289.返事が遅い彼女
「何だよ。あの子と付き合っていたのかよ。」
僕は、とうとう白状した。
今日は会社の仲間たちと日帰りで遊びに来ていて、他の仲間は疲れたし寒いしでとっくに帰ったのだが、僕と彼はまだ酒を飲んでいた。
それぞれの家まで電車で数時間はかかる街にいるのだが、体力があり、酒好きのふたりが残った格好だ。
ふたりしてちびちびとハイボールを飲んでいる。
腹は膨れていたので、枝豆はいつまでもテーブルに置かれたままだった。
独身の男ふたりが酒を飲んで夜も更ければ、恋愛の話になる。
放置された枝豆が乾燥していくように、それはごく自然なことだ。
「水臭いじゃないかよ。早くに教えろ。」
「初めから上手くいっていなかったんだよ。」
僕と彼女は、新人として同じ部署に配属された。
繁忙期は、終電で帰れれば幸運という部署だ。
土曜日も平日と同じように出勤して、運が良ければ日曜日の半日は休める。
「何年一緒に働いたんだ。」
「3年だね。」
「彼女が先に異動したよな。」
そんな働き方だったから、僕たちは家族よりも長い時間を同僚として一緒に過ごした。
3年が経ち、彼女がここから居なくなるのだと分かると、自分が彼女に好意を抱いていたことに気づいた。
帰る時間を合わせて何度か食事に誘い、頃合いを見て、休日の映画に誘った。
彼女の好きな、英国王室の物語だ。
チケットが余っているんだけど、一緒に行かない。
「それで、告白して、付き合ったと。」
眼鏡の似合う、ショートカットの女性。
冗談が通じるから、この人となら苦労も面白がれそうだと感じていた。
「溜め息をこぼし続ける人と一緒に過ごしたくはないだろう。隣にいたら、気が滅入ってしまう。」
「うん、パートナー選びは大事だよな。どれだけ素晴らしい人生も、パートナーに恵まれなかったら上手く運ばない。言うまでもなく。」
しかし、僕たちは半年も経たずに別れた。
ふたりの思い出は多くない。
旅行の部屋は別々だったし、花見の桜は満開の時期を過ぎていた。
「初めから向こうは乗り気じゃなかった。告白の返事も待たされたし。とりあえず1か月間、お試しで付き合いましょうと言われた。」
「お試しね。あんまり良い予感はしないな。」
「僕が参ったのは、彼女、とにかく返信が遅いんだ。連絡しても、平気で一週間は返ってこない。痺れを切らして、重ねて連絡をしたり、この前の話だけどと催促したり。」
「結果として、ふたりの関係は長続きしなかった訳だ。彼女も、やっぱり踏ん切りがつかなかったんだろうな。例えば、好きな人から連絡が来たら、すぐに返すよな。」
「どうでもいい人なら後回しにする。」
「要するに、返信が遅いということは、そこまで好きじゃなかったということだ。優先度が低かったんだ。」
「彼女にそれとなく尋ねると、そうではないと言ったけど、実際のところ僕は、話したくて話したくて仕方がない存在ではなかった。」
寝ても覚めても、仕事をしていても家に帰っても、恋人のことが頭から離れないのなら自然と仲は深まっていくものだ。
「とは言え、もっと早く返事を寄越せって言うのは、本質的な改善じゃないよな。」
「鞭で叩いて走らせているだけだものな。お互いの幸せにならないよ。」
「まあ、あれだな。嫌いだから別れたんじゃなくて、お互い、もっと合う人がいるでしょう、ということか。」
「うん。とても悲しかったけど、切れたのは恋人としての縁で。くれぐれも、同期の仲間として嫌いになった訳じゃない。」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。 「人生が一日一日の積み重ねだとしたら、それが琥珀のように美しいものでありますように。」