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【海外生活】スケート大国で通用する日本の洗練されたスケート靴のメンテナンス技術【カナダ】

第25回目は、日本で10年以上スケート靴のメンテナンス技術を磨き、その修行期間を経て2022年にバンクーバーでスケート靴メンテナンス会社を創業された大前武人さんにお話を伺いました。大前さんはアイススケーターとして20年のキャリアを持ち、そんな彼が率いるLala Polar Bear Ice Skating Ltd.は少しの違和感もなく最高のコンディションで選手やスケーターが氷上でパフォーマンスできるように、メンテナンスに関して一切妥協しない細やかなサービスを提供しています。そんな大前さんの生き方や想いを少しおすそ分けしてもらった記事がこちらです。

さまざまなバックグラウンドやキャリアを持つ人々が集まる町、カナダ・バンクーバー。そこで活躍する日本人の方々とこれまでのステップや将来への展望を語り合う「カナダ・バンクーバーの今を生きる日本人」。それではどうぞ!

プロフィール
5歳の時に京都で週1回のスケート教室に通い始め、7歳の頃から本格的にフィギュアスケートの道へ。全日本選手権大会に3度出場し、22歳でスケート競技を引退した後もスケート靴に携わる仕事に就く。35歳まで日本で働き、その後カナダでスケート靴のメンテナンス会社を立ち上げ、今に至る。


スケート靴のメンテナンス職人ってどんなお仕事?

写真提供@大前さん

──バンクーバーへいらっしゃる前からこのお仕事をされていたんですか?

はい、この仕事を始める前はスケート競技をやっていて、その後すぐに日本のスケート靴のメンテナンス会社に就職して十数年働いた後にバンクーバーに来ました。

──元々選手でいらっしゃって、その後もスケートに関わることを選択されたんですね

そうです。僕も日本では靴のメンテナンスをある人にお願いしていたんですが、その方がすでにご高齢でその人以外の職人を僕は知らなかったんですよ。だからその技術を持った職人さんが引退してしまったら日本のスケート界がやばいなと思ったんです。そんな思いもあり、じゃあ僕がメンテナンスをやろうと思ってこの世界に入りました。ですからスケート靴の職人ではあるんですが、作る職人ではなくてメンテナンス職人になりますね。

──選手でいらっしゃる時は表舞台にいらっしゃって、そこから裏方で支える方になられた時に気持ちのギャップはなかったですか?

この業界には23歳で入りましたが、その点で僕は全く違和感がなかったですね。

──スケート靴のメンテナンスをされる職人さんの人口自体もそれほど多くないのでしょうか

はい、日本だとメンテナンスを手がける会社は10社もないですね。元々勤めていた会社の場合は職人だけだと60代が1人、50代が1人、40代がいなくて、20~30代が5人いました。でも意外とバンクーバーもフィギュアスケートをちゃんと扱えるショップの数が少ないんですよね。

──競技人口はとても多いと聞いていたので、それは意外です

実はバンクーバーは東京よりもショップの数が少ないんです。だから、現地のスケーター達はメンテナンスをどうしているんだろうと思って気になっていたんですよね。知人に聞いてみたところ「バンクーバーのショップの職人は技術があるのかないのかわからないけど、メンテナンスの質があまり良くないんだよね」という話を聞きました。

──その技術を学ぶのにどのくらいの年月がかかりましたか?

僕の場合は手取り足取り教えてもらって学ぶというのではなく、自分の目で見て覚えなさい、という感じでザ・職人という感じでしたね。僕自身が選手をやっていたので、技術を習得するよりも前に「大前さんに見てほしい」と言ってメンテナンスの依頼はすぐに来ましたが、まだ技術もないので師匠に相談しながら毎日を乗り越えていました。僕1人で店頭に立てるようになったのは仕事を始めて2年経った時くらいでしたが、今でも日々学ぶことはたくさんあります。

──師匠がいらっしゃるんですね。メンテナンスっていうのは具体的にどのようなことをされるんですか?

