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【報復の果て】 統失2級男が書いたショート小説

新村探偵事務所にとある1つの依頼が電話で舞い込んで来たのは、世間が忙しくなり始めた12月下旬の事だった。それは妻の浮気を疑う夫からの依頼で、その夫妻は妻が山中紗奈という25歳の専業主婦で、夫はそれより6歳年上の孝之という銀行員との事だった。探偵事務所のオーナーである新村は孝之に簡単な料金の説明をした後、2日後に事務所で面談する約束をして電話での会話を終えた。

2日後の金曜日に孝之は新村探偵事務所を訪ねて来た。事務所員が2つの温かい緑茶をテーブルに置いて去って行った後に、「詳しく話を聞かせて下さい」と新村が口を開いた。「少し前から妻の様子がおかしいのです。それまで私たちの夫婦仲は円満で、週に数回は性交渉を持っていました、しかし2ヶ月くらい前から妻は私との性交渉を完全に拒絶するようになりました。妻はキスすら拒むのです。また、それまでと違ってスマホにロックを掛けるようになり、そのスマホを肌見離さずトイレや風呂場まで持って行くようになりました。妻はそれに付いて、『好きな男性アイドルが出来たけど、そのアイドルは余り美形ではないので、あなたにそのアイドルの事を知られたくないだけだよ』と言うのです。これを信用しろというのは到底無理な話です」「現段階で断定する事は出来ませんが、それはかなり怪しい話ですね」新村は冷静に答える。「9時から18時までの9時間、それを月曜から金曜までの5日間に渡って妻を監視して下さい」「それだと料金は40万円になりますが、宜しいですか?」「それで宜しくお願いします」孝之は頭を下げた。

翌週の土曜日に孝之は再び新村探偵事務所に居た。新村は挨拶も程々にいきなり本題を話し始める。「単刀直入に言います、奥さんは浮気をしていました。相手は令和上野大学2年生の斎藤忠志という男です。奥さんはこの5日間で2回、斎藤の部屋を訪ねており、2回とも部屋への滞在は3時間程度でした」それを聞いていた孝之は努めて冷静を装っていたが、燃え盛る怒りは心を支配していた。

翌日、孝之は探偵に教えて貰った斎藤のマンションを訪ね、インターフォンに反応して出て来た斎藤の顔面をメリケンサックを装着した左右の拳でいきなり殴り付けた、大学時代にボクシングをやっていた孝之のパンチテクニックは8年のブランクを感じさせない程、鮮やかなもので斎藤は早々に気を失ってしまう。孝之は気絶して動かなくなった斎藤に馬乗りになり、更に50発以上殴り続けた。

1年後、孝之には傷害致死の罪で懲役14年の刑が下された。孝之は模範囚として静かな服役生活を送り、判決より2年早く釈放されていた。出所後、元妻の紗奈が孝之の元を訪ねて来て「浮気をした私が全て悪かった、出来ればやり直したい」と復縁を申し出て来た。孝之は刑務所の中でも紗奈の事をずっと想い続けていたので、その申し出を快く承諾した。翌日、紗奈は孝之の部屋で睡眠薬入りの味噌汁を孝之に飲ませ、寝込んでいる孝之のペニスを根本から切り取りトイレに流して、部屋を後にした。それは斎藤忠志の敵討ちだった。孝之はその12日後に自殺した。

6年後、出所して来た紗奈を孝之の妹の夏樹が刺殺した。16年後、出所して来た夏樹を紗奈の甥の謙一が刺殺した。16年後出所して来た謙一を孝之の弟の孫、翔真が射殺した。この2つの一族による報復合戦は絶え間なく続き、孝之が自殺してから108年後、2つの一族は滅んでしまいました。

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