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【オリジナル小説】金の麦、銀の月

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【金曜日更新】オリジナル小説「金の麦、銀の月」のまとめです。 地道に連載していく予定です。
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記事一覧

金の麦、銀の月(14)

金の麦、銀の月(14)

第十三話 曇天

図書館から一歩外に出ると、どんよりとした雨雲が空一面に広がっていた。今にも雨が降りそうな様子に、みんなは眉をひそめた。

「傘もってきてないのに…。」

春日部さんが小さく漏らすと、松下さんが慌ててカバンをのぞき込んで安堵の表情を浮かべた。

「さくら、大丈夫。私折り畳み持ってるから。」

私の隣に立っている堀はカバンから大判のタオルを引っ張り出すと、頭の上からかぶって見せた。

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金の麦、銀の月(13)

金の麦、銀の月(13)

第十二話 白い狐

次の土曜日、本を入手すべく、私は同期のみんなと図書館へ向かった。

色あせたベージュの建物はいかにも公営の図書館と言った感じではあるが、この辺りでは一番の蔵書数を誇っている。土曜日ということもあり、児童書コーナーは子供連れの家族でかなりの賑わいを見せていた。私も小さい頃からこの図書館に絵本や小説をよく借りに来ていた。

堀がフロアマップを見つけて指さした。

「たぶん、『理科・

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金の麦、銀の月(12)

金の麦、銀の月(12)

第十一話 確信

本の読み方には、その種類が大きく分けて2つあるように思う。

元来文系の私の好きな本といえば、絵本やフィクション小説といったものに偏っていた。サスペンスやミステリーといった、小説は避けて通ってきたようなものだ。考えながら読むと言うよりは、読むうちに文体が染み込んでくる、と言った方がしっくり来る。文学部の春日部さん達もわりあい私の読み方に似ていて、物語の中に没入し主人公と併走しなが

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金の麦、銀の月(11)

金の麦、銀の月(11)

第十話 贈る言葉

日も少し暖かくなった三月、私たちは四年生の卒業式を迎えた。四年生は去年一年間、就職活動や卒業論文で忙しく、直接関わる機会はあまりなかったが、先輩方が制作に携わった文芸冊子は何度も読んでいたため、作家としての先輩方はよく知っていた。

編集社や新聞社など、物書きらしい職に就いた先輩もいれば、堀のように技術職に就いた先輩もいて、希望に満ち溢れた表情が垣間見えた。

文芸サークルでは

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金の麦、銀の月(10)

金の麦、銀の月(10)

第九話 夢を見つけるその日まで

年が明け、長い春休みを迎えた私は充実した日々をおくっていた。

サークルはと言えば、春休みの初めの方に一度集まっただけであとは四年生の卒業までは自由に過ごすようにと言われた。そもそも個人の趣味として執筆をしていた人の集まりでもあるため、文化祭や合宿以外にサークル員みんなで何かをするというイベント事には乏しかった。

私はと言うと、四ヶ月の間に貯めたバイト代で、堀と

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金の麦、銀の月(9)

金の麦、銀の月(9)

第八話 化かし化かされ

文化祭二日目も終わり、家へ帰ると私は部屋に直行し、頭に浮かんだ物語の一行目をノートに綴った。

___人間の作る映画を好む狐は、時折人の姿に化けては映画館という、大勢の人間が好んで通う大きな箱へと足を運ぶのであった。

物語を作るというのは、人を化かすことに近い。私が作った世界に読者を連れ込み、その世界の住人にしてしまう。今日、先輩と話したことで、演劇にも同じように、観る

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金の麦、銀の月(8)

金の麦、銀の月(8)

第七話 きっかけ

部室につくやいなや、私はロッカーに駆け寄った。

このロッカーに入っているのは、穂高麦人という名前を初めて知った新歓公演のパンフレットと、私が小学生の頃から大切にしてきた一冊の本。

その二つを胸に抱えると、私は再び体育館へ向かって歩き出した。心臓が飛び跳ね、ソワソワと落ち着かない。一度立ち止まると、自分に言い聞かせるように深く息を吸った。

しかし、気を取り直して一つ目の角を

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金の麦、銀の月(7)

