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金の麦、銀の月(5)

第四話 広がる世界

夏休みが終わり、二学期が始まった。
大学生活にも慣れてきた頃、心待ちにしていたイベントが近づいていた。大学の一大イベントであり、文芸サークルでは文芸誌が発行される日でもある文化祭である。

文芸誌に載せる作品は、学年ごとに詩篇と短編・中編・長編の小説が一作ずつ選出される。私は長編にエントリーしてみることにした。と言っても、各学年四、五人しか所属していないため、同級生とジャンルが被らない限り採用されることがほとんどだ。私の作品も例により採用され、とんとん拍子で憧れの文芸誌に載ることとなった。

冊子に乗る作品は、サークル員全員で回し読みし、誤字脱字のチェック等の校正を行う。先輩や同級生の作品を読む作業は新鮮で、大いに刺激を受けた。特に詩篇は、触れてこなかった分野でもあったが、空気の美味しい山頂に降り立った時のような感動を覚えた。

文化祭の一週間前には、文芸誌が製本されて届いた。部長から一冊手渡された時には、感動のあまり思わず表紙を撫でたことを覚えている。

文化祭当日、冊子は飛ぶように手に取られた__というわけではなかったが、楽しみにしていたという一般の方やOBOG、他校の文芸サークルの方々が数多く手に取ってくれた。

文化祭一日目も終わり、疲労感と共に帰宅すると、母が夜ご飯を作って待っていてくれた。もう一冊もらってきた冊子を母に渡すと想像以上に喜んでくれた。読書好きな母は寝る前に読むのだと大事そうに寝室へ持っていった。__思えば、本を読むようになったのも母の影響であったし、小説家になるという小さいころからの夢をずっと応援し続けてくれていたのも母だ。

母の応援のありがたみは、今ひしひしと感じている。中学くらいまで「小説を書くのが好き」と話すと、馬鹿にされる節があった。年を経るにつれて「文章を書けるなんてすごい」と言われるようになったのだが、いざそういわれると恥ずかしくなる私もいた。けれど、一番近くで母が応援していてくれたことで創作意欲を持ち続けられたのだと思う。

そして、大学生になると一気に視界が開けた。鳥かごにいた鳥が大草原に放たれたような、それほど急激に広い世界に立っていた。自分の視界だけでなく、新たに知り合った友人や先輩たちの視野はもっともっと広く、多方面に及んでいたため、自分がちっぽけに感じたほどだ。

サークル仲間とは、度々自分の頭の中について話し合った。物語や言葉が文字通り天から降ってくるという人もいれば、ドラマや映画のような映像が脳内で流れるという人、一方で苦しみもがきひねり出すという人がいて、いろいろな人の頭の中を覗けるのはなかなか刺激的な体験だった。私の頭の中では常に物語の主人公が動き回っているのだが、当時私を馬鹿にしていた彼らにそれを言ったらどういう反応をするのだろうか。それを考えるのもちょっぴり面白かったりする。

そういう話をすると母はすごく楽しそうな顔をする。私はその顔を見るのが好きだった。

___さて、明日は文化祭二日目。「一年生は存分に楽しんで来い」という先輩たちのご厚意で、構内を友人と一緒に回ることになっている。瞼の裏に明日の夢を見ながら私は眠りについた。


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◈主人公◈

中原美月(なかはら・みづき) 
26歳 会社員・作家
ペンネーム 月野つき
大学時代のサークル 文芸サークル

佐野穂高(さの・ほだか)      
27歳 作家・ライター
ペンネーム 穂高麦人
大学時代のサークル 演劇サークル

◈登場人物◈

美月の母
52歳 主婦
読書好き


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