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パラサイトな私の日常 第10話:それぞれの新年

 年が明けた。二人はクリスマスイブから会っていなかったけれど、時々LIMEでやり取りをしながら、何でも話せる良い関係が続いていた。
 
 悠は、あれから仕事が益々ますます認められ、自信もつき、職場でもいい人間関係がきずけていた。職場の飲み会に誘われることも増え、できるだけ顔を出すようにしたし、そのための服をデパートに買いに行くようにもなった。
 休日も家にこもらず、意識的にいつもと違う行動を心掛けた。すると、新たな出会いや発見がそこかしこにあった。
 面白いものを見つけると、自分から侑にLIMEをするようにもなった。
 
『まわりは何も変わっていないはずなのに、自分の行動を少し変えるだけで、新しい世界が広がるのね。知らなかった。……あと、オシャレや人付き合いにお金がかかるってこともね……』

 今日も昼休みにATMでお金をおろしながら自嘲じちょうする。もっとも、これまで全くお金を使ってこなかった悠にとって、ワクワクする自己投資じことうしのようで、苦にはならなかったのだが。
 
「有田さん!」
 そう呼ばれて振り返ると、鈴木陽介すずきようすけが駆け寄ってきた。

「今日は外でランチしてたの?」

「いえ。お弁当を食べ終わって、いまATMに行った帰りです。鈴木さんはいつも外で食べてるんですか?」

「うん。営業職えいぎょうしょくだと昼休憩ひるきゅうけいも時間がバラバラだし、出先でさきでそのまま食べることが多いかな」

「今日も寒かったでしょう? 暑い日も寒い日も、外で営業お疲れ様です」
 丁寧にお辞儀じぎをする悠を見て、ドキリとする陽介。

「あ……いやぁ、仕事だから……。……きょ・今日は午後からは、事務仕事だからお隣でよろしく頼みます!」

「はい! よろしくお願いします! できることは何でもサポートしますから、言って下さいね」

 背筋がピンと伸びて、丁寧な話し方、細やかな心配りができる悠に少しずつ好意を抱いていた。

『有田さんて、こんなに奥ゆかしくて、綺麗な女性だったっけ?』
 
「有田さんって、何か雰囲気ふんいき変わったよね? 綺麗きれいになったっていうか……」

「え? あ……、そんな……」

「あ、あ、今のなし! これってセクハラだよね? 嫌な思いさせちゃってたらごめん! 俺思ったことをすぐに口に出しちゃう性質たちで……。決していやらしい意味じゃないんだ!」

 あわてふためく陽介を見て、クスクスと笑う悠。

「いえ、大丈夫です。めて頂けて嬉しいです……。私、今、変わる努力をしていて……」

 顔を真っ赤にしてうつむく悠を見て、健気けなげでかわいいと感じていた。

「あのさ、今日、仕事が早く上がれそうなんだけど、良かったら二人で飲みに行かない? 予定とかある? あ……、もしかして彼氏とかいたりする?」

「え? か・彼氏? そんなの、い・いません! よ・予定もないです!」

 『彼氏』という慣れないワードに動揺して、よろけながら、挙動不審きょどうふしん言動げんどうをとってしまう。

「じゃぁ、行こうよ。うまい焼き鳥屋があるんだ」
 
 あまりに唐突とうとつな誘いに、『好きな男性がいながら、他の男性と二人で食事に行っても良いものなのか』を考えあぐねるすらないまま、約束が決まってしまった。
 
 席に着くなり、『LIMEのID交換をしておこう』と提案され、言われるがままにスマートフォンを差し出した。IDを交換したところで午後の始業のチャイムが鳴る。悠は悶々もんもんとしながら午後の業務に取り組んだ。

 ***

 侑は1月中旬に、大学共通一次試験を終え、1年振りに東京の自宅に帰った。1年振りといっても、昭恵あきえとの生活を開始してから、母親の法要ほうようの時に1、2泊帰るだけで、父親との会話はほとんどなかった。三回忌さんかいき七回忌ななかいき、そして昨年の十三回忌じゅうさんかいきと、この12年間で数えるほどしか会っていない。一人で帰ってきたのは、これが初めてだった。

 医師を目指していること、東京の大学を受験すること、その準備のために半月はんつきほど帰ること、合格したら春から東京の自宅で生活をさせてほしいことなどを、LIMEで報告すると、〈おまえの家だ。好きにしていい。〉と短く返事があった。