スケート靴のメンテナンスは主に二つあって研磨と位置調整という作業があります。まず研磨ですが、ブレードの部分を研磨をしてスケーターがちゃんと滑れるようにするのですが、包丁が刃こぼれしたらうまく切れないのと同じようにスケート靴も刃こぼれをおこすと、滑りづらくなるんです。もうひとつの主なメンテナンスは位置調整ですが、スケート靴のブーツとブレードの位置を調整して、その人に合わせて滑りやすいように整えます。

──スケーターの方と直接お会いになって調整されるんですね

はい、まず調整したものを履いていただいて陸上に立っていただき、垂直に立てているかどうかを見ます。垂直に立っている状態が滑りやすい状態なんです。あとは滑った感じで違和感がないかどうかです。違和感でいうと、例えばジャンプを飛ぶ時ってグッとカーブを描くんですけど、それがいつもより中に入りすぎる、もしくはカーブしたいのにまっすぐにしか進まないなど、様々な症状があり、それぞれの症状に合わせた細かい調整が必要です。ですので、スケーターの方と密に相談しながら調整していきます。

──メンテナンスの頻度はどのくらいでしょうか

選手だと研磨は1か月半~2か月に1回。位置調整は年に1回の頻度になります。

──逆に言うと最低2か月に1回はプロのメンテナンスが必要ということですね

そのとおりです。あとは壊れた靴を直すこともできますし、それとは別にインソールを作る技術を学んできたので、そのご要望も承ってます。

──スケート靴ってインソールが入っているんですか?

はい、運動靴と同じようにスケート靴にもインソールが入っています。僕が提供するインソールはスケート靴だけではなく普段履きの靴にも対応しています。足の形に合わせてインソールを成型しているので、1番心地良く、尚且つ自分の身体能力を100%発揮できるようなものを提供しています。

──メンテナンスという技術を活かすお仕事をされていて、その中でもどんな瞬間に楽しさややりがいを感じますか?

すごく滑りやすいって言っていただける時ですね。メンテナンスとは少し違う話になるのですが、スケート靴って足にフィットすることが重要なんですが、スケート靴を履いた時に足がギリギリ痛くない程度に窮屈なサイズ感が最も滑りやすいんです。なのでちょっとサイズ選びをミスるとすぐ足が痛くなったり、バランスが取りづらくなったりして、滑れなくなってしまう。だからこそ、サイズのアドバイスも含め、メンテナンスをして滑りやすいって言っていただいた時は最高に楽しくなっちゃいますね。

──とても繊細なのですね。スケート靴はオーダーメイドになるんですか

それがなかなかそうでもなく、既製品をそのまま使っている方が多いんですよね。だからこそ、ご自身の足にあった調整を希望される方が多いです。

──従来のメンテナンス技術に加えてインソールを作る技術も学ばれたということですが、今後は靴自体を作ることも視野に入れていらっしゃったりするのでしょうか?

作れたら面白いなとは思いますね。そうなるとメーカーになりますかね。

──あ、メーカーさんになるんですね

メーカーさんの仕事は製造と販売に分かれると思いますが、メーカーの販売部門にはシューフィッターという専門職の方がいて、お客様に最もあったサイズや特徴の靴を勧める専門の方たちがいるので、僕たちの仕事にも近いのかなと思います。

職人として、父としてカナダに降り立つ

写真提供@大前さん

──カナダはお好きですか?

僕は大好きです。自然がたくさんある感じが好きですね。ここだと遠くの方にも山が見えますし、僕の出身が京都なんですが山に囲まれているからその感じが似ていてすごく好きですね。

──フィギュアスケート大国ってカナダ以外にもあるんですか?

ロシアですかね。

──あ、確かに。プルシェンコ選手とかですね?随分前の世代かもしれませんが(笑)日本も強いですよね。

日本は強いですがスケート大国とも少し違うのかなという印象です。国民の生涯スポーツとしてスケートが根付いているのはカナダかなと思います。マイシューズを持っているお家も多いと思いますし、ホームセンターにもスケートグッズが売っていたりします。だからこそスケート大国なのにフィギュアスケートをちゃんと扱えるショップが少ないっていうのが不思議なんですよね。

──今も趣味で滑ったりされますか?

