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明日晴れたら (10/10)

そよ風を浴びながら鼻歌を口ずさみ
好き放題に伸びる自由な草を大地を
一歩一歩しっかりと踏みしめる

この感触をしっかりと体に焼き付けていた数分前

チケットを切る直前に私を現実へと引き戻したのは
自然しか無いこの場所には不釣り合いな電子音
元彼からの電話の着信だった

何の用だろう?全く予想が出来なくて
少し迷いながら電話に出た

「おはよう」と少し緊張した声で
でも昨晩と同じ距離感で言われる

「おはよう、どうした?」

朝方まで働いていたはずだから
今頃は眠っているはずなのに
それともまだ寝ていないのか

それよりも何故電話をしたのか
忘れ物や落とし物でもしたっけ?

「ちゃんと帰れたかなって」
「心配してくれたんだ?」
「急に来たから何かあったのかなと思って」
「ああ、びっくりさせちゃったか」
「話ちゃんと聞いてないなって」

「大丈夫。ほんと何もないから」
「そっか、ならいいけど」
「うん、ありがと」

いつもそうだ
付き合っていた時もそうだった

何か辛い事があっても
強がって弱音を吐けない私に
彼は全てを見透かしているように
丁度いいタイミングで優しい声をかけて来るんだ
私の心の中を見事に感じ取って受信してくれるんだ

少し会話が途切れて
でもその奥に何か言いたげな
うまく言葉が出ないような空気が伝わって来て
今度は私がそんな彼の心を受信した

「いい天気だね」と私が切り出すと
カーテンを開ける音が聞こえて
「ほんとだ、久しぶりの青空かも」

窓を開けたのだろう
風が吹き抜けたのが電話越しにも伝わり
こもっていた音がクリアになった気がした
部屋の中の空気が全て入れ替わったようなそんな感じ

彼は続けて言った

「観覧車に乗りたいなって」
「観覧車?」
「ずっと乗りたいって言ってたのに結局乗らなかったの思い出してさ」
「そうだね、いつかって後回しにしてたね」

目の前の何もない青空に
大きくそびえる観覧車を想像して創り出した

私は一度も観覧車に乗った事が無かった
それは彼とだけじゃ無く生まれてから一度も

そこまで魅力的に思わなかった
いつも上ばかり見ていた私だから
観覧車は外から見る物だと思っていた

彼は言った
「まだ間に合うかな?」
「え?」
「一緒に乗らない?」

さっきまで吹いていた緩い風が急に止み
私の周りの空気が静止した
その言葉の意味がわからず理解に苦しんだ

彼にとってのやり残していた事かもしれない

観覧車のてっぺんから見る街や海
それは一見何気ないどこにでもある景色で
ただ高い場所へと行けるアトラクション
窓のあるエレベーターと変わらない

でも今、混乱している頭の中で
微かに見えて来た物がある

一緒に乗る事で、景色だけではない何かも
そこからは遠い未来も見せてくれるんだと

朝日も夕日も星空も
その辺にある変なオブジェだって
一緒に見たからこそ感動する事が出来て
だからこそ胸に心にずっと刺さっていて

彼と見る物、見た物は全てが特別なんだ

昨日食べた小籠包だってまた一緒に食べたら
いや、どんな平凡な物だって場所だって
彼が隣にいれば、ずっと鮮明に記憶に残るんだと

待ちに待った晴れの日に
宇宙に行く寸前に
こんなに雲ひとつ無い青空なのに
足元のたんぽぽが水滴を受けて艶を出した

子供の頃から感情を出すのが苦手な私が
抑えきれないほどの涙で顔を濡らしていた

ずっと我慢をして来た、溜め込んで来た物が
全て一気に解放された

空ではチケットを切るのを待っているのか
小さな光の玉が放射状に輝いて待機している

誰にも見せられないような汚い顔を向けて
いや、一番人間らしい顔をして

「悪いね、少し先延ばしにしてもいいかな?
いつか絶対に行くから。でも今ではない思うんだ」

心の中で、心の声で光に向かってそう伝えた
いや小さく呟いていた

「それにさ」

リュックから傘を取り出した私は
大袈裟に広げて空へと向けた

「それに今日って雨じゃない?晴れの日にするよ」

光はそれを聞き取ったのか
何度か点滅をしてゆっくりと回転を始め
物凄いスピードで飛び去り消えた

「もしもし?」と呼びかける電話の向こうの彼に
「いいよ乗りに行こう」と答えた

「じゃあ、いつにしようか?」
「今から行こうよ」
「え、今から?」
「うん、今から。すぐに集合ね」
「まぁ、お出かけ日和だしな」

手に持っていた傘を見上げ
くるくると回しながら私は言った

「そう?雨じゃない?」

晴れの日に差す傘は現実を否定しているようで
なんだか楽しくなって踊り出してしまいそうだ

手に持っていたチケットを
ポケットへと大事にしまった

外の世界へと旅立つ日が訪れるのを
また気長に待とうと思う

そして次は一人ではなく
共にしてくれる誰かと一緒に

きっと時が来たら
それが今だってわかると思うんだ

だってそれはもう
私の中では決まっていることなんだから


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