見出し画像

「戦時の嘘」に描かれた戦争プロパガンダ⑥~"腕を切断された赤ん坊"

 前回はこちら。


 非常事態には、荒唐無稽な噂話でも大衆の間に広まってしまうものだ。その事例の一つに、「大量のロシア兵が英国内を通過した」というものがある。そのような事実はなかったのだが、噂はヒステリー状態の国民の間に広まり、自分もロシア兵を見たと証言する者が多発したという。

横行する残虐行為の嘘

 敵による残虐行為もまた、戦時によく流布する。1914年9月16日の夕刊紙「スター」には、次のような看護師の惨殺事件が掲載されていた。
 グレース・ヒュームという23歳の看護師が、ベルギーでドイツ兵に殺された。彼女の乳房は切り取られ、非常な苦痛のうちに死んだという。さらに、彼女が死ぬ間際に書き、その姉妹に届けられたという手紙まで掲載されていた。
 だが、同月18日の「タイムズ」のトップ記事は、これは完全な嘘であり、当該の看護師はベルギーに行ったことさえなかったと報じた。流石に高級紙の「タイムズ」が、夕刊紙の「飛ばし記事」に乗るわけにはいかなかったのだ。

”手のないベルギーの赤ん坊”

 次に紹介する事例は、「手を切り落とされたベルギーの赤ん坊」というものだ。「タイムズ」を含む多様なメディアが報じ、イギリスのみならず他のヨーロッパ諸国やアメリカにまで広まった。1914年8月27日の「タイムズ」は、パリ特派員の報告として次の記事を掲載した。

「ある人(私は会っていない)がカトリックの団体の職員に、『ドイツ兵が母親のスカートにすがりつこうとする赤ん坊の腕を切り落としたのを自分の目で見た』と語った」

(Ponsonby1928;P78)

 同年9月2日には、やはり「タイムズ」特派員が、フランスの難民の発言を引用している。「彼らは、フランスに兵士がいなくなるよう、小さな男の子たちの腕を切り落とした」
 腕を切られた赤ん坊の話は、第一次世界大戦中最も広範に語られた嘘の一つである。赤ん坊の腕を切ったとして、外科的治療なしに長く生存できる可能性はほとんどないが、「腕のない赤ん坊を目撃した」という話が各地で聞かれた。

物語のような脚色も

 1915年5月2日の「サンデー・クロニクル」の記事は、ほとんど文学作品のようである。

数日前、ある素晴らしい慈善家の女性が、ベルギーの大量の難民を数か月収容していたパリの建物を訪れた。滞在中、彼女は一人の10歳の少女に気づいた。(中略)
「ママ、私の鼻をかんで」と、その子は突然母親に言った。
「まあ」
その慈善家の女性は半分笑って、半分真面目に言った。
「あなたのような大きい子が、自分でハンカチを使えないなんて」
子どもは何も言わなかった。すると、母親が暗く感情のない声で言った。
「彼女は手を失っているのですよ」……

(Ponsonby1928;P80)

 あるアメリカの金持ちが、腕のない赤ん坊の話を聞いて心を痛め、援助するためにベルギーに使いを送った。しかし、その使者は該当する子どもを一人も見つけられなかった。

(続きはこちら)


この記事が参加している募集

最近の学び

世界史がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?