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森林ききょうの密事

親愛なる森林ききょう様  

あなたがこの手紙を読むとき、私はもうこの世にいません。
これが私が生きた一片の証と言ってもよい、最後のお願いごとになります。  

知り合いでもない人にお願いをされるなんて、と今頃あなたは美しい眉をひそめて読んでいることでしょう。
記憶探偵の噂はまことしやかに世間に流れています。
きっと、あなたが思っているよりもずっと広く根を広げ、やがて私のもとへ届く運びとなったのです。  

『若い探偵が死んだ経緯を暴き出す』  

そのセンセーショナルな耳触りにすっかり夢中になったのを覚えています。
誰が殺したか、ではなく、なぜ死んだのかを暴き出す。
裁くためではなく、記憶されるために解き明かす。
そのプロセスに一体何の意味があるのでしょう。  

問いかけに憤慨して、便せんを破いたりなどしないでくださいね。
これはれっきとしたファンレターであり、糾弾書でもあるのです。
死は、誰にでも訪れます。
私も最愛の人を目の前で看取ったことがありますし、この手で産まれた赤子を抱いたこともあります。
生も死も不可分で、平等です。
それをあなたは、まるでパンケーキのように様々な切り方をして、解釈して披露してしまう。
例えビジネスであっても、儀式であっても、死者に対する冒涜に他ならないと思うのです。  

あなたを見ていると、子がジャングルジムの上に登る姿を思いおこします。
子は誰ひとりとして同じ道を辿りません。
効率の良いルートを計画することも、心身の疲労を負うこともしません。
あたかもそれが人生で最も命を燃やしたときかのように、色を選びとり、皮膚を鉄の匂いで染めながら三者三様の空を目指します。
大人は地面を木屑だらけにしたり叫び散らしたりしながら不慮の事態を避けようとやっきになりますが、そんなことはお構いなしなのです。
残念ながら子は生まれながらにして罪人です。  

だからこそ、あなたを一目見たいと思ってしまいました。
傲慢で、遊び好きで、批評家の探偵がいかなる姿形をしていようか明かしてやろうとすら思いました。
居酒屋で隣の席に座ったものなら、馬鹿な真似はやめなさい、自分の時間を有意義に使いなさい、などと叱りつけてしまおうかと。
でも、老いた母は蟻のように臆病です。
探偵のやり口を真似、オフィシャルな功績から、あなたを辿ることしかできませんでした。
リアルからバーチャルの足跡まで、足のサイズから好みの調味料まで、ありとあらゆる断片を追いかける日々が続きました。  

そこで、あなたが一生を賭して解くと決めた謎に行き当たりました。  

老いさばらえた身で若者に残せるものがあるとしたら、それは新しい事実です。
私は、こう見えても、一介の看護師です。
知り合いを辿れば地元の病院に誰が出入りしたかを知るのはわけありません。
探偵の探し人を見つけることも。  

私は鍵の外れた窓の向こうから見てしまったのです。
冷たいほど満ちた月の晩です。
あなたは部屋でひとり泣いていましたね。
巨大なマップの前で途方に暮れ、絶望していたのでしょう。
仲良しの警部さんを電話で呼びつけて、愚痴のひとつやふたつのたまえば良いのに、そんなことは一度だってしない。
あなたはまだ若い。
多少の迷惑は許されるし、それが相互信頼であるということを自覚して欲しいものです。  

あなたとの出会いで、私の余生は様変わりしました。
親としてのお節介こそが、生きる意味です。
森林さん、あなたは4人目の子と言っても差し支えない。
だからここぞと、はっきりとお伝えします。
探し人はどこにも見つかりはしません。
数年前、とある病院で息を引き取っている。それは事実です。
そして、最も残酷でしょうが、終わりの瞬間まであなたの名を呼んでいたそうです。  

桔梗。秋に咲き、やがて絶える花。  

あなたは最後まで探し人を疑い、アリスの穴に陥入るようでしたが、相手は探偵を忘れたことなどありません。
知り合いによると、探偵が探し人を記憶にとどめ続けるようであったと。  

最後に、私からの依頼内容を伝えます。
私の知人ひとりも、この死には何の関係のないことを証明してもらえないでしょうか。  

それでは探偵様、何卒よろしくお願いいたします。


最後には折り目正しい文字で、依頼人の名前が書かれていた。
ききょうは手紙をそっと閉じ、窓の外に目をやる。
そこには何の気配も残されていないことを確認し、携帯を手に取り、親愛なる警部への連絡を始めた。

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