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サステナブルな国の小売系スタートアップ。~北欧のイノベーション事情(後編)

前回、ユニコーン企業を続々と輩出する北欧について、特に欧州のイノベーションリーダーとして有名なスウェーデンの取り組みを参考に、北欧ならではの文化や歴史がイノベーションを後押ししていることを紹介しました。

今回は引き続きスウェーデンに着目し、イノベーションとサステナビリティの関係性や、サステナビリティ×小売領域に挑戦するスタートアップ企業について調べてみました。

そして、競争力のある国へ

スウェーデンは「イノベーション大国」というだけではなく「福祉の国」「ノーベル賞の国」「サステナビリティの国」としても有名ですね。

元スウェーデン大使館職員の環境スペシャリスト、小澤徳太郎氏の『スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」』では、スウェーデンは「自然条件が厳しいうえに、国内で石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料が採れなかった」ために他国に比べて工業化が遅れ、戦前は「ヨーロッパで最も貧しい国でした」と書かれています。

しかし、IEA(国際エネルギー機関)の資料によると、2019年時点のスウェーデンのエネルギー自給率は70%以上に達しており、スウェーデンで使用されるエネルギーの約56%が再生可能エネルギーに由来しているほど、資源豊かな国へと変化しているようです。

さらに、国際競争力を算出する「IMD World Competitiveness Ranking 2022」でスウェーデンは4 位となり、世界各国の競争力を測る「Global Competitiveness Report 2019」においても8位にランク付けされるなど、世界有数の競争力を誇る国となっています。このレポートによると、「世界で最も技術的に進歩した革新的でダイナミックな経済であるだけでなく、より良い生活と社会的保護を提供することで、他国と比べてより結束力があり、持続可能な経済となっている」と評価されています。

このように革新的かつ持続可能な経済社会を実現した要因は様々な視点から考えることができそうですが、スェーデンの公的機関Swedish Instituteは長きにわたり教育と研究に力を入れてきたことが、スウェーデンのイノベーションと起業家精神を育んできたと解説しています。

また、「Sustainable Development Report(持続可能な開発レポート)2022」でスウェーデンは3位にランクインしているとおり、持続可能な開発目標の達成に向けて成果を挙げている国でもあります。

これは、Innovation Lab Asiaの「北欧イノベーションガイド2021」に「ストックホルムは他の北欧諸国と比較しても、一般に社会・環境問 題、性別バランス、多様性に対して進歩的な考え方をする人々が多いことで知られています」と書かれているように、国民一人一人の社会、環境問題への意識の高さも関係しているのではないでしょうか。

SDGsの目標達成にはイノベーションが不可欠!

2018年にスウェーデンの活動家グレタ・トゥーンベリ氏が国会前でスウェーデン政府に気候変動対策の強化を求めるストライキを行い、「Fridays for Future」という世界的な気候変動ストライキに発展したことが世界的なニュースになりました。この活動はSNSなどを通して若者を中心に広がっていきましたが、スウェーデンでは古くから「環境」を教育の中に取り込み、子どもたちが主体的に環境や循環について学び実践する「環境教育」が確立されているため、それが若者のサステナビリティに対する関心の高さやアクションにつながっているようです。

こうした背景もあってか、スウェーデンでは多くの新しいスタートアップが持続可能性に焦点を当てたイノベーションに挑戦しています。前編でも取り上げた「Sweden Tech Ecosystem : Report 2021」では、460社以上のスタートアップがSDGsに取り組んでいると書かれています。

SDGsの目標達成には2030年という期限が定められており、従来のやり方では目標に到達しないことから、各業界で新しい技術や仕組みによる改革が進められているようです。このように、持続可能な社会を実現するためにイノベーションが不可欠と考えると、古くからイノベーションの文化を醸成してきたスウェーデンが、サステナビリティの分野でも世界をリードしているのはある意味自然なことかもしれません。

サステナビリティ×小売に特化したスタートアップが続々と登場

サステナビリティとイノベーションで世界をリードするスウェーデンでは、サステナビリティ×小売領域に特化したスタートアップ企業が続々と登場しています。ここからはユニークなスタートアップ企業の取り組みをいくつか紹介したいと思います。

2015年創業の「KARMA」は、食品廃棄ゼロを推進するアプリを開発し、小売業者が余った食品を消費者に安価で販売できるサービスを提供しています。

創業のきっかけについてKTH(スウェーデン王立工科大学)の卒業生インタビューで以下のように答えていました。

もともとBluetoothで使用するデジタルコーヒーカードを作りましたが、Bluetoothをオンにしている人があまりいなかったことからコンセプトを変更。次に店舗のセール情報や特典を共有できるプラットフォームなどを試行錯誤しながら開発していましたが、ターゲットが広すぎたということに気づき、こちらも変更することに。そして、以前コーヒーカードのプロジェクトの際にカフェのオーナーから閉店間際に残っているものを安く購入できるという話を聞いたことがきっかけで、食べ残しを救う手伝いができたらどうだろうと考えました

さらにレストランやカフェの残り物を割引価格で購入できるサービスの需要が高い理由を詳しく調べてみると、毎年生産される食品の3分の1が廃棄されていることが分かり、その課題に取り組みたいと考えたところからアイデアが生まれたそうです。KARMAは食品廃棄物の再販に貢献していますが、今後はそもそも食品が廃棄物になるのを防ぐことを目指し、データを活用して過剰生産による食品廃棄の原因解明に取り組む予定のようです。

