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不安や悩みは仮想化装置とともにやってくる | 広告から離れて生きる

こんにちは@tateshina_lifeです。

今日は刹那的な瞬間に全てを捧げることの大切さについて書いてみます。何度も書いていることですが、僕自身忘れてしまうことがあるので「今この瞬間に思い出して行動する」ために書き起こします。

”今ここ”を「マインドフルネスですよね」と言葉で整理して納得することは簡単にできると思うのですが、それを実践し続けることは難しいのです。

世の中にはあなたを”今ここ”に存在させないための色々な仕掛けや思惑が張り巡らされています

その最たるものは広告であり、会社などの組織です。それらはお金を稼ぐために人々に幻想を見せ、所属に基づく承認欲求を生み出します

”今ここに実在しない”ということは”仮想的”なものであると言えます。その意味で広告や組織は仮想化装置です。そしてその仕組みの基盤であるお金は人類が生み出した最強の仮想化装置のひとつです(言語がもうひとつ)。

仮想化装置を用いることにより人間は対象となる事象(人そのものも含む)を実体よりも大きくしたり速く動かしたり、組織的に機能させたりすることが可能です。

この装置が人類の(経済的)発展に大きく寄与し、結果として社会が抱える全体最適としての危険(飢餓や疫病、戦争など)を減少させてきたことはは皆さんの知るところです。

一方で仮想化装置はあくまでも装置でありシステムです。

システムは目的志向であり、目的は未来の話をします

未来のことを考えることは”今ここ”とは全く異なる行動です

そこからは悩みや不安がもたらされます。悩みや不安は本来”今ここ”で幸せであるはずの人々の頭を揺さぶり、結果として心や身体が苛まれていきます。

抽象的な話をしてきましたが、例えば僕がロードバイクのヒルクライムレースに出る時、目標や結果のことを考えるとスタートできないくらいに不安になります。

一方、スタートしてから瞬間のひと踏みに集中せざるを得なくなるとそんな不安は吹き飛びます

次のコーナーを見ることすらありません。身体の重さをペダルに伝えることだけに集中した時、苦しいを通り越して自転車や地面、その周りの世界と一体化した言葉にできないような高揚感をもたらします

”今ここ”のペダリングに集中した結果、ゴールがありました。

汗だけでなく涙も鼻水もよだれも出放題です。オールアウトしているのでそこから少しも動くことができません。その瞬間に全ての幸せがあるのです。

世の中、やりたいこと探しや未来に対する備えなど、色々な”仮想化された言葉”で溢れています。でもそんなことはどうでも良くて、自分の目の前にある対象に没頭し続けるだけで良いのです。

その先に後悔しない人生が”あったことを発見する”のです。

仮想化装置に取り込まれないで。

今、この瞬間のことだけ、です。

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