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フリーライターはビジネス書を読まない

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#いのちだいじに

フリーライターはビジネス書を読まない(1)

フリーライターはビジネス書を読まない(1)

インターネットが普及する前、パソコンでテキストをやり取りできる通信サービスはパソコン通信だった。
「ホスト」と呼ばれるサービス運営業者のホストコンピューターに、電話回線でアクセスする。

アクセスしてしまえば、中身は、誰もが書き込める掲示板のほか、同じ趣味をもつ者どうしが集まるフォーラム、仲間うちだけでテキストをやり取りしたり、チャットもできた。

今のSNSの原型になったサービスは当時からだいた

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フリーライターはビジネス書を読まない(62)

フリーライターはビジネス書を読まない(62)

ライターの仕事ではありません〔2回ほど行った風俗店の子が好きになりました。必ず口説ける方法を知りませんか〕

田山から届いたメールに全身の力が抜けて、大きなため息が出た。
知らんがな……。

必ず口説ける方法があったら、すでに誰もが知ってるはずだし、失敗する人もいないでしょう。
あなたが頑張るしかないですよ。

さて、分かってくれるかな。

今度は30分で返信がきた。
〔報酬を払います。教えてほし

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フリーライターはビジネス書を読まない(61)

フリーライターはビジネス書を読まない(61)

メンドクサイにもほどがある
田山から封書が届いた。
もう何度もメールをやり取りしているのに、長めのメールになると返事を郵便で送ってくるのは相変わらずだ。

DMで怪しげな商法に勧誘しようとしてきたので、返り討ちで逆に「チラシをつくってあげます」ともちかけたら乗ってきた。報酬もこっちの言い値でOKした。素直なのか単純なのか、それとも……。
いずれにしても、騙されやすいタイプのようだ。

封筒を開けた

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フリーライターはビジネス書を読まない(60)

フリーライターはビジネス書を読まない(60)

ワタシ、メールニガテ「先輩の下宿に泊まっています」

柳本が京都まで会いに来た相手は、小学校時代に1学年上だった先輩で、いまは出町柳駅に近い学生向けの下宿屋に住んで京大の大学院に通っている。下宿はアパートやマンションみたいに完全個室ではなく、各部屋は襖で仕切られているだけらしい。

「そんな環境で、なにも起こらないですよ」
こっちが訊くより早く、柳本が付け加えた。
何かが起こっていても、私には関係

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フリーライターはビジネス書を読まない(59)

フリーライターはビジネス書を読まない(59)

先輩の下宿3年前、短大を出て地元のデザイン事務所に勤めていた柳本聡美は、地方公務員の男と交際していた。男は女人禁制の男子寮に住んでいたが、寮監の目を盗んで柳本を連れ込み、一夜を過ごすこともあったという。

ところがある日、柳本は、理由が分からないまま突然別れを告げられる。諦めきれない柳本は男に「もう一度会いたい」と電話をかけたがすぐに着信を拒否され、メールアドレスも変えられた。寮に行ってみても、寮

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フリーライターはビジネス書を読まない(58)

フリーライターはビジネス書を読まない(58)

京都に住みたい「初恋の人に会いに来たんです」
と、柳本がいった。

咄嗟に私の頭に浮かんだのは、旦那さんが知っているのかなということ。
「夫には話してあります」
私の心が読まれているのかと思った。

「ところで、初恋の人って、京都の人なんですか」
「その人も青森の出身で、同じ小学校の1学年上です。今は京大の院生です」
だから待ち合わせが出町柳だったのか。

柳本の話によると、たまたま思い出してネッ

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フリーライターはビジネス書を読まない(57)

フリーライターはビジネス書を読まない(57)

京都で会いましょうホームページにあげた企画に対して、突如噛みついてきた青森県出身の女性。それからなんとなくメールを交換し合うようになり、気が付けばメル友になっていた。
彼女の名は柳本聡美といい、年齢は26歳。いまは宮城県に住んでいて、夫婦ともにデザイナーだという。

柳本は関西の業界事情を盛んに知りたがった。
「夫は制作会社でチーフデザイナーをやっていて、私はフリーランスです」
田舎の美術短大でデ

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フリーライターはビジネス書を読まない(56)