全く滑ってないですね。この前1回だけ試しに滑りましたけどそのくらいです。むしろ、頭の中にはジャンプができる自分がいるんですけど実際に滑るとブランクでジャンプできなくなるので、ジャンプが飛べる自分のイメージのままでいたいっていうのはあるかもしれないです。だから滑りたくないのかもしれないです。

──理想と現実というか、競技をやっていらっしゃった方の感覚なのかもしれないですね。大前さんのお嬢さんも将来パパのお仕事に関連してスケートしたいっていうかもしれないですが

今、娘も一緒に仕事場に来ているのですが、娘がスケートを見て、「シューシュー」という言葉を覚えたので多分滑りたいんでしょうね。

──大前さんは競技もされていたので楽しい部分と同じくらい大変な部分もご存知なわけですが、お嬢様が仮にスケーターになりたいと言ったらどう思いますか?

スケートに限らずどの競技も極めようと思ったら大変って聞きますが、でもスケートを本当にやりたいんだったら挑戦させてあげたいなって思いますね

──実際に移住されるまでにご不安はありましたか?特に語学面ですとか

はい、そこがやっぱり1番ですね。日常生活では妻がすごくサポートしてくれています。仕事でよく使う英会話に関しては覚えて伝えることはできます。意思を伝えることはできるので、今後は聞き取りをもっと習得していきたいです。

──現在、ビザのステータスは何になりますか?

就労ビザですね。日本にいるときにバンクーバーで会社を設立して、現在は自分の会社に雇われる形で就労ビザをもらっています。こっちでずっと働く前提で入念に準備してきました。

──ちょっと試しに来てみようではなく、しっかり準備していらっしゃったんですね。来る前と来てからの印象は変わりましたか?

僕が住んでいるエリアはアジア人が多いのであまりカナダに来た感じがしなくて少しがっかりするかなと思ったのですが、全然そんなこともなくすごく平和な街だなと思いますね。同じアジア系だからこそ一緒に頑張ろうっていう空気も感じて快適です。というより、アジア系とか関係なく、カナダに住んでいる方はみんな優しくて穏やかで、全てが快適です。住むエリアに関しても自分で事前に調べていました。

──そうだったんですね。バンクーバーには過去にいらっしゃったことがありましたか?

バンクーバーにはスケートコーチの関先生に会いに来たことがあり、その時に良い街だなって思ったのと、その後に就労ビザの申請で来たくらいですかね。実はカナダには家族も連れてきています。僕と妻と娘とワンちゃんを連れてきました。空港で就労ビザを申請した時も僕は英語が話せないので妻が助けてくれて感謝しています。1歳半の娘を連れてきたので、飛行機の移動はドキドキでした(笑)

──ご家族も連れての移住だったのですね!メンテナンス職人としてバンクーバーでやっていきたいんだというのはご家族には常々お話しされていたんですか?

この仕事で独立したいというのは言っていて、日本でやってみることも検討したんですがしっくり来るところがなかったので、じゃあ海外に視野を広げてみようと思って見つけたのがバンクーバーですね。そこでバンクーバーにいらっしゃるスケートコーチの関先生に相談してみたのがきっかけです。

──目の付け所が素晴らしいですね。

まだまだいろんなことを模索中です。

Lala Polar Bear Ice Skatingは日本仕込みで上質なメンテナンスサービスをお届けします

写真提供@大前さん

ー移住と起業をなさって、これからご自身の活動をもっと広げていこうと思ったときに、必要だなと思うことって何かあったりしますか?

今はお客様に自分の存在やサービスを知っていただくことが必要だと思っているので認知度をあげることに注力していますね。なのでショップは持たずにお客様の元に出向いてその場でメンテナンスをしたり、スケート靴を預かって自宅でメンテナンスをしてお届けしたり、という業態をとっていて、いつでもどこでもいきますよっていう感じにしています。

──細やかなサービスを提供されているんですね。道具は日本から持参されたんですか?

日本から持ってきたものもあれば、こちらで揃えたものもあります。例えばシャープニングマシンはカナダ製のものを使っています。元々日本でもカナダのものも使ってたんですよ。だから信頼して使っています。やっぱりスケート大国カナダなので。

──そうなんですね!カナダの製品でそんなに使いやすかったりっていうお言葉を聞けてすごく嬉しい気持ちです。

ははは(笑)ニッチな市場ですが、シャープニングマシンといえばカナダなんです。素晴らしい商品だと思います。もし日本でシャープニングマシンを作ると、そもそも需要がないので価格がすごく上がってしまうと思うんですけど、カナダだとシャープニングマシンの需要がたくさんあるので価格も適正で助かります。

──メンテナンス職人さんっていうのは、クラブに専属として雇われるというよりも対クライアントにサービスを提供するというイメージでしょうか?

