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フリーライターはビジネス書を読まない(60)

ワタシ、メールニガテ

「先輩の下宿に泊まっています」

柳本が京都まで会いに来た相手は、小学校時代に1学年上だった先輩で、いまは出町柳駅に近い学生向けの下宿屋に住んで京大の大学院に通っている。下宿はアパートやマンションみたいに完全個室ではなく、各部屋は襖で仕切られているだけらしい。

「そんな環境で、なにも起こらないですよ」
こっちが訊くより早く、柳本が付け加えた。
何かが起こっていても、私には関係のないこと。明日、柳本が宮城へ帰ってしまえば、もう会う機会もないだろう。

円山公園で柳本と別れ、大阪の自宅へ帰り着いた頃には、すっかり日が暮れていた。
パソコンを立ち上げ、メールをチェックする。

まだパソコンを使い始めて間がない。ということは、メールアドレスを取得してから日が浅いというのに、どこでアドレスを知るのだろう。怪しげなDMが日に日に多くなる。届いたメールのほとんどを消去したり、しつこいDMには着信拒否を設定するのが日課になっていた。

またいつものように片っ端から消去していると、あるメールが目にとまった。

〔アントレでみた〕というタイトルで、本文は〔学生でも成功した方法に興味ありませんか〕と、たったこれだけ。

いつものDMとは違う。素人だなと直感した。そのまま消しても良かったが、少しおちょくってやろうと思って、こんな返事を書いた。

〔私は日々、いろんなことに成功しながら生きています。何に成功してほしいのですか〕

相手からの返事は、すぐには来なかった。
明日の朝チェックしたら来てるかな。そう思っていたけど、朝のメールチェックでも返信はなかった。

携帯電話に、柳本から短いメールが入っていた。
〔昨日はお会いできて、いろんなお話もできてうれしく思います。お昼に京都を発って宮城へ帰ります。お元気で〕

まさか本当に離婚して、3日後にまた京都に現れることはあるまいと思った。そう簡単じゃないだろう。

いつもの日常に戻った。
例のDMの主からの返事は、その日とうとう来なかった。
ところが、私が返信してから3日ほど経った日のお昼時にメールをチェックしたら、返事が来ていた。

〔画期的なビジネスです。みんなすごいといってる。メールが苦手、時間かかりました〕

苦手すぎないか?
しかも敬体と常体がごっちゃになった文章といい、言い回しといい、外国人がカタコトで打ってるのか、苦手ゆえに言葉を極限まで省略しているのか、これじゃよく分からない。

だが、面白くなってきた。
簡単では済まない返事を書かざるを得ないようにしてやろう。

〔どんなビジネスか、詳細をお知らせください。そして、そもそもあなたは誰なのですか。まだお名前を伺っておりません。また「みんな」とは誰のことですか。「すごい」とは具体的にどうすごいのですか〕

さて、何日後にどんな返信が入るのか楽しみだ。
前回は3日かかった。今度はひと言やふた言の返信では済まない。案の定、3日過ぎても返信がなかった。

4日目。
見知らぬ人から封書が届いた。
差出人が「田山 博」とあり、住所は福岡県だった。父の郷里が福岡だが、親戚に田山姓はいない。

封を開けてみると、レポート用紙に鉛筆で手書きした手紙が入っていた。

「書くことが多くてメールを打つのに時間がかかるので手紙にしました」

え? この田山さんって人、あのDMの人? 
アントレに出した広告にはこっちの住所を載せていたから、それを見て手紙をよこしたのだろう。
それにしてもメールの返事を郵便で?

手紙の内容を要約すると、田山が「すごい」といっているビジネスはマルチまがい商法で、本人は騙されていることに気づいていない。会員を紹介したら自分の利益が増えると信じて、私を勧誘したつもりなのだ。

「こんな商法で儲けるのは、トップにいるひと握りの人だけです。悪いことはいわないから、今のうちに手を引いたほうがいいですよ」なんて忠告は、もちろんしない。私を騙そうとしたのだから、返り討ちにしてやろうと思った。

〔お手紙を受け取りました。ただ申し訳ありませんが、あの文面では会員の募集は難しいかと思います。そこでいかがでしょう、プロの私がお手伝いしましょうか。広告文を考えてあげますよ。A4サイズで○○○○○円でどうですか〕

こんなメールを送った。乗ってくればしめたもの。たぶん返信は来ないだろう。と思っていたら、2日後に田山から返信が来た。

〔広告おねがいします〕

へー、そうですか。じゃぁ、稼がせてもらいましょう。

(つづく)

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