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金の麦、銀の月(4)

第三話 さりげない瞬間に

私の物語が世に出て二ヶ月。その間に、家族や友人、大学時代の先輩方など、多くの人から祝福のメッセージをもらった。大学時代の親友なんかは、私のデビューを自分のことの様に喜んだ様子で電話をくれた。

穂高の方にも共通の友人などから度々メッセージが送られてくるらしく、私たちの食卓には大学時代の思い出話に花が咲いた。

私が大学に入学した当時、穂高は演劇サークルで脚本担当兼役者をやっていた。
そもそも穂高を知るきっかけとなったのは、入学式直後、友人に誘われて行った演劇サークルの舞台だった。小さい頃からミュージカルや舞台を見に行くのが趣味だったが、学生の舞台というのは初めてだった。
若者の群像劇がテーマの舞台で、生き生きと役を演じる先輩たちに魅了されたと同時に、その物語の世界観に心を奪われた。
終演後、私は入り口でもらったパンフレットを開くと急いで文字列を目で追った。この物語を書いた人を一刻も早く知りたかったのだ。

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脚本:穂高麦人



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あ、あった。

顔も知らない人だけれど、私はその名前に不思議と胸が高鳴るのを感じた。

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入学してから一か月後、私は文芸サークルに入った。実は入学前からもうほとんど心に決めていたことだったが、この日が本当に待ち遠しかった。

入部初日。先輩方が歓迎会を開いてくれた。ジュースやお菓子を片手に、同級生や先輩たちと話した。同じ高校の先輩もいて、会話も盛り上がった。私は思っていたよりすんなりとサークルに馴染んでいき、放課後はほとんど毎日サークルの部屋に入り浸るようになった。
もとより人付き合いは得意な方で、あっという間に友達もでき楽しい大学生活が始まった。

そして夏休み。帰省シーズンとなり、部室ががらんとする日が多くなった。地元の大学に通う私はどこか遠くに行くでもなく、地元の友達と時折遊ぶごくごく平凡な夏休みをすごしていた。
実家暮らしでバイトもしていなかった私は、夏休み前と変わらず、ほとんど毎日部室に足を運んでいた。クーラーも効くし、学食も図書館も校内に揃っていたため、夏休みの課題をするのにぴったりだったのだ。それに、部室に来ると執筆も捗る。部室の床から天井まで山積みになっている、過去の文芸誌を見ると創作意欲がグンと強くなるのだ。ペンだこが痛むまで書き続ける日もあった。

___私には、原稿用紙に手書きで物語を書くというこだわりがある。先輩たちにも驚かれたのだが、原稿用紙いっぱいに物語が溢れ、ペンだこが痛むまで書くという達成感がとても好きだったからだ。
パソコンに打ち込むのはとても作業的で、字が躍る感覚がないことに寂しさを感じる性質だった。

勉強と執筆に明け暮れた夏休みも終盤に差し掛かり、部室にも活気が戻ってきた。
午後に友達との約束があった私は、昼前に部室に立ち寄ることにした。部室のドアを開けると、ちらほらと先輩の姿があった。挨拶を交わしたところで、ドアの近くに見知らぬ人が二人座っていることに気づいた。軽く会釈をすると、どうも、という風に会釈を返してくれた。二人と話していたらしい部長の上田先輩が、あっそうだ!と言って立ち上がった。

「今年入ってくれた一年生の中原ちゃん。」

上田先輩は手招きしながら、私のことをニコニコと紹介する。

「この二人は演劇部の田川くんと佐野くん。よくこの部屋に遊びに来てくれるから、仲良くしてね。」

近くに行って改めて挨拶すると、二人ともなごやかな雰囲気の人だった。

「三年の田川です。演劇部の脚本担当をしています。上田と同じゼミってこともあって、脚本の相談とか、資料集めとかでちょくちょく来てます。よろしくね。」

「二年の佐野です。田川さんと同じく、脚本を書いてます。よろしくお願いします。」

一通り自己紹介を終え、私は少し離れた席に座ってカバンを開いた。ゼミの課題終わらせようか、あの物語の続きを書こうかとあれこれ考えながら、私はさっきの二人の中に”穂高麦人”という人がいなかったことを少し残念に思っていた。
でも、こんな風に演劇部と交流があるということは今後話す機会も訪れるだろう。今度、田川さんや佐野さんに会った時にでも聞いてみよう__。


私と穂高の物語はこんな風にさりげなく始まった。


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◈主人公◈

中原美月(なかはら・みづき) 
26歳 会社員・作家
ペンネーム 月野つき
大学時代のサークル 文芸サークル

佐野穂高(さの・ほだか)      
27歳 作家・ライター
ペンネーム 穂高麦人
大学時代のサークル 演劇サークル

◈登場人物◈

上田先輩
22歳(当時)
所属サークル 文芸サークル

田川先輩
22歳(当時)
所属サークル 演劇サークル


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