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花びら一枚道連れに

肩にずっしりと食い込んだ
大きなリュックをひとつ背負い

履きなれた靴で
音の鳴らない地面を蹴った

卒業式の次の日に
私はこの町を捨てる

何の刺激も無い
未来さえ見えないこの地から

自分の痕跡を消すんだ

誰にも見つからないように
始発電車に間に合うようにと駅へと向かった

生まれてから何百何千と歩いたこの道の
その傍らにそびえる大きな桜の木

まだつぼみのこの花が咲いたら
記憶に無い赤ちゃんの時を含めると
17回見たことになるのだろう

いくつかの門出を祝い
その都度一緒に写真に納まってくれたその桜の木は
私のことを見て見ぬフリをして送り出してくれた

あわてんぼうの花びらが一枚
ゆっくりヒラヒラと目の前を舞い肩にくっついた
それは一緒に連れてってくれと言ってるようで

すぐ出せるように入れて置いた
文庫本にその花びらを挟んだ
この町にいた証として道連れにした

他の同級生と違うのは
上京したからと言って
通う大学も働く場所が決まっているわけでもなく
明日さえどうなるのかもわからない
白紙の未来がそこにあるだけ


「卒業したらこの町を出ようと思う」

冬休み前の下校中に
小学生の頃からの友達に話した

「そっか、何かやりたいことがあるんだね」

私は口ごもった
それを探しに行くんだなんて言えなかった

都会への憧れより
田舎からの逃亡と行った方がしっくりとくる

誰ともすれ違うことなく車さえ見なかった
風も吹かず雲も流れない

まるで私が出て行くまで
誰かが時を止めてくれているかのようだった

道沿いにポツンとあるお地蔵さまに
初めて手を合わせてみた

なんのために置かれている地蔵かなんて知らない
ただここに子供の頃からずっとあって
誰にも気にされることなく佇んでいる

その坊主頭を軽くぽんぽんと叩くと
口角が上がり微笑んだ表情に、なった気がした
いや前からこんな顔だったのかもしれない

なんだか少しだけ不安が解けて
私も笑顔で言ってやった

「行ってきます」

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