そうですね。ショップの数が少ないのでどこかのクラブチームの専属になってしまうと、サービス自体を受けられない人たちが出てきてしまいます。ですからやっぱりみんなを受け入れてメンテナンスをしますね。

──新規のお客様というのはお客様からのご紹介になりますかね?

そうですね。ありがたいことに自然と口コミで広まっていっています。

──将来は「バンクーバーでスケート靴のメンテナンスといえば大前さん」ってなりますね

そうなると嬉しいですね。

──技術があるからお客様もリピーターにもなるんですね。将来的に会社を大きくしたい、社員を雇いたいということも考えていらっしゃいますか?

雇いたいとは思うんですけど、日本でもバンクーバーのショップでも同じ課題があって技術の継承が難しいみたいです。若手がなかなか育たないというのは国も関係なくどこも頭を抱えていますよね。それ以外の面で誰かに任せたい業務が色々あるので、いつか雇えたらなと思います。

──準備はどのくらいされていたんですか

コロナ前に移住を考えていて移民コンサルの方に相談もしていましたが、コロナでなかなか来れなくなって結果的にはたくさん準備できたのかなと思います。

──それでももっとこうしておけばよかったなと思われる部分ってありましたか

僕の場合は語学をもっと勉強しておくべきだったなと思ったり、元からビジネスをやるつもりで来ているので資金もしっかり貯めておく必要がありました。

──バンクーバーは東京と比べてもいろんなものが高いですからね。最後にカナダ留学や移住に興味のある方達にメッセージをお願いいたします。

会社の資金と生活費を自分なりに貯めてきたつもりですが、それでも十分ではなかったと今ここで生活してみて思います。僕は東京の新宿に住んでいたんですが、その時の生活に比べても圧倒的にバンクーバーの方が高いですね。

もちろん渡航する前にしっかり計算してきてはいるんですけど、実際に住むとなると想定外の出費はいくらでも発生しますので資金はあればあるだけ選択肢も増えます。すごく現実的な話ですけど、いろんな人に気軽に来てみたらって言われることもありますがやっぱりお金はそれなりにかかります。こっちに来て働きたくても働けない時もあるので、カナダへの興味や好きだという気持ちも大事にしていただいて、それと同時にちゃんとお金を貯めて計画的に準備することも大事ですよっていうのは伝えたいです。

▼Lala Polar Bear Ice Skating Ltd.のウェブサイト▼
ウェブサイト

編集後記

お話の中で特に印象的だったのが、ご家族への感謝を口にされていたことです。カナダにはご家族でいらっしゃっており、その際に「家族を連れて来た」のではなく、「一緒について来てくれた」と表現されていたのが大前さんのお人柄を表す言い回しだなと思ってお話を聞いていました。そして英語に関して奥様がたくさんサポートしてくれてありがたかったとも仰っていました。海外に家族で移住するにはそれなりの準備が必要で、それは大前さんご本人だけでなくご家族様もたくさん準備をされて来たのだと思いますが、それに対してきちんと感謝の気持ちを言葉にできるのは素晴らしいことだなと思います。私もお話を聞きながら自分の家族にはこうありたいなと思ったので、とても印象に残っています。

世界にはたくさんのスポーツがあって、そこで活躍するアスリートがいて、そしてそのアスリートを支えるプロフェッショナルがいらっしゃいます。大前さんもそのお一人です。元々競技者であったご経験から、どのようなシューズが滑りやすいかを理解されていることがベースにあり、その上に技術があり、メンテナンスの際にはクライアントと一緒に仕上がりを緻密に調整されるそうです。日本からカナダにスケート留学される生徒さんもいらっしゃいますが、その方達も日本で培った大前さんのメンテナンスサービスが現地でも利用できると心強いですよね。
お仕事に関しても口コミでお客様が増えていっているそうなので、これからも丁寧な仕事と穏やかなお人柄でどんどんファンも増えていくんだろうなと思います。

末筆ではありますが、この度インタビューを快諾してくださった大前さん、本当にありがとうございました。

最後まで読んでいただきありがとうございます!!

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