月野えみこ

ショートストーリー、エッセイなどを綴っています。

月野えみこ

ショートストーリー、エッセイなどを綴っています。

記事一覧

ウチの親は決して毒親ではない(ハズ)だが、身につまされるなぁ。読んでみよかな『毒親介護』親のあれこれについて呟くと、中には考えなしのコメントがついてメンドクサイ。きっと優しい気持ちから言ってるんだろうね。本当に参考になるアドバイスはなかなか、ない。すでに疲れているワタシ...はぁ

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ガマグチガミ

窓の外で鳥が鋭く啼くひと声に美佐は目を覚ました。 いつもの癖で背中に夫の気配を探したが、今夜は一人で民宿に泊まっていることを思い出した。 この春に定年退職する夫と…

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小さな反抗

三女の出産予定日は四月三日だったが、その日、私の腹から出て来なかった。 どうせ遅れるなら、いっそのこと一週間後の長女の幼稚園入園式に私が出席してから、生まれたら…

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バーチャルセックスにご用心

巨大なコンピューターが休むことなく稼働する傍で、AIロボットたちが忙しく働いている。ここは地球政府の『バーチャルセックス推進本部』だ。 「バーチャルセックスを望…

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ひと駅離れた場所に住んでいた両親が、私の自宅から電車で2時間かかる場所へ『終の棲み家』と引っ越したのは、長女が誕生した29年前だった。それから両親が我が家を訪ね…

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跡形(あとかた)

私は静かな住宅街の一角にある音楽喫茶に向かっている。ラジオの気象ニュースでは木枯らし1号が吹いたと報じられていた。通りがかりの家の庭先では、紅葉の終わった桜の赤…

再起

列車は人家の少ない土地を走っているのだろう。窓の外は真っ暗だ。 私は同じ列車に乗っているはずのエリを探している。乗客がほとんど乗っていない。車内灯が壊れかけてい…

往復切符

光の国の神さまは、今日も忙しくせっせと切符を作っています。 どんな切符かと言うと、ここ光の国への往復切符です。切符には『光の国⇔地上(往復切符)、有効期限:イノ…

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クローゼット

夫と過ごす25年目の正月は静かだ。成人した息子たち2人は、家にいない。 夫はお節をアテに酒を飲みながら、リビングでテレビを見ている。依子は、机の上の年賀状の束から…

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遠くに春雷が聞こえる。もうすぐ蘭子が、私の部屋へやってくる。予報では、夜から雨模様のようだ。 いまだに蘭子は「イズミ、愛してると言って」とせがむ。『愛してる』と…

カラダの記憶

深夜、バイトから帰ると、僕は玄関の灯りを点けた。誰も待つ人のいない部屋だ。 靴を脱いでキッチンへ行くと、散らかったテーブルの上へ鞄を置いた。 冷蔵庫から氷を取り出…

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ピアノレッスン

幼稚園の頃、何気に言った「オルガンを弾いてみたい」という言葉で、わたしは音楽教室へ通うことになった。父は何一つ楽器の演奏ができなかったが、クラシック音楽に親しみ…

妖怪 魚女

トシオは真面目一徹な男だ。タバコも酒もたしなまず、賭け事もしない。 唯一の趣味は、本を読むことである。 女付き合いも地味で、過去につきあった女が1人いたが、すぐに…

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抱っこ

次女が誕生した秋、1歳9か月で長女はお姉ちゃんになった。 出産入院中は、実家の母が長女の面倒を見てくれた。人見知りをしない長女はぐずることもなく、おばあちゃんと…

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月が笑う部屋

ショートストーリー、エッセイを綴っています。

ウチの親は決して毒親ではない(ハズ)だが、身につまされるなぁ。読んでみよかな『毒親介護』親のあれこれについて呟くと、中には考えなしのコメントがついてメンドクサイ。きっと優しい気持ちから言ってるんだろうね。本当に参考になるアドバイスはなかなか、ない。すでに疲れているワタシ...はぁ

ガマグチガミ

ガマグチガミ

窓の外で鳥が鋭く啼くひと声に美佐は目を覚ました。
いつもの癖で背中に夫の気配を探したが、今夜は一人で民宿に泊まっていることを思い出した。
この春に定年退職する夫と結婚して35年になる。いい人なのだが、美佐の気持ちを汲んで寄り添うということがない男だった。
枕元に置いた携帯電話を引き寄せ、時刻を確かめる。午前3時半、夜が明けるにはまだ間があった。
昨年、末の娘もついに家を出ていった。その頃から美佐は

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小さな反抗

三女の出産予定日は四月三日だったが、その日、私の腹から出て来なかった。
どうせ遅れるなら、いっそのこと一週間後の長女の幼稚園入園式に私が出席してから、生まれたらいいのに。そんな風にも思ったが、私の淡い期待は裏切られた。
入園式の前日の夜、陣痛が始まり入院。入園式当日の未明に三女が生まれた。
午後七時、病室の扉が静かに開く音がして、私の代わりに式へ出席した夫が顔をのぞかせた。
「いやあ、大変だったわ

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バーチャルセックスにご用心

巨大なコンピューターが休むことなく稼働する傍で、AIロボットたちが忙しく働いている。ここは地球政府の『バーチャルセックス推進本部』だ。
「バーチャルセックスを望む人間が急激に増加しているようだ」
「子どもを欲しがる人間もいる」
「種の保存本能はまだ残っているのか」
「早急にAIベビーの増産体制に入らねばなるまい」
AIロボットたちは人工筋肉の口角を上げて、笑顔で頷き合う。

