奈だった。自宅に帰ると、二人は一緒に遊んだり、勉強をしたりする中で、ゆっくりと話す練習をした。侑の吃音は緊張からくるもので、加奈との信頼関係の中、落ち着いて話す術を身につけ、少しずつ症状が緩和していった。
数年後、吃音はすっかり治っていた。
吃音は治ったものの、中学生になっても侑は相変わらず無口だった。頭が良く器量の良い侑は、『無口で無表情な所が逆に良い』と一部の女子からとても人気があった。
侑はチームプレーは苦手だからと陸上部に所属し、加奈もそれに倣った。侑が話すのは加奈とだけだったから、二人がつき合っていると思っている人も多かった。加奈は『侑は自分がいないとダメなんだ』と優越感に浸っていたし、この先もずっと自分が支え、傍にいるものだと思っていた。
高校生になってもそれは変わらなかった。加奈はよく侑の家に行っていたし、食事を一緒に作って食べたり、昭恵さんの家事を手伝ったりした。一緒に暮らしているようなものだった。
侑のことなら、何でも知っていた。とんかつが好きなこと、オクラが嫌いなこと、実はスイーツが好きなくせに隠していること。ミステリー小説が好きなこと、カエルが嫌いなこと、嘘をつくと左の眉毛がピクッて上がること。
侑が東京で医師になるなら、しばらくは離れ離れになるけれど、加奈は地元で看護師の資格を取得して、東京で就職することも考えていた。
それなのに、ここにきて侑に初めて女性の影を見た。
ありえない。出会うはずもない。話せるはずもない。友だちも恋人もいない……作れないんだもの。
『あの女性は誰なの……?
あ……まさか……、公園のお姉さん――?』
加奈の心臓はドクドクと嫌な音を立てていた。
☞☞☞ 第8話 クリスマスイブの約束 ☞☞☞
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