フリーライターはビジネス書を読まない(56)

逃がさん!原稿料を分割で支払うことを北原裕美に約束させた頃、私もやっとパソコンを導入した。
買い物に行った商店街にある電気屋で、Yahoo!のADSLを申し込んだらデスクトップの本体+モニター+キーボード+マウスが一式13万円弱で揃うというキャンペーンをやっていた。

今でこそ10万円を切る機種は珍しくないけれど、当時としては破格の安さだった。しかもネットに関しても「インターネットってなに? おい

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フリーライターはビジネス書を読まない(55)

フリーライターはビジネス書を読まない(55)

最後の抵抗?織田は同じ覚書を3通つくっていた。そのうち2通を私と北原の前において、主に北原に向かって内容の説明を始めた。

・北原裕美は当初約束した原稿料○○万円を毎月1万円の分割で支払うこと。
・出版社は北原裕美と交わした出版契約を無効とする。
・出版社は北原裕美に対し一切の債権を有しない。
・北原裕美はこの覚書を誠実に履行すること。

以上が主な内容だった。
「ひらたくいうと、弊社への支払いは

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フリーライターはビジネス書を読まない(54)

フリーライターはビジネス書を読まない(54)

顧問弁護士がいうことには自宅に戻ってすぐ織田に電話をかけ、北原裕美が入院していることと、病院で妹の早紀子から聞いた話を伝えた。
北原が“白血病”を自称していることは、あまりにもアホらしいから黙っていた。

電話の向こうで、織田が大きくため息をついた。
「弊社の顧問弁護士と相談してみます」
下手をすると、北原に違約金が課せられるかもしれないと思った。契約書の中にも、どちらかに虚偽の申告や不法行為があ

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フリーライターはビジネス書を読まない(53)

フリーライターはビジネス書を読まない(53)

自己破産した女談話コーナーのベンチに腰をおろして待っていると、早紀子が1人で戻ってきた。
「すみませんでした」と頭を下げ「姉は『疲れたから休む』といって、布団にもぐりこんでしまいました」と、呆れたようにいった。
「そうですか……。申し遅れました、平藤と申します。裕美さんとは――」
あらためて挨拶をして、これまでの経緯をかいつまんで説明した。

「裕美の妹で、山本早紀子と申します」
早紀子は再度、て

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フリーライターはビジネス書を読まない(52)

フリーライターはビジネス書を読まない(52)

意外な事実北原から電話で聞いた八尾市民病院の2階ナースセンターで用件を告げ、病室を尋ねる。
201号室。6人部屋の入り口に「北原裕美」の名があった。

「失礼します」
ほかの患者もいるので、声をかけて入る。だが、北原の名札がかかったベッドはカラだった。
トイレかな? 外で待つことにしよう。と、病室を出たとき、北原と鉢合わせした。
「あ…」
「織田さんも心配してました。どうしたんですか?」
「あっち

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フリーライターはビジネス書を読まない(51)

フリーライターはビジネス書を読まない(51)

北原裕美が入院3週間の予定で書き始めた北原の原稿は、インタビューの内容が濃かったことが幸いした。話を膨らませる必要がなく、サクサク書き進めることができたのだ。
本人がいっていたように、本当に波乱万丈な半生だ。それでもまだ30歳。見た目が実年齢よりやや上に見えるのは、きっと苦労を重ねてきたせいだろうと思った。

初稿ができたので、出版社へ渡す前に北原へ送って、内容を確認してもらわないといけない。

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フリーライターはビジネス書を読まない(50)

フリーライターはビジネス書を読まない(50)

出版社と契約3回に分けて録るつもりだったインタビューが1回で終わった。なんと6時間半、北原裕美は自分の半生を一気に語り続けた。

録音した音声を文字に起こす。自分で使うためのテープ起こしだから、一字一句ていねいに起こすことはしない。内容が分かればいい。

出版社にも連絡した。駆け出しの頃からお世話になっている編集者に声をかけて、この案件を引き受けてくれないか打診したところ、前向きな返事がもらえた。

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