つき

小説をまとめています。

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  • 記憶探偵・森林ききょうについて

記事一覧

雨はじめんの洗濯だ。

つき
3年前

あなたが読めない

彼女は本屋にくる度に途方に暮れるのだという。 ページの中で息を潜めている文字たちが、自分めがけて飛びかかるのを表紙の影で待ちわびている、そんなふうに感じるらしい…

つき
3年前
2

コップ1杯の生ぬるい水にありったけの砂糖とお日さまの光を入れてくるくるかき回し続けてるような意味のない時間は、本当に本当に心地よかったけれどずっとあのまま過ぎていくのも怖くて仕方がなかったなあ。

つき
3年前

久しぶりに見たMステが過去曲の紹介ばかりになっているんだけど、このまま過去の情報量が押し寄せてきたら、紙がくるくる丸まって影になってしまうんじゃないか。

つき
3年前

インザウォーター

私の中に書かれたコードというものは、何やら先人によって書かれたもので、既にもうこの世にはいないという。 遺伝子というか、ゲームというか。 考古学者が言うには、「…

つき
3年前
1

グルメに執心、ご就寝

今回はアボカドだったか。 ラテックス-フルーツ症候群は初めてだな。 そうつぶやいてゆっくりとスプーンを置いた。 サーモンとアボカドと玉ねぎを使ったタルタルサラダが、…

つき
3年前
1

女の工程

女には工程がある。 女には工程がある。 そう独りごちて、女は洗面所の鏡と向き合った。 振り向いて映した背骨は、振り向き美人のそれというよりも川べの小魚のように頼り…

つき
4年前

森林ききょうの謝罪

「申し訳ございません。私としたことが」 依頼を完遂することができませんでした。 そう言って森林ききょうは深々と頭を垂れた。 テーブルの反対側に座る母親は言葉を忘れ…

つき
5年前
3

黙って本が読める人はすこぶる優秀だ。ひとたびページを繰れば、言葉の喧騒に飲み込まれてしまって、作者の語り文句なのか自分の妄想なのか記憶なのか、てんで区別がつかなくなってしまう。自分が書く話も顛末のないまま走る機関車みたいで、私はひたすら線路に頭を打ち付けて失神しそうになっている。

つき
6年前
12

森林ききょうの密事

親愛なる森林ききょう様 あなたがこの手紙を読むとき、私はもうこの世にいません。 これが私が生きた一片の証と言ってもよい、最後のお願いごとになります。 知り合…

つき
6年前
11

デビル・ガール・プロジェクト

私が死んでしまったのは確かなようで、とりあえず訪問すべきは愛した人だろう。 バスのように北風を2度乗り継ぎ、星の吊り革にぶらさがり、懐かしい土地に颯爽と降り立つ…

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6年前
6

森林ききょうの沸点

「一体何のつもりですか、これで二度目です」 ああ、また始まったと言わんばかりに探偵はため息をついた。 1つ750円のお弁当を売るワゴンの前に並び、黒板に描かれた本…

つき
6年前
13

私のアイコンのモデルわんこ・チビ太が、なんと先日瀕死の危機にあったらしい。何事かと聞くと、大好物のササミにがっついて喉に詰まらせ、ひっくり返って痙攣し始めたと。ライスケーキ・キラーならぬ、ササミ・キラー。飼い主は号泣おろおろ、犬友達が喉に手を突っ込んで救い出したとさ。良かったね。

つき
6年前
3

ものを書くということ

ものを書くという行為は、科学の実験に似ている。 体内の混沌とした液体のような広がりを空中から眺めて、静かに何かがせり上がり、浮上してくるのを待っている。 それは実…

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6年前
9

ものを書く人で、言語から入る人と、静止画から入る人と、映像で入る人と、感情から入る人と、どんな人がいるんだろう。自分は静止画→言語に変換しながら書くタイプ。

つき
6年前
2

世界を言祝ぐには、君のジギタリスになる必要がある

つき
6年前
1

雨はじめんの洗濯だ。

あなたが読めない

あなたが読めない

彼女は本屋にくる度に途方に暮れるのだという。
ページの中で息を潜めている文字たちが、自分めがけて飛びかかるのを表紙の影で待ちわびている、そんなふうに感じるらしい。
黒いインク。
赤いインク。
黄色いインク。
それぞれが持っている形をほどいて貪欲なヒルのように吸いついてきたら、きっとひとたまりもないだろう。
そう言って彼女は自嘲気味にからからと笑う。

僕は素朴な疑問を投げかけた。
「文字は身体のど

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コップ1杯の生ぬるい水にありったけの砂糖とお日さまの光を入れてくるくるかき回し続けてるような意味のない時間は、本当に本当に心地よかったけれどずっとあのまま過ぎていくのも怖くて仕方がなかったなあ。