金の麦、銀の月(7)

第六話 幕開け

待ちに待ったステージの幕が上がった。

装飾も何も無い舞台の真ん中には、光沢のある茶色い椅子がぽつんと一つだけ置かれている。そして、こちらに背中を向けて座る女性。呼吸音と共に肩が僅かに動く。泣いているのだろうか。長い髪がするりと肩から落ち、彼女はゆっくりと空を見上げた。すると、彼女を照らすスポットライトの中を、細く長い糸が静かに降りてきた。彼女はしばらくそれを見つめると、酷く緩慢

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金の麦、銀の月(6)

金の麦、銀の月(6)

第五話 文化祭二日目

朝、夜勤の父と入れ替わる様に早めに家を出た。急ぐのには理由があった。朝一番で演劇サークル公演の整理券が配られるのだ。文化祭でも人気の高い演劇サークルの公演は、一般のお客さんの席確保のために学生の席は全て整理券で管理されている。整理券がなければ、体育館後方で立ち見をするしかない。

途中でサークルの友人・堀と合流し、整理券配布会場に向かうとすでに二十人ほどが並んでいた。整理券

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金の麦、銀の月(5)

金の麦、銀の月(5)

第四話 広がる世界

夏休みが終わり、二学期が始まった。
大学生活にも慣れてきた頃、心待ちにしていたイベントが近づいていた。大学の一大イベントであり、文芸サークルでは文芸誌が発行される日でもある文化祭である。

文芸誌に載せる作品は、学年ごとに詩篇と短編・中編・長編の小説が一作ずつ選出される。私は長編にエントリーしてみることにした。と言っても、各学年四、五人しか所属していないため、同級生とジャンル

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金の麦、銀の月(4)

金の麦、銀の月(4)

第三話 さりげない瞬間に

私の物語が世に出て二ヶ月。その間に、家族や友人、大学時代の先輩方など、多くの人から祝福のメッセージをもらった。大学時代の親友なんかは、私のデビューを自分のことの様に喜んだ様子で電話をくれた。

穂高の方にも共通の友人などから度々メッセージが送られてくるらしく、私たちの食卓には大学時代の思い出話に花が咲いた。

私が大学に入学した当時、穂高は演劇サークルで脚本担当兼役者を

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金の麦、銀の月(3)

金の麦、銀の月(3)


第二話 大きな流れの中で

このメールが届いてからの二ヶ月間は、本当に目まぐるしく時が過ぎていった。

メールが届いた次の日、出版者宛に「本を出版したい」と返事をすると驚くべき速さで返答があった。一週間後に、担当者と今後について話し合いましょうという内容だった。

私は次の日の仕事終わりに実家へ帰り、押し入れの奥に眠っていた文芸冊子を引っ張り出してきた。少し色あせた表紙をめくり、自分の作品を読み

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金の麦、銀の月(2)

金の麦、銀の月(2)


第一話 月が満ちる夜

穂高とラーメン屋に出かけた日から数日後の夜のことだった。晩御飯もお風呂も終わり、私は密かにネットサーフィンをしていた。穂高の誕生日が二ヶ月後に迫っていたからだ。

ブブッとスマホが震え、通知音と共に一件のメールが届いた。

ショップか何かの配信メールだろうと、私は無視しかけたが、通知欄を見てふと手が止まった。そのメールの宛先がずいぶん前に使っていたメアドだということに気づ

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金の麦、銀の月(1)

金の麦、銀の月(1)

***プロローグ***

今日も隣の部屋からカタカタと軽快にキーボードを叩く音が聞こえてくる。
最近はかなり調子がいいようだ。

二年前、穂高(ほだか)が小説家になるという長年の夢を叶えた時、自分の事のように嬉しかったことを覚えている。私が諦めてしまった夢も穂高が一緒に叶えてくれたような気がした。

カレーの入った鍋を温め直し、ご飯食べるよーとドアに向かって声をかけると、「もう少し!」というくぐも

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