tonpei

365話のショートストーリーを書きます。よろしくお願いします。

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夢幻鉄道

* 1 * 「キミのことを必ず幸せにします。」 ボクは、図書館で働くキミに恋をした。 にこにこと明るい笑顔に恋をした。 キミはおとなしくて、体が弱かったけれど、たくさんの本を読んで勉強していたから、ボクの知らないことを何でも知っていた。 ボクは、キミと話がしたくて、わざとたくさんの本を借りたのだ。 やがてキミとボクは恋人になり、手を繋いで色んな場所に出掛けた。 神社やお寺に行く時は、物知りなキミが先頭に立って案内してくれた。 ボクも嬉しくて、今日起こったこんなことや、明日起

    • 300.酸っぱい葡萄

      やはり、僕は旅が好きだ。 何と言っても非日常を味わうことができる。 また、そこで生活する人々の顔を見ると、僕にとっての非日常は、彼らの日常なのだと感じる。 そのことが、僕は物語の主人公であり、登場人物のひとりなのだと気づかせてくれるのだ。 元号が改まろうとする頃、僕と妻は京都、大阪を旅していた。 ライトアップされた寺での展覧会を観に行った帰り、参鶏湯が名物の韓国料理店のカウンターに座った。 ひとまず僕が頼むのは、ハイボールとポテトサラダだ。 「明日から雨の予報だ

      • 299.最近の若い奴

        社会人になる僕は、駅から近くて家賃の安い物件を見つけ、川と線路の間に建つそのアパートで新生活を始めた。 ひとつしかない窓には、ひびが入っている。 窓のすぐ外には金網のフェンスがあったが、夏になると背の高い雑草がフェンスを飲み込み、窓に覆い被さってくるようだった。 フェンスの向こうには線路がある。 近くの駅には6路線が乗り入れていたので、どこに出掛けるのも便利である反面、部屋にはほとんどいつも電車の音が響いていた。 一番手前は、貨物列車が通る線路だ。 さすが貨物列車

        • 298.真実は酒の中

          「今日は時間通りに着きそうだって。」 「いや、そう上手くいくもんか。」 僕たちは待ち合わせ場所に向かう電車の中で、彼女からの連絡を受け取った。  社員の労務管理を行う彼女は、杓子定規が服を着て歩いているような仕事振りで、いくら仲良くなろうが駄目なものは駄目。 僕たちは彼女と同期だったが、社内で話す時には自然と敬語になってしまうのだった。 しかし、プライベートとなると一転、仲間の家で集まる時も、約束の時間通りに来れたためしがない。 電話をかけて返ってくる台詞は決まっ

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        夢幻鉄道

          297.石橋を笑顔で渡れ

          「これまで我が社に貢献されてきたことに深く感謝し、敬意を表します。これからも素晴らしい人生を送ってください。」 人事部長の言葉の後、僕たちは一人ひとり、退職辞令を手渡された。 人事課にいる同期の仲間が介添えをしているが、厳粛なこの場ではお互いに目も合わせず、一個の社会人らしく振る舞った。 「これにて、退職辞令交付式を閉式する。」 その言葉によって僕たちはぱっと散らばり、会場脇に整列していた部長たちの元に駆け寄った。 固く握手をしながら、短く、別れの挨拶を交わす。

          297.石橋を笑顔で渡れ

          296.正義は移り変わる

          昼を過ぎてにわかに黒い雲が広がり、ざあっと屋根を打ちつける雨音が聞こえてきた。 見晴らしの良い場所に建っているこのアパートは、強い南風をまともに受けて建物が揺れるほどだった。 予報通りのことだったので、雨戸を閉め切り、僕と妻は寝室にこもっている。 遠くの方で、雷が落ちる音がした。 「実家の裏に幼馴染が住んでいてね。こんな天気の日に、彼の家に雷が落ちたんだよ。ば一ん、ってもの凄い音で。椅子に座っていた僕は飛び上がったよ。」 「大丈夫だったの。」 「近所中の人が窓から

          296.正義は移り変わる

          295.恋は焦らず

          一週間後に転職を控えていた僕は、ここ最近は弁当を持ってくるのをやめ、昼休みには仲間を誘ってランチに出掛けることにしていた。 今日は後輩と約束をしている。 当時、同じ部署に配属された一年後輩の男で、僕が社会人になって最初の後輩である。 昼の鐘が鳴ったらすぐに入口ロビーに集合し、並んで歩き始めた。 「僕もいい歳じゃないですか。未だに奢ってくれる唯一の先輩だったのに。」 「仕方ない、最後も奢ってやるか。」 「もっと気持ち良く奢ってくださいよ。」 幾度も通った店だ。

          295.恋は焦らず

          294.単純な話じゃないか

          「戻りましたあ。」 僕は、係長の代打で出席していた会議から職場に戻った。 会議と言っても、みんなで集まること自体が目的になっているような会議だ。 最近、この手の会議はすっかり僕の仕事になっている。 僕以外のみんなは忙しいからだ。 会議で配られた資料を係長に渡してしまうと、僕はふらっと席を立つ。 トイレや自動販売機に行くついでに社内をぶらぶらと歩き、見知った人がいたら退職の報告をして回るのが、ここ最近の僕の習慣となっていた。 「すでにご存知かと思いますが。」 「