夕方5時に自宅での仕事

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ひと駅離れた場所に住んでいた両親が、私の自宅から電車で2時間かかる場所へ『終の棲み家』と引っ越したのは、長女が誕生した29年前だった。それから両親が我が家を訪ねてきたことは1度もない。
一人っ子だった私に3人の娘ができた。母が「狭い家を訪ねても落ち着かなくて居場所がない、と言うのよ」と父の言葉を代弁していたことがある。子守などさせられるのはごめんだ、というのが父の本音の理由らしかった。
娘たちが幼

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跡形(あとかた)

私は静かな住宅街の一角にある音楽喫茶に向かっている。ラジオの気象ニュースでは木枯らし1号が吹いたと報じられていた。通りがかりの家の庭先では、紅葉の終わった桜の赤茶色の葉っぱたちが風に揺れている。
今日は昔の恋人の修一に会いに行く。彼は20年の結婚生活に終わりを告げた私の近況をどこで知ったのだろうか、久しぶりに会わないかと連絡を寄こしてきたのだ。

修一は音大の同窓で、彼の専攻はチェロ、私はピアノだ

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再起

列車は人家の少ない土地を走っているのだろう。窓の外は真っ暗だ。
私は同じ列車に乗っているはずのエリを探している。乗客がほとんど乗っていない。車内灯が壊れかけているのか、時折じぃっという音がして点いたり消えたりする。
この車両にも彼女はいないようだ。私は重い通路扉を引き開けて、次の前車両へ進む。ボックス席の背もたれから、黒い頭が少しはみ出て見えた。近くまで行って座席の顔をちらっと確かめるが、彼女では

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往復切符

光の国の神さまは、今日も忙しくせっせと切符を作っています。
どんな切符かと言うと、ここ光の国への往復切符です。切符には『光の国⇔地上(往復切符)、有効期限:イノチの限り』と書かれています。
光の国で遊んでいるタマシイたちが、地上へ降りるタイミングを決めることはできません。
タマシイたちは「そろそろ出発の時だ」と告げられると、ハハの子宮に着床したタマゴに入るため地上へ降りる準備を始めます。タマシイは

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クローゼット

夫と過ごす25年目の正月は静かだ。成人した息子たち2人は、家にいない。
夫はお節をアテに酒を飲みながら、リビングでテレビを見ている。依子は、机の上の年賀状の束から1番上にあった1枚を取り、立ち上がってリビングを出た。
手にしている年賀状には『暖かくなったら一度会いませんか。ミズキ』とあり、携帯の電話番号が記されていた。
依子は寝室に入り、クローゼットの扉を開けた。整理箱の中から1つの小箱を取り出し

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遠くに春雷が聞こえる。もうすぐ蘭子が、私の部屋へやってくる。予報では、夜から雨模様のようだ。
いまだに蘭子は「イズミ、愛してると言って」とせがむ。『愛してる』という言葉に、蘭子は安心するらしい。
私が愛しているのは、蘭子だけなのに。せがまれるたびに、私は『愛してる』を繰り返す。
蘭子は職場の2歳年上の先輩だ。私の入社当時から、憧れの頼れる存在だった。仕事以外のことでも何かと相談に乗ってもらい、私は

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カラダの記憶

深夜、バイトから帰ると、僕は玄関の灯りを点けた。誰も待つ人のいない部屋だ。
靴を脱いでキッチンへ行くと、散らかったテーブルの上へ鞄を置いた。
冷蔵庫から氷を取り出しグラスに入れ、安物のウィスキーをロックにする。立ったまま、一口飲むと、テレビのスイッチを入れた。ちょうどタレントたちが、恋愛をテーマに賑やかにしゃべっている。
数日前、僕は彼女とけんか別れをした。
僕の恋愛は、いつも上手くいかない。

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ピアノレッスン

幼稚園の頃、何気に言った「オルガンを弾いてみたい」という言葉で、わたしは音楽教室へ通うことになった。父は何一つ楽器の演奏ができなかったが、クラシック音楽に親しみ、おそらくわたしの言葉を喜んだに違いない。そして小学校にあがると、ピアノの個人レッスンに通うようになった。
中学から高校にかけて師事したピアノの先生は、特に厳しかった。どれほど練習を重ねても、褒められることはなかった。中学、高校とクラブ活動

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妖怪 魚女

トシオは真面目一徹な男だ。タバコも酒もたしなまず、賭け事もしない。
唯一の趣味は、本を読むことである。
女付き合いも地味で、過去につきあった女が1人いたが、すぐに振られた。
母親のたっての願いもあってトシオは見合いをし、1つ年上のマチコと知り合った。
マチコは特別に別嬪ではないが、快活で気立ての良い女だ。
一緒になれば、楽しく暮らすことができそうだし、いずれ年老いた母親のことも、マチコがめんどうを

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抱っこ

次女が誕生した秋、1歳9か月で長女はお姉ちゃんになった。
出産入院中は、実家の母が長女の面倒を見てくれた。人見知りをしない長女はぐずることもなく、おばあちゃんと大人しく留守番をしていたらしい。
退院の日、次女を抱っこして家に入る私を見るなり、長女は「赤たん、赤たん」と駆け寄ってきた。新しくやってきた動く生き物に興味津々だ。指で赤ん坊の目をつついたりしないように、私は目配りに忙しい。
「あっ、そんな

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月が笑う部屋



ショートストーリー、エッセイを綴っています。