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なぜ「心拍」が人の「調子」のデジタルバイオマーカーなのか

 今回の記事は、「なぜ、心臓の活動量が人の"調子"を測る(デジタル)バイオマーカーに使われるのか」について超簡単に書きました。

 TechDoctor のデータサイエンティストの杉尾です。僕がこの領域の研究や仕事をし始めた頃、人体のシステムに関して詳しく知らなかったため、「ストレスやウェルビーイングのような、人の"調子"を測る際に、なんで心臓の活動量をみるの?」と単純に疑問を抱きました。同じような疑問を抱いた方に、少しでも価値のある情報をお届けすることができれば幸いです。なお、医学的な要素が絡むところが多いのですが、言及せずにサラっと進めていますので、プロの方はご容赦くださいませ。

1. 心身の不調は拍動に現れる?

 少しスピリチュアルに聴こえるかもしれませんが、人ないしは生物は大きな「リズム」の中で生きています。多くの生物には、心臓という(酸素や栄養素を含む)血液を身体中に送るポンプ機能が必要不可欠です。そして、それがどの程度活動しているかを推し量るものの一つが心拍(また脈拍も同義とする)です。

 一概に心拍といっても、そのような心臓の活動を量的に示すことができるものは多く存在し、そしてそれが人間の「調子」の一部を司っているといっても過言ではありません。言い換えれば、身体中に血液を送るための心臓のポンプ機能、その稼働状態とその「リズム」というものが、人の「調子」を作っているとも言えます。

 では、そのような「リズム」を理解していく上で、基本となる心臓の活動、専門用語を借りれば、「心拍変動(heart rate variability:HRV)」という領域に関する話を、ほんの少しだけではありますが、記していきたいと思います。

2. 心拍変動と自律神経

 心拍変動とは言葉の通り捉えるとすれば、人間(の心臓)が生み出す心拍の変化を指します。そして、その変化の中にある「リズム」や「周期性」、「統計量」を評価することで、生体の機能的状態の指標とされているのです。そして、心拍変動を理解する上で、もう一つ重要になってくるものが、「自律神経」です。心臓が全身に血液を送る時、自律神経が適切な「リズム」を刻む機能を担います。
 前述の通り、心臓は全身に(酸素や栄養素を含む)血液を送るポンプの役目を持つ器官です。そして、その心臓の大部分を占めるのは、「心筋」と呼ばれる筋肉です。この心筋が電気刺激を受け収縮と拡張を繰り返すことでポンプのような作用を起こしています。そして、その収縮と拡張は「(安静時であれば)1分間に約60~100回」ほどであり、その回数や「リズム」を調節しているのが、「自律神経」なのです。具体的には、心拍数、心筋への電気刺激の速度、心室(心臓の一部分)の収縮力を変えることで調節しているのです。[1][2]

3. 2種類の自律神経

 次に、リズム調節の役を担う自律神経の話です。そもそも自律神経が正常に働くことで、私達は生命を維持できています。自律神経は、常に一定ではない外部の環境に合わせ、体内の環境を、生命に危険がない範囲の中に一定に保つように、自動的にバランスを保つシステム[2]です。そして、この自律神経には、「交感神経」と「副交感神経」という相反する作用を持つ2種類の神経があり、これらがバランスを保つことで、一定の状態を維持することができています。(「恒常性*1」だったり「二重支配*2」と言った専門用語が関連してます。)

交感神経
 よく交感神経は人の「アクセル」と例えられます。と言いますのも、交感神経は日中によく働き、興奮状態などと密接な関係を持つからです。また、ストレスや不安や危険を感じた時にも、優位に働くような神経でもあります。[2]

副交感神経
 
一方で、副交感神経は人の「ブレーキ」と例えられます。副交感神経は、日が沈んだ頃に優位になります。また、人がリラックスした状態や就寝時にその活動が活発に現れます。[2]

 上記の説明を読む限り、”交感神経はストレス・不安、副交感神経はリラックスならば、交感神経の活動を抑制し、副交感神経の活動を促すようにしていけばよい”といったようにも見えますが、そうではありません。

 人間は生きている中で、季節の変化から、上司からの急な無茶振りに至るまで、いろいろな(環境の)変化の影響を受け、それに対応し、生きています。それらの変化に対応しながら生きていく上で、上記の2種類の神経が協調しながら身体をコントロールすることが、非常に重要になっており、副交感神経活動だけを活発にすればいい、というようなものではないということです。例えば、夜中であっても、突然の出来事にも常に対応できるように、興奮状態を促す交感神経はスタンバイ状態を続けており、そのような変化に身体を対応させるために働いてくれます。ありがたいですね。
(ストレス・危険などから"瞬発的に"身体を守ってくれてるのは、交感神経だったりします。)

