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キリスト教を分裂させた「パンの違い」

    人が仲違いする時は、えてして些細なことがきっかけになるものです。世界史の教科書にも載っている、ローマ・カトリック教会と東方正教会の分裂でも、「そんなことで論争になるの?」と驚いてしまうような論点がありました。

東西教会の相互破門

    1054年、ローマ教皇の使節フンベルトゥス枢機卿が、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを訪れました。しかし、フンベルトゥスはコンスタンティノープル総主教ミカエル1世ケルラリオスと論争になります。

 枢機卿はビザンツ教会に対する破門状をたたきつけ、帰国してしまいました。ミカエル1世の方も、相手側に破門を言い渡します。これが、もともと険悪だった東西教会の分裂を決定づけた「相互破門」と呼ばれるできごとです。

「酵母を入れるか、入れないか」

 東西教会の論点の一つは、儀式で使用する聖体の製法でした(後注)。キリスト教では、パンをキリストの肉体に、ワインを血に見立てます。キリストの体に見立てられたパンが聖体です。

 カトリックでは、酵母を入れない「種なしパン」を用います。なぜ種を入れないかというと、「出エジプト記」の記述に従っているからです。

 七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。

「出エジプト記」12章15
種なしパン

 一方、正教会では酵母を入れた「種入りパン」を使います。これは、「レビ記」の記述に基づきます。

 また種を入れたパンの菓子をその感謝のための酬恩祭の犠牲に合わせ、供え物としてささげなければならない。

「レビ記」7章13
種入りパン

 種(酵母)とは要するにイースト菌なので、種入りはパンがふっくらするのですね。

 我々の目にはささいなことに感じますが、双方は譲らなかったのです。どちらも聖書に書いてあるのだから、「どっちも正解」に見えますが…

東西の対立の他の要因

 このように書くと、本当に小さなことで決裂してしまったかに見えますが、もちろん他の対立要因もありました。
 
 歴史上特に名高いのが、726年にビザンツ皇帝のレオ3世が発した「聖像禁止令」です。ローマ教皇が反対したため、東西の教会が対立するきっかけとなりました。

 他にも、激しい論争になった違いがあります。カトリックでは司祭の結婚は禁止されていますが、正教会では一定の条件下で認められています。
 さらに決定的な対立を引き起こしたのが、精霊についての解釈をめぐる「フィリオクェ問題」という神学論争でした。

 それまでの長いいざこざがあったために、小さな違いも感情的な衝突につながってしまったのかもしれません。

※注…中谷功治「ビザンツ帝国」中公新書2020、P199を参照


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