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293.そのインターネット、世界に繋がっていますか

休日の朝、保育園の呼びかけに応え、僕を含めた数人の近隣住民が正門前に集まった。

新築されたこの保育園の庭に、子どもたちがさつま芋を育てるための畑を作ろうというのだ。

畑にする予定の場所には、若い木が何本か植えてある。

まずはこれらの木を根っこから掘り返し、園庭に植え替えた。

土の状態は決して良くなく、固く締まった砂のようだったので、石や木の根を取り除きながら、僕たちは丁寧にシャベルや鍬で耕やした。

「中学校の先生ですか。いいですね。」

「そちらは。」

「僕なんて、しがない事務屋ですよ。」

「事務の方ですか。凄いですね。正確さを求められる仕事は、私には無理です。」

「先生の方が凄いですって。事務仕事なんて、そのうちロボットに代替されちゃうんですから。」

「ははは。そんなことないでしょう。」

「いやいや、代替される仕事の最たるものですよ。入力を受けたらルールに従って、自動販売機のように出力するだけです。」

「うちの学校の事務員さんも、とても丁寧に対応してくれますよ。」

「ロボットを導入するコストと人件費、どちらが安いかの問題ですから。」

「まあ、教師だって同じか。」

「そうですか。子どもたちの成長に関わる仕事で、ロボットには真似のできないことだと思いますけど。」

「ロボットに代替される教師と、そうでない教師に分かれると思います。単に知識を教える教師は、必要なくなるかも知れませんね。」

「ふうむ。」

「多くの子どもたちがスマートフォンを持っていますよね。塾や予備校では、オンライン視聴の授業も盛んです。データを集めれば、子どもたちがどこでつまづいたか、どこで視聴を止めたかが分かります。離脱率が多いと部分は、動画の編集をして話し方の抑揚をつけたり、冗談を挟んだり、説明の仕方を変えたりすることができる訳です。人気が上がらなければ、その講師を変えてしまうこともできますね。」

「いくらでも改善を繰り返せるんですね。」

「極端な話、単に知識を教えるだけなら、日本にひとり、優秀な講師がいれば良い訳です。ロボットに代替されるまでもないですね。優れた台本さえあれば、役者さんでもできることになります。」

「そういう教師は必要とされなくなるだろうと仰る訳ですね。」

「可能性としては。」

区役所で借りた土のう袋四十袋には、腐葉土が詰めてある。

その腐葉土を撒き、再びみんなで耕し、混ぜていくと、見て分かるほどに土が膨れてきた。

「では、ロボットに代替されない教師とは、どんな教師でしょうか。」

「それこそ、私たちの手にはスマートフォンが握られていて、インターネットを通じて世界と繋がっていますよね。世界一の大学の講義を聴くこともできますし、世界中の研究論文にアクセスしてあらゆる知識を検索することもできますが。」

「ああ、僕はゲームばかりだなあ。」

「そこにたどり着くためには検索をしなければいけないので、結果として、自分の知識の範囲内にしか行けないんですね。これが前提です。」

「広告なんかも、自分の検索履歴に基づいて表示されますね。無限の情報にアクセスしているつもりでいましたけど、井の中の蛙でしたね。」

「その子に目指したい場所があるとして、その場所へのアクセス方法や検索方法の糸口を探してあげることが、これからの時代に教師や大人に求められる能力ではないかと思います。」

「ガイドのような役割ですね。」

「だからこそ、もちろん私たち自身に充分な知識や教養がなければいけないと思います。常に学び直して、新鮮な知識を持っておくことです。教え子たちが答えのない問題を解こうとしたり、仮説を検証しようとしたりする時に、助けになってあげられないからです。」

作業の仕上げとして、仮に作った畝の溝に、残った腐葉土を敷いた。

さつま芋を植える季節になったら、また来てかき混ぜよう。

園長が声をかけてくれる。

「みなさん今日はありがとう。素敵な畑。お茶の用意ができていますからね。」

「でも、子どもたちの数を考えると、この大きさで足りるかどうか。」

「いいの、いいの。掘った芋はまた埋めるのよ。」

いつもお読みいただき、ありがとうございます。 「人生が一日一日の積み重ねだとしたら、それが琥珀のように美しいものでありますように。」