4. 「調子」を測る(デジタル)バイオマーカーとは

 ここまでで、"「調子」を測るために「心拍変動」をみるのは、心臓の活動が人の心身の状態を支える「自律神経」と密接な関係を持っているからだよ"、ということをお伝えしました。

 そして、最後に心臓の活動をどのようにして心拍変動として捉え、(デジタル)バイオマーカーとして利用しているのか、について簡単に記したいと思います。なお、この話を詳細まで記すと、情報量が爆発的に増加するため、別記事として投稿するような準備を進めています。なので、ここでは簡単に触りだけを記させていただきます。

RR Interval(以下、RRI)
 まず、心拍変動を定量化する上で必要となるのは、心臓の拍動の時間間隔です。心臓の一部である心房の収縮により発生した電気信号の一部を簡単に表したのが下の図1です。その中で電気信号の強度が高い部分が、QからR、Sまでの部分です。そこはQRS波と呼ばれており、そこから次のQRS波までの間隔が心室興奮から次の心室興奮までの時間を指します。そして、この動きは心臓が正常に稼働している場合、規則正しく周期的になります。
 さらに、その心室の興奮周期、つまりR波から次のR波までの間隔を(簡単に)計測された値をRR Interval(以下、RRI)と定義されています。このRRIをもとに、心拍数の算出からその周期性の算出までを行うことが可能になります。

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図1:心房の収縮により発生した電気信号の簡易図

統計的な評価
 
心拍数というのは、単純に数値情報としての側面を持ちます。なので、その数値を統計的に評価することで、心拍変動の指標として、定量的な指標に落とし込むことが可能です。また、時系列データを視る視点を忘れないことも大事です。 


① CVRR(Coefficient of Variation of R-R interval)

・自律神経全体の活動度を示す指標。
・R-R間隔変動の時間領域解析法(time-domain)として国内では最も汎用されている簡便法。
・交感神経活動と副交感神経活動の大きさに関する指標として、個人間での自律神経活動の違いを比較するための指標として利用される。

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リズム的な評価
 「リズム」や「バランス」の概念に近いのはコチラです。ここでは、心拍を周波数解析します。そして、事前に割り当てられた周波数帯域ごとの活動量を抽出し、その数値や比率を比較します。


⑤ LF(Low Frequency)

・周波数解析により算出。
・連続したRRIのゆったりとした変動表している。(低周波)
・この値は交感・副交感神経の両方の活動を反映している。
0.004〜0.15Hzの周波数帯のパワースペクトル。
・リラックス状態の際、LFは高くなる傾向がある。

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その他の評価
 
ここでは「その他」としてまとめますが、具体的にはさらに細かな領域に分けることができます。例えば、心拍の数値的な変動を幾何学的に捉えたり、その動きの非線形性に着目することもあります。

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5. 今後の記事に関して

 今回の記事では、"「調子」を測るために「心拍変動」をみるのは、心臓の活動が人の心身の状態を支える「自律神経」と密接な関係を持っているからだよ"、ということから、その定量化に利用している指標のサンプルを書かせていただきました。しかし、その指標の詳細に関しては言及できておりません。
 次回以降は、
・各定量化指標の算出方法とは
・心身の「調子」によってどのような値の変化が発生するのか
・数値の変動を可視化してみた
・各疾患と各指標との関係性とは
に関して話を掘り下げて、記述していこうと思います。

例としては、過去記事で、このようなものもあります。

また、こちら、ご連絡いただければ詳細な資料もお渡しできます。

 今後も、継続的にこの領域に関してキャッチアップした上で、発信をしていきたいと思います。ご興味を持っていただけたならば、「スキ」していただけると中の人が喜びます。


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*1 恒常性...ホメオスタシス(生体恒常性)とも言い、人間が身体が受ける環境や人体内部の変化を受けててもなお、身体の状態(体温・血糖・免疫)を一定に保つこと、その機能のことを指します。
*2 二重支配...人体は自律神経の交感神経と副交感神経の2つの支配を受けています。この2つの神経が亢進と抑制の命令を行い、1つずつの臓器に対し拮抗的に支配(二重支配)している状態を指します。

参考文献

[1] 林 博史(編集), 「心拍変動の臨床応用―生理的意義, 病態予測, 予後予測」, 医学書院, 1999
[2] 久手 堅司(監修), 「面白いほどわかる自律神経の新常識」, 宝島社, 2021

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