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森林ききょうの沸点

「一体何のつもりですか、これで二度目です」  

ああ、また始まったと言わんばかりに探偵はため息をついた。
1つ750円のお弁当を売るワゴンの前に並び、黒板に描かれた本日のメニューを吟味しながら、森林ききょうは警部に返答する。
今日のメニューはトマトハンバーグと海老とブロッコリーのサラダだ。  

「あなたが殺人と思われる事件の解決を要請されたように、私は彼女に要請されたんです」  

「要請って、まさか自殺する前に恨みを晴らしてくださいってお願いを?だったら君が止めれば」  

愚鈍な警部には分からないかもしれませんが、という言葉の代わりに、ききょうは店員にお弁当を注文した。  

「もちろん、私が駆け付けたときにはもう手遅れだった。あのときと同じ」  

「森林、君が探偵になった理由も察しはついている」  

「考察は正解でなくとも、自由だからね」  

「友人として言うけれど、こんなことは君の傷をえぐるだけだ。贖罪のつもりでやっているならやめよう」  

「贖罪なんて難しい言葉、使えるようになったんだ。それとも食材のつもりかな?」  

警部が押し黙ったので、ワゴンからのハンバーグを焼く音と香ばしい匂いでその場は満たされた。
あたりでは昼休みに差し掛かった会社員がせわしなく行きつ戻りつしている。  

「書店に行っていたんだ、彼女たち」  

ききょうから口を開いたのは、警部を友人として認めているからだった。
そして警部が黙って聞いているのも言葉だけでは決してなぞれない友情によるものだった。  

「今日の事件も、あのときも、彼女たちは命を絶つ前日に書店に行っていた。
特に今日の彼女は、しばらく書店を巡回して、目ぼしい本がないか吟味しているんだ。
てんでベクトルの異なる本を3冊も購入している。3冊も!ああ、3冊も…
ビジネス書、アート雑誌、古典。
これが、警部、何を示しているかは君にとってすらも明白だ。
彼女は死の間際まで、自分に、未来に、期待をかけて全身全霊で投資をしていたんだ。
あの巨大な本棚の紙くずの前で、彼女は自分のやるべきこと、好きなことを自問し、世界に問いかけ、その手で摂取する情報を選び取ったんだ。
それがあんな、いとも簡単に破りとられるなんてこと、血で染めることなんて、決してあってはならないんだ」  

警部はききょうの充血した目を一瞥し、そうだな、と一呼吸おいてから、店員から2人分のお弁当を受け取った。
そして、ききょうが時々正義感の強い獣に見える、と警部はふと思った。
手綱はどこにも繋がって、いない。  

「森林、食べよう。死んだら弁当は食べられない」  

「君の言う通りだ」  

食事は、人間に与えられた祝福だからね、とききょうは子供のように笑った。
二人は近くのテラス席に座り、何も言わずに弁当を楽しんだ。
それはまるで小学校の給食の一幕のように、穏やかで満ち足りた午後だった。

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