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現代文学の2つの面~虚無と信仰

 戦後の日本文学には、「虚無」と「信仰」という2つの面があるように思う。つまり、戦後を生きてきた日本の純文学作家は「虚無」と「信仰」を描いてきた、ということだ。

 では、最初に「虚無」について語っていこう。

戦後の日本文学の「虚無」

 戦時中の人々は生きる目的が与えられていた。人々は戦争に勝つために生き、戦争に勝つために死んだ。しかし戦争が終わると急に自由になった。終戦直後は生きるのに必死だったが、急激な経済発展によって大多数の人が飢えずに済む。

 このような状況で、人々は生きる目的を考えるようになる。信じるべきものがなくなり、誰も生きる目的を与えてくれなくなったからだ。特に、戦争時代を生きてきた人は戸惑った。急に「自由に生きていい」と言われ、どうすれば良いのかが分からなくなってしまった。人生のどこに価値を見出せば良いのかが分からなくなってしまったのだ。これが戦後の日本社会の虚無感である(ように思う)。

 人々は豊かになったおかげで、また一つ悩みの種を手に入れてしまった。その悩みについて深く考察した小説がある。それは、大江健三郎の『死者のおごり』である。その中で、主人公は生の無目的さを嘆く。

 ここまでの話を聞いていると、「生きる目的を再設定すれば良いのだ」と思うかもしれない。実際にそう考えた人もいる。たとえば、三島由紀夫は『鏡子の家』という作品で、虚無感に反抗しながら生きていこうとする人々を描いた。また現実にも、左翼運動に夢中になった学生が多くいた。

 しかし、最初から生きる目的を与えられなかった人は、生きる目的を設定できるのだろうか? 戦後生まれの人々はこのことに悩まされた。

 村上春樹の『ノルウェイの森』という作品がそんな人々の心理をよく描いている。周囲の大学生が学生運動に参加する中、主人公はそんなことに熱中できない。前の世代や周囲の学生と比較して、「何かに熱中できない自分は空っぽなのではないか?」と思ってしまう。『ノルウェイの森』は、そのような虚無感や喪失感、哀愁を描いた小説である。

 こんな話を聞くと、「とりあえず何でもいいからやってみればいい。そうすれば熱中できるものが見つかるよ」と言いたくなるかもしれない。そうしてみたのが、村田沙耶香『コンビニ人間』であるように思う。主人公はコンビニの一機能として適応してしまうのだ。

 そうすれば、たしかに、主人公は生きる目的について悩む必要がない。自分が出勤しなければ、コンビニが回らない以上、生きねばならない。しかしそんな主人公の姿を見る読者は、周囲の人物の押し付ける”普通”に違和感を覚えつつも、主人公のむなしさを感じざるを得なくなる。

 では、何も考えずにただ生きてみたらどうか? それもそれで虚しいと思ってしまうだろう。遠野遥『破局』もそうだ。主人公は生きる目的を全く問わずに、周囲の人物から行動規範のみを学んでいる。そして、我々読者はそういう主人公に対して、不気味さを感じてしまう。「主人公そのものが虚無なのではないか」とすら感じてしまうのだ。

 それでは、信じるべきものがあれば、人生は充実するのか? たとえば、今日(こんにち)では”推し”を生きる糧(生きる目的)にしている人も多いだろう。今度は戦後の日本文学のもう一つの面である(と思っている)「信仰」について語りたい。

戦後の日本文学の「信仰」

 信仰というのもまた、難しい問題である。正直に言って、自分の中で整理できていない部分も多い。しかし、それでも語っていくことにする。

 まず、信仰と宗教とを分けておきたい。明確な組織を持つものを宗教、そうではないものを信仰としたい。つまり、私の定義に従えば、信仰とは個人的な営みであるということになる。

 たとえば、高橋和巳『邪宗門』は(信仰の問題も含まれているとは思うが、)宗教組織の趨勢を描いた作品である。したがって、ここでは便宜上”信仰を扱っていない”作品として分類する。

 一方で、柳美里『JR上野駅公園口』は、信仰を扱った作品のように思う。主人公は上野公園に居ざるを得ないホームレスの男性である。当時の「天皇」と同じ日に生まれたために、「天皇」に対する思い入れも深い。家族との記憶は薄れていくのに、皇室に関するニュースやパレードの熱狂ぶりはよく覚えている。……これ以上言及すると、ネタバレになってしまうので避けるが、ぜひ読んでほしい。

 また、『コンビニ人間』は、虚無を扱いつつも、同時に信仰を扱った作品でもある。この点に関しても、言及するとネタバレになるので言及はしないでおく。

 そして、宇佐見りん『推し、燃ゆ』も信仰を描いた作品ということになっていくだろう。私はまだこの作品を読んでいないので、実際に確かめたわけではない。読後に、また新しい記事を出したいと思う。読むのを楽しみにしている。

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