わかおの日記 番外編1
少し前に、「めがね」という映画を観た。離島へ羽を休めにきた女性が、ただのんびりとしているうちに、心にゆとりを取り戻していくという話である。特に面白い映画ではなかったけれど、劇中の離島のようすがなんだか心に残っていた。
家に引きこもるぼくに対する冷遇や、鬱陶しい弟などから離れ、ただ1日釣りをしながら海を眺めていたい。温泉なんかあったらさらに最高だなあ......そういった欲望は日に日に高まり、ついにぼくは伊豆七島のひとつ、式根島へ行くことを決めた。
そのころ高校のときの友人から東京に帰ってくるという連絡をもらったので、彼と一緒に行くことにした。
民宿に電話をしたものの2軒連続で断られ、3度目の正直で予約をとることができた。筋金入りのコミュ障であるぼくにとって、これはこたえた。電話なんかめったにかけないのに。
22時発の客船「さるびあ丸」に乗り込み、ぼくたちは旅に出た。客室にはぼくたちしかおらず、横になることの出来る和室なので、寝ているうちに島に着いたような感覚だった。夜行バスなんかよりよっぽどいいと思った。
島につくと民宿の女将が車で迎えに来ていた。やっぱり民宿の女将とかとは仲良くしたほうがいいんだろうな.......そういう地元民とのハートフルな交流が旅の醍醐味なんだろうな.......全然話しかけてこないな.......遠慮してるのかな......と思っているうちに宿まで着いていた。島に来たからといってコミュ障が治るわけではない。
2日で3000円のレンタサイクルを借りて、さて釣りでもしましょうかとなった途端に雨が降りだしてきた。ぼくたちは釣竿を片手にビショビショになりながら宿へと逃げ込んだ。
こんなに雨が降っていてはなんにも出来ないので、仕方なく宿においてあった漫画を読んだ。
3巻までしか持っていなかった「呪術廻戦」が16巻まで置いてあったので、ここぞとばかりに読み始めたらめちゃくちゃ面白かった。ライトノベルを読み漁り、脳内異能バトルに明け暮れていた小学校6年生のころの自分に久しぶりに再会できたような気がした。あのころは良かったなあ。
しばらくすると雨が落ち着いてきたので、また釣りに向かった。ぼくたちが釣りを始めると、カラスが寄ってきて荷物や弁当を持ちさろうとする。挙句の果てにはせっかく釣った魚を咥えて飛び去っていった。この島のカラスは狡猾である。ぼくたちが見ていないスキを狙って悪さをする。 すっかりやる気をなくしたぼくたちが帰り支度を始めるとまた雨が降り出し、再びビショビショになりながら宿へ帰った。
夕食はとても豪華だった。これでもかというほどの美味い魚料理が、魚をカラスに奪われたぼくたちを慰めてくれた。しかしあまりにも量が多いため、途中からラーメン二郎を食べているような錯覚に襲われた。ぼくたちをラグビー部かなんかだと思っているのだろうか。
翌朝起きると、ビュンビュンという轟音が窓の外から鳴り響いていて、庭の木が折れそうなほど揺れていた。そういえば昨日、釣具屋のおじさんが、「明日は風が強いよ」と言っていた気がする。こんな強風のなか外に出るのは億劫だったが、観光に来てまでそんなことを言っていてはさすがにいけないと思って、近くの温泉に行った。
温泉は漁港のすぐ横の磯にあって、赤銅色に濁ったお湯が湧き出ていた。天然の温泉なので、場所によってぬるかったり熱すぎたりする。ぼくたちはちょうどいい所を探してじっとしていた。これは式根島でなくてはできない経験だろう。昨日までの体たらくを振り返り、ぼくは少し満足した。
それからまた懲りずに釣りをしたが、風が強すぎてどうにもならなかった。故意ではないが、釣具のパッケージなどのゴミが強風のせいで海に落ちていってしまって、魚も釣れないわゴミは落とすわ釣竿は折れるわ最悪だった。結局この日はちっちゃい鯛の仲間が1匹だけ釣れて、仕方なく唐揚げにしてもらって食べた。普通の白身魚の味だった。
