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セントキルダのカフェと、内なる父

オーストラリア・メルボルン編-3

メルボルンの海沿いのエリア・セントキルダで
ふらりと少しレトロな雰囲気のカフェに入った。

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店では男性スタッフ2人が、ひたすら楽しそうに小さなコインか何かを、一体何がそんなに面白いんかってくらい楽しそうに投げ合って遊んでいた。ただコイン投げあってるだけ。はしゃぐ子どもみたいに楽しげなふたり。勤務中だろうが楽しくてたまらないあまりの彼らの無邪気さに、こちらもほんわかしていた。

彼らウケるなーあれだけ些細なことを楽しんでやってていい雰囲気だなと笑いながら、可愛いことをしてるスタッフにケーキを頼みつつ、あれこれ話していると友人・光陽(本名出していいで。by本人談)がこんなことを話した。

「なんかさ、これからの人生がめっちゃ楽しみやなって。今が楽しくて良い感じってことはさ、その積み重ねで来年再来年…どんどん楽しくなってく。自分だって成長していくわけで、何かが起こっても成長した自分として対応できるようになる。だからもっと面白くなる。ほんま楽しみ♪」

細かい台詞は覚えていないけれど、大体こんな感じだった。

このさり気ない会話が印象的で、楽しげなスタッフ2人組とともに思い出に残っている。というのも、そういう風に考えることがあまりなかったからだ。

わたしにとって人生とは「今は良くても後になったら何があるか分からないもの」で、『成長してきた自分ですら越えるのが難しいことが時にはやってくるから、人生って大変だな。』という想いの方が強かった。

20代半ばの光陽と、30代半ばだったわたしの世代差もあるかもしれない。後日、日本で同い年の女友達にこの話をしたところ『え、今の20代の子でそんなにポジティブな子いるの?!今迄の職場では、やりたいことがわからないとかそういう子が多くて。いるんだね、そういう20代の子も…それは頼もしい♪』と同じく衝撃を受けていた。

と同時に、ふと気づいたのは。少なくともわたしのこれらの思考法や考え方は、振り返ってみれば父親に似た考え方だった。あれ、いつからこのような考え方をするようになっていたのだろう?と振り返ってみると、そこに父がいたのだ。

父は『人生とは、何か予想もつかない大変なことが起こったり様々なことが起こるので最善の策を今から考慮するべし、そして最高と最悪の両ケースについて検討し腹括って物事にあたるべし。』といった真面目な考え方をする人で、そういったことを昔からよく話していた。

父の考え方が正しい間違ってるだとか親のせいでということでなく、自ずから考えているつもりで親のスタンスや思考から無意識に影響を受け&エッセンスを採用し、すっかり受け継いでいることにやや愕然とした。最初からオリジナルの考えだと思っていたものの、実は両親の影響は想像以上に大きいのだと大人になってから気づくことがある。

日本から遠く離れたメルボルンのカフェで、10才年の離れた友人のストレートな意見にびっくりした昼下がり。当時はさりげなくとも、じわじわと影響のある会話とはあるもので書いてみた。

父がいなかったとしても、もしかしたらわたしは「人生とは大変なものだ。」という見方が強い性質を持っていた可能性も充分にある。ただ何にせよ、シンプルに豊かな今が、豊かな人生になる。そう思えたら、もっと人生をフランクに楽しめそうだなと今はそういう想いを大切にしている。

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………と、2018年の思い出を元にここまで書いたところでふと思い立ち、2021年2月の現在。父@71才にこのエピソードを話した上で『人生って大変だと思う?』と聞いてみたところ、笑いながらこんな返答がかえってきた。

「は?そんなこと考えたことないよ。戦争に行ってたわけじゃないし、それなりにって感じで。良いこともあるしそうでないこともあるよね。

まぁ、冷静に考えてあと何年経ったらこうなるから、株を買っておこうとかは若い頃から考えてたよ。そういうことは前もって計算したらわかることじゃん?まー、楽しむためには人生の安定的な基盤が大切だと思うよ。国民の3大義務って知ってる?」

こ、国民の3大義務…だと…?
……納税…あと何だっけ?(勤労、教育です。)

まさかの3大義務トーク。小学生の社会科じゃあるまいし(納税以外すぐ答えられなかったけどね)人生を楽しむ前に義務を果してますかって…こちとらすでに30代なんですけど…親にとってはいつまでたっても子どもなのね。とほほ 
実直で天然な昭和スピリットは恐ろしいわ…。

うーーむ。良いこともあるしそうでないこともあるよね、という意見は昔と変わっていない。

ただ父は人生を大変だとは思っておらず、つまるところ結局は彼が過去に語っていた人生観を、わたしが些少なメガネを通して極々、極々個人的に「人生って大変なんだな。今も父はそう考えている。」と独自の解釈をしてきたことが判明しました。

はるか昔に認知したことをそのまま引きずっていたことにもなる。おわぁーー…でもそのままにせず父が生きているうちに質問したワイ、えらいっ(?)

何だろう、人生楽ありゃ苦もあるさ…って水戸黄門の歌詞をマントラにしてきたんだろうか。もう手放し案件ですね。今にそぐわない観念のメガネはさっと置いて、次にいきましょう。

メルボルン編-4『過去のポジティブな部屋を眺めてみる』へつづく。

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PS.この記事に出てくる友人・光陽は、現在は長野県茅野市でカレー屋を開いて暮らしていて、とある記事では「人生楽しそうな人、ここにいます」と紹介されている。 Cafe ナイッス(長野県茅野市本町西7-27)、是非訪ねてみてください🍛🍴

最後まで読んで頂き、ありがとうございます🕊