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【予知能力】 統失2級男が書いた超ショート小説

強烈な頭痛に見舞われ目が覚める。スマホで時刻を確認すると午前2時24分になっていた。芳田満は暗闇の中でベッドの縁に腰掛け痛みが引くのを暫く待ってみるが、一向に治まる気配がない。我慢も限界を迎え藁にも縋る思いで風邪薬を飲む。生憎、家に頭痛薬は無かった。風邪薬が効いたのかどうかは芳田にも分からなかったが、15分もすると嘘のように痛みは引いた。突然の頭痛に不安を覚えながらも芳田は翌朝の仕事に備えて再び眠る事にする。しかし、完全に目は覚めており1時間ベッドに入っても眠れなかった。(仕方ない、今日はこのまま眠らずに出勤しよう)そう決意した芳田は朝食用の弁当を求めて外灯で照らされた薄暗い初冬の小路をコンビニまで歩くのだった。

次の晩も眠気は全く湧いて来なかった。仕事帰りに薬局で頭痛薬は買っていたが、睡眠薬までは買ってなかった。その晩以降、芳田は3日間に渡り一睡も出来なくなった。不眠の原因にあの晩の頭痛を疑った芳田は、頭痛の晩から4日後の土曜の朝に脳神経クリニックを受診してみる事にした。そこでは、時間を掛け様々な検査を受けたのだが、脳に異常は診られずに仕方なく帰宅する事になった。そして、その晩は脳神経クリニックで貰った睡眠導入剤を処方通りに飲んでみる。しかし、それでも全く眠れなかった。次の晩は倍の数の睡眠導入剤を飲んでみるが、これでも眠れない。(全然、眠れてないけど体にも脳にも異常は無いし、疲労感も焦燥感も何も無い。眠れないのなら眠らなければ良いだけの話だ)芳田は残り全ての睡眠導入剤を躊躇う事なくゴミ箱に捨てるのだった。

眠れなくなってから2か月以上が経つと、明朗な青年だった芳田は短気で無口な青年に変わり果てていた。そんなとある日、些細なミスで上司から叱責を受けた芳田は昼休み明けに中身の入ったペットポトルを上司の顔に投げ付けて、職場を解雇されるというトラブルを起こしていた。それから無職の期間が4か月も続いた後、金に困った芳田は無人販売店から冷凍餃子を盗み出して逮捕されてしまう。しかし、留置所内での精神鑑定の結果、統合失調症と診断されて不起訴処分となり、精神病院に強制入院させられる事となるのだった。

精神病院では、どんな睡眠導入剤を処方されても芳田が眠れる事は一度も無かったが、精神薬には効き目があった。芳田の言動には調和が見られるようになり、性格も元の明朗さを取り戻していた。入院して4週間余りが経った頃、芳田は病院の大広間で他の患者たちと一緒にNHKの相撲中継を見ていたのだが、暫くして自分のとある能力に気が付いた。それは、仕切り中の力士を見ていると、どちらが勝つか分かってしまうという能力だった。正解率は100%だった。特別、相撲ファンと云う訳でもなかった芳田だったが、これまでの人生で相撲をテレビ観戦する機会は何度もあった、しかし、そのどの場合に於いても勝利力士を当て続ける事など勿論出来なかった。(この予知能力が生まれた原因は何だろう?あの晩の頭痛か?不眠か?精神薬か?)相撲中継が終わった後の大広間で夕食の焼き秋刀魚を口にしながら、様々な可能性を考える芳田だったが、断定出来る答えは見付からなかった。そして、芳田はこの予知能力に歓喜した。(ノストラダムスは偽物だったが、俺は正真正銘の予言者だ)自分のこれからの人生が限りなく輝いて思え、万能感に包まれる。(アメリカの超高額宝くじに当選して死ぬまで遊び続ける人生も悪くないし、大地震を予知して人々を災いから救い、世界中から尊敬される人生も悪くない)芳田は抑えきれない笑みと共に希望の未来を夢想した。しかし、残酷な事にそんな幸福な時間も長くは続かず、童貞喪失の夜を超えた人生最大の歓喜も、1週間後には激しい落胆に変わっていた。何故なら、相撲の取り組み以外では全く予知能力が働かなかったからだ。(例え全ての取り組みがガチンコであったとしても、相撲は兎角、八百長が疑われがちの競技だ。そういう相撲は賭博には不向きで、俺のこの予知能力では1円も稼げない)芳田の予知能力は芳田から相撲観戦のスリルを奪うだけの切ない能力だった。そんな、宇宙の無遠慮な悪意に失望した芳田は退院を拒み続け、38歳で他界する迄の13年間を精神病院で過ごすのでした。

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