          294.単純な話じゃないか

          293.そのインターネット、世界に繋がっていますか

          休日の朝、保育園の呼びかけに応え、僕を含めた数人の近隣住民が正門前に集まった。 新築されたこの保育園の庭に、子どもたちがさつま芋を育てるための畑を作ろうというのだ。 畑にする予定の場所には、若い木が何本か植えてある。 まずはこれらの木を根っこから掘り返し、園庭に植え替えた。 土の状態は決して良くなく、固く締まった砂のようだったので、石や木の根を取り除きながら、僕たちは丁寧にシャベルや鍬で耕やした。 「中学校の先生ですか。いいですね。」 「そちらは。」 「僕なんて

          293.そのインターネット、世界に繋がっていますか

          292.数字で表せない

          僕は約束の時間通りに保育園に到着た。 事前の手はず通りに裏口から入り、真っ直ぐエレベーターに乗り込んだ。 今日は節分行事の日で、近所に住む僕は青鬼の役を任されている。 保育士の休憩室の扉をノックすると、赤鬼役の先生が出迎えてくれた。 今日の段取りについて打ち合わせをし、その後は、お茶や煎餅をいただきながら雑談をして過ごす。 「年末にはサンタクロースをやったんですよ。あの時は、自分がスーパースターになった気分でした。」 「今回は違うわよ。子どもたちから嫌われますから

          292.数字で表せない

          291.良好な人間関係

          妻が産休に入ってからというもの、有難いことに、僕の帰宅時間に合わせてタ飯を作ってくれている。 今日は節分。 明日は立春。 帰ってきた僕が食卓を覗くと、平たい皿に黒々と、大きな巻き寿司が乗っている。 妻が生ものは避けているので、蒸した海老とアボカドの巻き寿司だ。 流行りに乗ってかぶりつき、最初のひとロぐらいは黙って食べる。 「うん、旨い。」 「そうそう、友だちの子だけど。今日、退院できたんだって。」 「良かったね。駅前の病院に入院していた子でしょう。4歳の子がひ

          291.良好な人間関係

          290.百年生きる

          「父さんも働き盛りの頃は帰りが遅かったからね。母さんが仕事から帰ってきて、僕たちにご飯を作って。大変だったと思うよ。」 「あなたたちが学校や幼稚園から帰ってきたら。」 「下の階に住んでいたばあちゃんが面倒を見てくれたよ。」 「チームプレーね。」 風呂のお湯が沸くのを待つ間、妻はソファで横になり、僕は隣で床に座っている。 「一度だけね。幼稚園バスを降りたら、迎えに来ているはずのばあちゃんがいないことがあったんだよ。道端でひとりぼっちになってしまったんだ。」 「幼稚園

          290.百年生きる

          289.返事が遅い彼女

          「何だよ。あの子と付き合っていたのかよ。」 僕は、とうとう白状した。 今日は会社の仲間たちと日帰りで遊びに来ていて、他の仲間は疲れたし寒いしでとっくに帰ったのだが、僕と彼はまだ酒を飲んでいた。 それぞれの家まで電車で数時間はかかる街にいるのだが、体力があり、酒好きのふたりが残った格好だ。 ふたりしてちびちびとハイボールを飲んでいる。 腹は膨れていたので、枝豆はいつまでもテーブルに置かれたままだった。 独身の男ふたりが酒を飲んで夜も更ければ、恋愛の話になる。 放置

          289.返事が遅い彼女

          288.かけがえのない信用

          ちょうど近くまで来たので、僕が学生時代を過ごした街で昼飯でも食べて行こうと妻を誘った。 ー箇所だけの改札を通り抜けて駅舎を出ると、すぐ右手に僕が通った大学のキャンパスがある。 門構えや生い茂る木々は変わらないが、その緑の上からは、新しい校舎のビルがにょきにょきと伸びているのが見えた。 「へえ、色々変わっちゃったんだなあ。」 それもそのはず。 大きな駅と駅の狭間にあって、幾分のどかさが残る街だったが、あれから長い時間が経過したのだ。 白く小柄な駅舎に、ステンドグラス

          288.かけがえのない信用

          287.面白い方の未来

          早朝に発生した変電所のケーブル火災とそれに伴う停電の影響で、通勤電車の運休が相次いでいた。 僕が使う電車は遅延があるだけで、会社まではたどり着けそうだったが、乗り換え駅は通勤客でごった返し、蜂の巣をつついたような混乱だった。 ぶつからないように注意しながら人を掻き分け、改札の先の角を曲がった時、すれ違う行列の中に、僕はよく知る顔を見つけた。 以前、同じ会社で働いていた彼だ。 入社の時期は少しずれていたけれど、仕事で一緒になることがあり、同い年の彼と意気投合した。 夏

          287.面白い方の未来

          286.本番までの過ごし方

          その日、僕は休みを取っていたので、仕事終わりの妻を拾いに車を走らせた。 道のりは単純で、家の近所のガソリンスタンドの角を左折し、川に突き当たったところを右折するだけで、彼女の会社の近くまで行くことができた。 「ねえ、そこのカフェに寄って行こうって言ったら怒る。」 「別にいいよ。」 「新しいドリンクが出たのよ。今日は金曜日だし、贅沢してもいいでしょう。」 僕のブラックコーヒーと、チョコレートやらホイップクリームやらが山盛りになった妻の飲み物をトレイに載せ、僕たちのテー

          286.本番までの過ごし方