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2024年3月の記事一覧

小説「洋介」 10話

小説「洋介」 10話

 次の日の学校。

 ロクにあの子の顔を見ることができない。
さっと顔を避けてしまう。
彼女もこっちを見ないようにしている気がした。

 放課後、河原に行ったが、とても練習する気にはなれない。
今日、あの子が来る可能性は低いけど、なんとなく土手に座って、あの子のことを考えていた。
「どうしてキスしたくれたんだろ。僕のことすきなんかなぁ」
そんなことを、足をバタバタさせながら、にやにやして考えた。

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小説「洋介」 9話

小説「洋介」 9話

 最近は日が沈むのも早くなった。
河原に来ても、長くいられないのが残念だ。
夕日に間に合わないこともあった。

でも浮くまでのスピードも、ずいぶん早くなった。
最初の時は、浮くのはいつも、ピンポン玉ぐらいの大きさの、きれいな丸い石だった。
最近は、違う石が浮くこともある。大きめの石も時々浮く。。

この時はまだ、特定の対象を浮かすというよりは、浮いてくるのを待つという感じだった。どうやって浮く石が

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小説「洋介」 8話

小説「洋介」 8話

 石を浮かせられるようになったと、僕は確信した。
その方法を掴んだ、と。
あれから何度も、石を浮かせることに成功した。
特に意識していないが、いつも浮いてくる石は同じな気がする。

しかも、どんどん早くなっている。
浮かせるまでの一つ一つのポイントも言葉にして理解できている。
うれしい。
特に何がしたいとかじゃないけど、うれしい。

さらに熱心に、毎日夢中になって練習した。
練習は河原でのみ、ほか

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小説「洋介」 7話

小説「洋介」 7話

 河原についた。
誰もいなかった。
河原に来るともう、自然にスイッチが入る。
太陽のほうに体は向いていて、集中に入る。
ここまでは無意識だ。

心を静めて、自分の中の声を聴く。
目を閉じているよりは明るいほうをぼうっと見ているほうが集中できる。

「ん?あれ?お?」

 ぐんぐん集中が進んでいく。
今日はなんだか調子がいい。

自転車が乗れるようになった時を思い出した。
一度できたら、できなかった

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小説「洋介」 6話

小説「洋介」 6話

 次の日の学校。女子に話しかけられた。
「なぁ、昨日河原おらんかった?」
 ギクリ。なんとなく嫌な気持ち。
河原の練習のことを知られたら自分の世界に集中できなくなる。

「いやまぁ帰り道やし」
 ちょっとぶっきらぼうになってしまった。

「ふーん。なにしてたん?」
「べ、別に。ただ河原すきやねん」
「そうなん?!私も!」
 いきなりテンション上がるやん。
クラスで話すときは関西弁になるんだ。

 

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小説「洋介」 5話

小説「洋介」 5話

 初めに石が浮いてから3か月。
二回目から2ヶ月。
今日もいつものように、誰もいない河原で練習していた。

もはや石を浮かそうという気持ちは薄れている。
むしろこの静まる時間が好きになっていた。
石を浮かすことは頭の片隅にそっとある、という感じだった。

ちょうど1時間ぐらいたち、周りの色がオレンジを過ぎ、青が少し混じってくるころが好きだ。
心は静かに、温かい気持ちになっていく。

そして段々と、

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小説「洋介」 4話

小説「洋介」 4話

 うちの家族の帰りは遅い。
だから学校の後には大量の暇がある。
そして僕はどうやら変わり者らしい。
あんまり友達はいない。
話はできるやつが何人か。

いいんだ。一人のほうが好きだし。
どうやら周りのみんなもそれをわかっていた。
あんまり焦らない性格だったし、焦りを必要としない環境だった。
そのため他のことは気にせず、石を浮かせる練習にじっくりと時間をかけた。

“心の凝り”をほぐしていくにつれて

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小説「洋介」 3話

小説「洋介」 3話

 走って家に帰った。家には犬のぺス以外誰もいない。いつものことだ。共働きの両親と中学の姉、高校の兄の帰りはいつも遅い。

 ソファに座り、いつもはすぐにつけるテレビを、その日はつけなかった。
石が浮いた時の感覚を反芻した。
「まずは夕日だ。
 あれは鍵だ。
 そして次に心がゆるまないとダメだ。うん。
 心を夕日でいっぱいにするんだ。
 そして頭の中が溶けて、力が抜ける。
 その後に大きな力に包まれ

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小説「洋介」 2話

小説「洋介」 2話

 あの日から一ヵ月。
いまだに石は浮かない。

 今も夕暮れ時。
あれから何度夕日をみてもあの感覚にはならない。

 そもそもやろうとしてできるものではないのかもしれない。
期待してしまっている分、期待できていないのかもしれない。
もうどんな感覚だったかもはっきりと思い出せない。
あの時の記憶は薄れてしまっている。

 そのときふと、河原からななめ右上を見てみると、
ベビーカーに乗っている赤ん坊と

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小説「洋介」 1話

小説「洋介」 1話

 帰り道、パンパンのランドセル、川沿いを通る。
広めの川を挟む広めの河原。
高く盛り上がった土手の上を歩く。

 ぼくはここから見る太陽が好きだった。
夕日はもっときれいだ。
水面に反射して橋の裏側のところにゆらゆらと光が映っているところは、ずぅっと眺めていられた。
初めて石が浮いたその日も、ぼくは夕日を見ていた。

 秋に入りたてのその日の夕日は特に強烈で、赤の中にオレンジと朱色がまじっていた。

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小説『洋介』プロローグ

小説『洋介』プロローグ

 帰り道。
落ちている石を、おもむろに宙に浮かせる少年。
背負うランドセルより高く石は浮かびあがり、そしてクルクルと回る。

 秋、夕日がかった河原、周りに人はいない。

 小さな田舎町。
ここではこの時間、人はめったに通らない。
少年はこぶし大の石を3メートルほども浮かせ、楽しそうだ。

 初めて石が浮いたのはちょうど一年前、少年は5年生だった。
少年の周りは静かに、赤と闇が交じっていた。

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