インザウォーター

私の中に書かれたコードというものは、何やら先人によって書かれたもので、既にもうこの世にはいないという。
遺伝子というか、ゲームというか。

考古学者が言うには、「風呂」とはお湯を貯めてできるものとされていたそうだ。
けれど、今では風呂で夢をみる。
誰もが風呂で夢を見る。
1日10時間は夢を見る。
青い水。
浸かる。
プラスチックの箱。
天井を走る、コマーシャル。
振り切る。
コードが揺れる。
溶ける、からだ。

ひゃぷひゃぷ、水が呼ぶ。
風呂に入れば、脳が電子というナイフで細切れにされる。
そしておたまですくわれて、誰かに届けられたり、ラップにくるまれて保存されるのだそうだ。
先生が言っていたことだ。
けれど、何を買うか、どこに私のコードが届くか、どこに保存されるのかなんて知らない。
質問したら果てしないケタを並べていた、先生の手の感触も知らない。

ざんぶ、と水をくぐる。
目を閉じるのがルールだが、ふと開けてみる。
髪が伸びている。
指でくるくる巻くと、「読み取れません」の信号。
目をつむる。
身体なんて不自由なのね。
コードを「読まれる」なんてセクシーなのに、身体は受け身なんだねって笑う。
風呂は何も言わずおとなしく私を「夢」に接続した。
今日のBGMにチューニング。
誰かのメッセージが送られて、返事。
教育。今日はイオンの性質。

教科書によると、「夢」とは必要なものに接続するためのホームなのだそうだ。
風呂ネイティブの私にとってはなんてことない。
けれど高齢者にとっては恐怖と戸惑いもあったそうだ。
「夢」は待ち合わせ場所だ。
私は、誰と待ち合わせているのかわからないから、時々脱線してバタフライをする。
風呂の隅に辿り着くと、森のような塊があって、詩人とか歌うたいがいる。
「あなたに会いたい」

道はたで「読む」という動詞を人が口にする時代があったらしい。
それはきっと、乾いていたに違いない。
今では息苦しくもセンシティブな響きを伴っていて、イメージするのも疲れる。
風呂と夢が奪ったもの。
子守唄。
それは夜を眠らせるためだと、父は言った。
国歌。
母も、その意味はよくわかっていない。

コンセントの穴。
電気。
風呂。
水。
私の中にはコードがある。
それはどこから来て、どこへ行くのだろう。
誰が読み解いてくれるのだろう。
水の中でやりとりされる私のコードは、果たして「私」なのだろうか。
本当に、あの人とは交わらないコードなのだろうか。
風呂が言ってた。
「あなたのコードとは合致しません」
でも、でも、私はキスだってしたことないのよ。
他人と手をつないだことすらないのよ。
馬鹿らしくなって、目を開けた。
水が波打つ。
エラーメッセージをなぎ倒す。
頭が割れるように痛い。
髪にしがみつく警告を振り払う。
「神経系異常発生可能性」
引き抜いた。コードを。
コンセントの穴から。
水面が、少しだけ穏やかになった。

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