食品に特化したサプライチェーン排出量を可視化しているのが、2016年創業の「CarbonCloud」です。共同創業者のDavid Bryngelsson氏は気候変動緩和の研究者として8年間働き、講師としても活躍した人物。20年間の研究に基づいて、食品の背景にある複雑なカーボンフットプリントの正確な算出方法を生み出し、CarbonCloudを創業します。この研究をベースに開発されたソリューションでは、農場から店舗の棚までの排出量を正確に追跡・把握するだけでなく、ネットゼロに向けた目標達成のロードマップ作成、排出量の大部分を占める製品の特定、サプライチェーン全体の排出要因の特定、排出量の開示なども行うことができます。

同じ食品分野ですが異なるアプローチで社会課題の解決に取り組んでいるのが、2016年創業の「ChillServices」。チャルマーズ大学とビルディングテクノロジーアクセラレータの共同研究から生まれたスタートアップ企業です。同社は食料品店などの小売業におけるエネルギー効率向上とデジタル化のための製品・サービスを提供しています。例えば、センサー技術や機械学習などの技術を駆使して、冷凍ユニットのエネルギー消費量を削減するプラグインサービスなどがあります。CO2排出削減だけでなく、食品廃棄物を減らし、食品の品質不足に起因する健康問題の減少にも貢献することを目指しています。

ファッション業界におけるトレーサビリティやサプライチェーンの透明性を追求している、2016年創業の「TrusTrace」も注目のスタートアップ企業の一つです。同社はインドで誕生し、ストックホルムを拠点に活動する企業。創業者はインドの染色工場や繊維メーカーの一部が地元の川や空気を汚染していることを問題視し、良いサプライヤーと悪いサプライヤーをリスト化することで、スウェーデンのファッションブランドがより持続可能なサプライヤーを選択できるようにすることを思いつきました。しかし、リサーチするうちに生産された服が大量に廃棄されている事実など、より大きな課題を知ることになり、問題の核心はサプライチェーンにおけるトレーサビリティの欠如にあるのだと気づきます。

そこで同社はすべてのサプライヤーのデータを1カ所で管理し、ツリー形式によるトレーサビリティの視覚化や材料の透明性を高めることができるプラットフォームを開発。adidasやFJALL RAVENなどのブランドへの導入実績があり、また2021年にはIndustrifondenとFairpoint Capitalの主導により600万ドルの投資を受けるなど、順調に事業を拡大しているようです。

最後に、物流領域で取り上げたいのが、持続可能なラストマイル配送を実現するプラットフォームを提供している「Budbee」です。同社は2016年に設立され、オンラインショッピングをより簡単にすることを使命に、高度なテクノロジーとアルゴリズムの組み合わせにより、正確かつ環境に配慮したラストマイル配送を提供しています。同社は持続可能性に焦点を当てることはPR戦略ではなく将来の世代への投資だと述べ、長期的に持続可能性に貢献するための投資を惜しまず行なっています。

Budbeeは自社のサステナビリティ活動をまとめたサステナビリティレポート「Budbee Sustainability Report 2021」を発行しています。それによると、CO2排出量を削減するために配達パートナーの持続可能な燃料への移行を積極的に支援しており、例えば2020年にはソーラーパネルとEV用充電ステーションを備えたエネルギー自給自足型のターミナルをオープン。2021年にはすべての配送に再生可能な燃料のみ使用することを実現しています。さらに、Scope1〜Scope3までのGHG排出量を開示するほか、同社の事業がSDGsの目標にどう貢献しているのかを仔細にわたって解説しています。なお、レポートではBudbeeがスウェーデン国内の業界で初めて配送チェーン全体の燃料消費量の構成比を公開するなど、小売店やお客様へ透明性を提供していることにも触れています。

同社は2017年にH&Mへのサービス提供を開始し、2019年にはスウェーデンのベンチャーキャピタルKinnevikやH&Mなどから資金調達を行い、その後も資金調達を重ねながら、2022年5月にも約4,000万ユーロの調達を発表。2021年には従業員数450人に到達、3,000万人以上の消費者にリーチしたそうです。同社は評価額も順調に引き上げており、ユニコーン企業入りが近づいています。

ここまで、スウェーデンの小売領域で活躍するスタートアップ企業をいくつかご紹介しましたが、どの企業も自社の技術や事業を通して持続可能な社会づくりに貢献することを当たり前のように捉えており、サステナビリティに対する強い思いを持って活動していることが非常に印象的でした。

今回は前編、後編を通して北欧のイノベーション事情×小売領域のスタートアップ企業を紹介してきましたが、イノベーションが起きやすい社会環境があるからこそ、ユニコーン企業を多数輩出していること、さらに特有の自然環境から育まれる環境への意識が高いがゆえに、サステナビリティ先進国としても世界をリードすることができているのだと思います。

そのようなサステナビリティ先進国では、小売領域のスタートアップ企業の取り組みもユニークなものが多く、イノベーション創出のヒントになるのではないでしょうか。

今後どのような革新的なサービスが登場するのか、引き続き注目したいと思います。

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