本当は次の日の船に乗って帰るはずだったのだが、風が強すぎて欠航になった。ぼくのなかで、「もう1回釣りができる」という気持ちと、「早く帰って家のソファでゴロゴロしたい」という気持ちが同時に発生した。仕方がないのでもう1泊することになった。
宿にあった「呪術廻戦」を全て読み終えてしまったので、「ゴールデンカムイ」を読み始めた。これも3巻まで買って読むのをやめていた。「ゴールデンカムイ」は、普通にアイヌ文化の勉強になるので面白い。壮大なスケールの物語なので、途中から何のために戦っているのかよく分からなくなってしまったが、まあ面白かった。
次の日も風が強かったが、他にやることがないので釣りをした。ぼくたちがあまり食べないことを察したのか、朝食は少なめになっていてちょうどよかった。
この日はクマノミとベラが1匹ずつ釣れた。魚はいるはずなのだが、風が強いためなかなか食ってこない。もうちょっと天気のいい日に来ればよかったなあと後悔した。
このあたりから、一緒に来た友人とほとんど会話がなくなっていった。仲違いしたわけではないのだが、ずっと一緒にいると話すこともなくなってくる。お笑いコンビが楽屋で喋らないのって、多分こういう感じなんだろうなあと思った 。
このまま帰るのはもったいない気がして、釣りをしたあと1人でまた温泉に行った。地元の人たちが先に入っていて、丁度いい温度の所を教えてくれた。日中散々風に晒されて冷えきったからだが、一気に温まる感じがしてとても気持ちよかった。沈む夕日を見ながら黄昏ちゃったりして、これが僕の想像していた旅である。体の芯まであたたまって漁港を後にした。
最後の夜に星を見に行こうとしたけれど、人気のない無人の島の夜はあまりにも怖すぎて、外に出てすぐにビビって引き返した。情けない男やで。民宿で飼っているネコチャンが、そんななさけないぼくに擦り寄ってきてくれた。ぼくは犬より猫のほうが好きだ。犬は人に媚びている感じがして好きじゃない。あからさまに媚びている犬を可愛がる人間も好きじゃない。やっぱりツンデレなネコチャンをチヤホヤしていたいのだ。
次の日は漁港まで送ってもらって、船の中でほぼ一日中過ごした。当然友人と話すこともほぼなく、インターネットもテレビも閲覧できない極限状態のなか、娯楽といえばライターのバイトのために読もうとして持ち込んだ、コナン・ドイルの「ロスト・ワールド」だけだった。それも早々に読み終わると、ほんとうにすることがなくなって、ずーっと寝ていた。時々デッキに上って、360度に広がる海をぼーっとながめていた。海、広すぎワロタ。船内の自販機に売っていたカップラーメンが異常に美味しく感じた。そういえば島の食堂で食べたラーメンはとんでもなく不味かった。不味すぎて最初少し美味しく感じた。カップラーメンが美味く感じる局面というのは人生において確実に存在する。
そのうち旅行記を書くことを思いつき、それでも通信が悪すぎてnoteが使えないので、メモ帳にポチポチ打ち込んで時間を潰していた。途中でだるくなってしまい眠りに落ちたら東京に着いていた。
よる7時の東京の空は明るくて狭かった。2分歩いただけで、式根島の全人口分くらいの量のひとたちとすれ違ってしまうのではないかと錯覚するくらい人が多い。この先ぼくはずーっと島と東京を較べながら東京で生きていかなくてはならないのかなと思った。
大学を卒業して、野球とか小説とか色々なものに見切りをつけたら、島に住みたいなと思った。島で唯一のラーメン店を経営するのだ。副業で島の子どもの勉強をみたっていい。それで休みの日は釣りをして、釣った魚で出汁をとったラーメンとかも作りたいなあ。あと猫も飼いたい
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