 自宅に着き、昭恵からあずかったかぎ解錠かいじょうし、家に入る。誰も住んでいる気配のないガランとしたこの家は、温かみもなく、13年経った今も、母 綾子を亡くした悲しみをたずさえている。佳彦よしひこはあれからずっとここで生活をしていないのだろうが、家政婦の掃除は行き届いていて、いつでも暮らせる状態となっていた。ただひたすら あるじの帰りを待つだけの 寂しい家だ。
 
 侑はスーツケースを持って自分の部屋に向かった。侑の部屋はずっとあの日のままだった。小さな学習机に母の手作りの幼稚園バッグ。絵本がたくさんある本棚に、ガオレンジャーのおもちゃ……。

 侑の部屋は、母とのかけがえのない思い出がたくさん詰まっている……と同時に、取り返しのつかないあの悪夢あくむを呼び起こすパンドラの箱だ。

 数年前に帰った時、部屋を見て発作ほっさが起きたため、昨年帰った時はその部屋には入らず、客間きゃくま寝泊ねとまりした。

 『もう大丈夫だ』そう心でつぶやき、自分の部屋のドアノブに手をかける。深呼吸しんこきゅうをして、ドアを開けると、予想外の光景こうけいの当たりにする。

 成人用のベッド、ウォルナットのデスク、最新のパソコン。カーテンもベッドカバーも家具も、チャコールグレーとウォルナットで統一された、侑好みのオシャレな部屋になっていた。

 デスクの上に、二つに折りたたんだだけの手紙と鍵が添えられてあった。

 『侑、おかえり。今まですまなかった。父である私がしっかりしていないがために、おまえに随分ずいぶん辛い思いをさせた。綾子があのようなことになり、到底とうてい受け入れることが出来ず、私は逃げた。せめて、綾子が残したものを何一つ失いたくないと、家そのものをあの時のままにしていた。一番辛かったのはおまえだったのに、思いやってやれなかった。綾子が残した一番大切なもの……つまり、おまえのことこそ、一番に考えてやらねばならなかったのに、私はそれをおこたった。本当におろかだった。すまない。
 綾子との思い出は、私たちの心の中にある。綾子の物は少しだけ残し、後は処分したよ。侑の部屋にあったものは、すべてトランクルームに預けてある。おまえも落ち着いたら、整理しに行くといい。
 代わりに、大学生らしい部屋に模様替えしてみたんだ。気に入ってもらえるといいんだが……。もし気に入らなかったら、自分好みに替えてもらっていい。
 もういいかげん、前を向こうと思うんだ。むしろこんなに時間がかかってしまってすまなかった。
 侑、おまえは本当によく頑張った。私と同じように医師を目指していると聞いて、心から嬉しかったよ。お金の心配はいらない。自分の納得のいくまで頑張りなさい。
 今日は早めに帰る。ケータリングを頼んであるんだ。一緒に夕食を食べよう。父より。

 追伸:もし、おまえが許してくれるのならば、春からこの家で二人で暮らさないか。私は侑と二人で再出発をしたい。』

 鍵はおそらく、トランクルームの鍵だろう。綺麗きれいとは言えない文字だったが、ざつなわけではなく、考えて考えて、何度も書き直して完成した手紙なのではないかと想像した。

 侑の目から、とめどなく涙があふれていた。

 『すまない』『愚か』『辛い』という文字が、幾度となく記述されたこの手紙を読んで、佳彦の胸の内が痛いほど伝わってきた。

 侑は『自分のせいで母が亡くなったこと』で侑自身を父はうらんでいるのではないかとずっと思っていた。昭恵は、佳彦に会う度に『侑が可哀想かわいそうだ。もっと父親らしくできないのか』と怒っていた。それを見て、侑は『自分のせいで父親が悪者わるものになる』と益々ますます自分を責めていた。
 そして、そのことで佳彦と昭恵は険悪けんあくになり、佳彦と侑がとおのくという悪循環あくじゅんかんが生まれていた。

 『父は自分をにくんでいたわけではなかった』
 
 その事実が判明し、心のつかえがとれた。

 夕方になるとインターフォンが鳴り、東京で有名なケータリングのスタッフが来て食事の準備を始めた。佳彦はちょうど準備が整った頃に帰宅した。スタッフには一旦帰ってもらうことになった。

「父さん……、おかえり。あの……手紙読んだよ。あと……部屋もありがとう」

「ただいま……。そうか……。夕食の準備はできてるか?」

「うん……。なんか、すごい御馳走ごちそうだよ?」

「あぁ……。今日は特別な日だからな……」

 口数が少ない同士の二人が、十数年ぶりにぎこちなく親子の会話をしながら、ゆっくりと食事を楽しんだ。食卓には笑顔の綾子の写真と3人分の食事が並んでいた。
 


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