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明日晴れたら (9/10)

地球での最後の夜は
好きな映画を流しながら音楽をかけ
布団に丸まって眠れないまま夜を明かした

夜中に軽く雨の降る音が聴こえたけれど
すぐに止んだようで窓の外は明るくて
カーテンを開ければ綺麗な朝焼けが部屋に入り込み
私の目を脳をはっきりと覚ましてくれるだろう

電車が動き出す前に最後の身支度を済ませ
住み慣れた空っぽの部屋に背を向けた

鳥のさえずりが私を出迎え
少しずつ薄く青く染まる空
前を通るたびに吠えられて
結局仲良く出来なかった近所の犬に吠え返す

あらかじめ決めておいた場所へと
そう重たくはないリュックを背負い
住宅地を抜け、国道を川沿いを二時間ほど歩くと
山の中腹にある開けた大きな公園に着いた

生い茂る草が雨上がりの緑の匂いを放っていて
子供の頃に走り回った父の仕事場の周りを思い出した

錆びれた遊具が目に止まり
最後にと何年かぶりに滑った滑り台
勢いがつきすぎて思い切りお尻を打って一人笑った

ポケットからチケットを取り出す
これを切ればお迎えが来て私は未知の旅に出る
きっと様々な光景や現象に出くわすんだろう

まだ誰も見た事の無い、想像さえつかないような
地球では解き明かされていない謎や神秘だって
簡単にわかってしまうかもしれない

少しでも高い場所へと
滑り台のてっぺんから空の先の宇宙を見上げた
旅立つにはもってこいの理想の晴天だった

子供の頃から憧れ続けた待ちに待った瞬間

のはずなのに
ここに来て小さな迷いが頭の端っこに
生まれてはくすぶり始めている

さっき打ったお尻が痛い
そこだけ濃い色で丸く濡れている
でも笑ってくれる人はいない

これから見るであろう、経験するであろう全ては
誰とも共有する事は出来ないんだ

一人で銀河の衝突やブラックホールの中を見て
目を輝かせて凄い!と感じても
それを話す人はもちろん周りにはいなくて
それで心から感動出来るのかが不安になった

一人には慣れているはずなのに

私に優しくしてくれた数少ない人たちは
気づかないうちにそんな事を教えてくれていて
心にこっそりと植え付けてくれていたんだ

街はもう動き出していて
遠くに小さく見えるこの星で生きる人たちの姿

電車が走り飛行機が尾を引いて
救急車のサイレンがどこかで響いている

少し湿った草の中を歩きだすと
いろんな雑草が足にまとわりついて
今日のためにと新調した服を汚す

どこからか水の流れる音が
音楽を奏でるように私を誘っている

みんなが口裏を合わせたように
私の事を引き留めようとしているように思えた
いや、そう思いたかっただけなんだろう
旅の前は誰だって不安になるんだ

そんな、この星たちの思いを振り切って

「行ってきます」と呟いた

自分に言い聞かせるように言葉にした

そして空に向かってチケットを掲げ

いざ切ろうと、した時

スマホが私を呼んだ
メールでは無く、久しぶりに聴く電話の音だった


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