久しぶりに見たMステが過去曲の紹介ばかりになっているんだけど、このまま過去の情報量が押し寄せてきたら、紙がくるくる丸まって影になってしまうんじゃないか。

インザウォーター

私の中に書かれたコードというものは、何やら先人によって書かれたもので、既にもうこの世にはいないという。
遺伝子というか、ゲームというか。

考古学者が言うには、「風呂」とはお湯を貯めてできるものとされていたそうだ。
けれど、今では風呂で夢をみる。
誰もが風呂で夢を見る。
1日10時間は夢を見る。
青い水。
浸かる。
プラスチックの箱。
天井を走る、コマーシャル。
振り切る。
コードが揺れる。
溶け

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グルメに執心、ご就寝

今回はアボカドだったか。
ラテックス-フルーツ症候群は初めてだな。
そうつぶやいてゆっくりとスプーンを置いた。
サーモンとアボカドと玉ねぎを使ったタルタルサラダが、物憂げに紺色のボウルに残るばかりだった。
男は中身をキッチンのゴミ箱に投げ込むと、テーブルの上の煙草をとってベランダへ出た。

乳白色の空からわずかに光が差し、かろうじて街に朝であることを告げていた。
煙草に火が付き、薄煙がゆっくり空気

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女の工程

女の工程

女には工程がある。
女には工程がある。

そう独りごちて、女は洗面所の鏡と向き合った。
振り向いて映した背骨は、振り向き美人のそれというよりも川べの小魚のように頼りがなかった。
肌の上に張り付いた黒い髪。
指に通しながら上を向き、束を後ろに放り投げて顔を出す。
雫がわずかに散る。

この顔をつくるにも難儀なものだ。
自然が、できる限り美をまとえと強制するこの時代では、化粧というのは一種の様式美に近

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森林ききょうの謝罪

森林ききょうの謝罪

「申し訳ございません。私としたことが」

依頼を完遂することができませんでした。
そう言って森林ききょうは深々と頭を垂れた。
テーブルの反対側に座る母親は言葉を忘れたかのように唖然となった。

「そんな、まだ、ご依頼してからたったの34時間しか経っていないのですよ」

口を開けたまま人形のように首を振る母親は、思い直したように話し始めた。

「時間がかかるのなら待ちます。
お金が必要ならかき集めま

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黙って本が読める人はすこぶる優秀だ。ひとたびページを繰れば、言葉の喧騒に飲み込まれてしまって、作者の語り文句なのか自分の妄想なのか記憶なのか、てんで区別がつかなくなってしまう。自分が書く話も顛末のないまま走る機関車みたいで、私はひたすら線路に頭を打ち付けて失神しそうになっている。

森林ききょうの密事

森林ききょうの密事

親愛なる森林ききょう様

あなたがこの手紙を読むとき、私はもうこの世にいません。
これが私が生きた一片の証と言ってもよい、最後のお願いごとになります。

知り合いでもない人にお願いをされるなんて、と今頃あなたは美しい眉をひそめて読んでいることでしょう。
記憶探偵の噂はまことしやかに世間に流れています。
きっと、あなたが思っているよりもずっと広く根を広げ、やがて私のもとへ届く運びとなったので

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デビル・ガール・プロジェクト

私が死んでしまったのは確かなようで、とりあえず訪問すべきは愛した人だろう。
バスのように北風を2度乗り継ぎ、星の吊り革にぶらさがり、懐かしい土地に颯爽と降り立つ。

東京。私を生み、私を活かし、私を殺し、私を埋めた街。

雲をスライドさせて彼を発見。
健康上は問題なさそうだったが、私を満足させるような表情ではなかった。
いっそのこと、全部忘れてあっけらかんとしていれば良かったのに。
心の底から笑っ

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森林ききょうの沸点

森林ききょうの沸点

「一体何のつもりですか、これで二度目です」

ああ、また始まったと言わんばかりに探偵はため息をついた。
1つ750円のお弁当を売るワゴンの前に並び、黒板に描かれた本日のメニューを吟味しながら、森林ききょうは警部に返答する。
今日のメニューはトマトハンバーグと海老とブロッコリーのサラダだ。

「あなたが殺人と思われる事件の解決を要請されたように、私は彼女に要請されたんです」

「要請って

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私のアイコンのモデルわんこ・チビ太が、なんと先日瀕死の危機にあったらしい。何事かと聞くと、大好物のササミにがっついて喉に詰まらせ、ひっくり返って痙攣し始めたと。ライスケーキ・キラーならぬ、ササミ・キラー。飼い主は号泣おろおろ、犬友達が喉に手を突っ込んで救い出したとさ。良かったね。

ものを書くということ

ものを書くということ

ものを書くという行為は、科学の実験に似ている。
体内の混沌とした液体のような広がりを空中から眺めて、静かに何かがせり上がり、浮上してくるのを待っている。
それは実験と言いつつも、仮説もゴールもない根比べなのかもしれない。
砂とも金ともしれないうごめきを、じいと見つめながらただひたすらに待つのである。

登場人物が、勝手に走り出す瞬間というのがある。
設定した顔付きや性質が、日頃とはまったく別の

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ものを書く人で、言語から入る人と、静止画から入る人と、映像で入る人と、感情から入る人と、どんな人がいるんだろう。自分は静止画→言語に変換しながら書くタイプ。

世界を言祝ぐには、君のジギタリスになる必要がある