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グローバルバーティカルSaaSのトレンド:社会構造の変化を捉え、事業機会を発見する方法

こんにちは!NEWhで新規事業の伴走支援をしている谷口です。
今回は欧米を中心に、特に近年で創業されたバーティカルSaaSをピックアップしながら、そのサービスの特徴や既存のサービスが数多く存在するなかで、創業者はどこに事業機会を見出したのか、その背景も含めてみていきたいと思います。

新規事業のシードアイデア創出や、ビジネスモデルのブラッシュアップのヒントになれば幸いです。


ピックアップしたバーティカルSaaS

今回はアメリカを中心に、3つの狙いから特にここ5~6年で創業した10社をピックアップしました。

  • グローバルなバーティカルSaaSのトレンドを知る

  • 既存サービスが少なくない環境下で、創業者が捉えた事業機会の特徴を知る

  • 創業者がなぜその事業機会を捉えられたのか、その背景を知る。

ではひとつずつ、見ていきましょう。

1:Demodesk(AIセールスコーチ/オンラインミーティング・スケジューリングオートメーション)
顧客とのリアルタイムコラボレーション、デモフロー、デモ分析機能、コンテンツライブラリ機能など、従来のWeb会議ツールにはない製品デモに特化した機能を備える、オンラインセールス支援ツールです。ターゲット顧客は営業担当者で、セールスの際の通話記録と内容分析、セールススキルアップの課題を解消します。

創業者はセールスエンジニアとしてリモートデモで遭遇したデモ中の中断や切り替え操作の煩雑さなど、従来のオンライン会議ツールの課題から着想を得て、オンラインデモ専用のプラットフォームを活用すれば、その品質が大幅に改善できると確信、起業に至りました。

2:Persefoni(カーボンフットプリント分析)
企業の温室効果ガス排出量の算出・報告・削減をサポートするSaaSプラットフォームです。ターゲット顧客は、環境への影響管理が課題となっている企業で、排出量の正確な測定と削減への取り組みをサポートします。

排出データの収集・計算に特化したAIモデルと、規制への自動対応機能が強みです。従来の排出量測定ソフトウェアでは対応が困難だった精緻なデータ解析とレポーティングが可能です。

3:Cyral(クラウドネイティブ・データセキュリティサービス)
データセキュリティとガバナンスのためのクラウドネイティブセキュリティプラットフォームです。ターゲット顧客は、クラウドデータの保護と規制遵守が課題となっている企業で、セキュリティソリューションを提供します。

クラウドリソースへのアクセスを常時モニタリングし、異常検知とインシデント対応を自動化する点がクラウド向けに最適化されています。従来のデータ可視化ツールとは異なり、クラウドネイティブのセキュリティ対策が可能です。

創業者はセキュリティ業界のベテランとしてデータセンターからクラウドへの移行に伴うセキュリティニーズの変化を認識し、クラウド時代に合わせた新しいアプローチが必要と判断して本ソリューションを立ち上げました。

4:Aquabyte(水産養殖AIプラットフォーム)
水産養殖業界向けのデータ分析プラットフォーム
を提供するスタートアップです。ターゲット顧客は水産養殖事業者で、AIと画像認識技術を活用し、魚の健康状態や成長をモニタリングし、養殖の効率化を支援します。

水中カメラとAIを用いて魚の行動や健康状態を自動分析する点が独自性の高いソリューションです。従来の手動での観察と比較して、大幅な効率化と精度向上が可能になります。

創業者は水産養殖業の経験から、AIとデータ分析の活用により、持続可能で効率的な養殖が実現できると考えました。世界的な食料需要の増加に対応するため、養殖業のテクノロジー革新に着目しました。

5:Anrok(国際売上税管理)
グローバル展開するSaaS事業者向けの売上税管理プラットフォーム
を提供するスタートアップです。ターゲット顧客はSaaS企業で、各国の複雑な売上税の計算と申告を自動化し、コンプライアンスリスクを軽減します。

AIを活用して取引データを分析し、適切な税率を自動で適用する点が特徴的です。従来の売上税管理ソフトウェアとは異なり、SaaSビジネス特有の課題に特化したソリューションを提供しています。

6:FoodMarble(消化器系ヘルスケア)
消化器系の健康管理をサポートするデジタルヘルスプラットフォーム
を提供するスタートアップです。ターゲットユーザーは消化器系の不調に悩む個人で、食事由来の症状改善をサポートします。

ブレスセンサーで消化器系の状態をリアルタイムに測定し、AIで分析する点が革新的です。従来の食事日記などの手動トラッキングと比較して、客観的で細やかな分析が可能になります。

CEO自身が過敏性腸症候群に悩んだ経験から、消化器系の健康管理の重要性と、データ主導のアプローチの必要性を認識しました。消化器系の不調でQOLが低下する多くの人々を支援する使命感から起業に至りました。

7:Monte Carlo(データ信頼性エンジニアリング)
データ信頼性エンジニアリングのためのデータ観測プラットフォーム
を提供するスタートアップです。ターゲット顧客は、データドリブンな意思決定が求められる企業で、データの品質と信頼性の確保を支援します。

既存のデータ可視化ツールが対象としていない、データパイプラインの異常検知と品質管理に特化しています。データエンジニアリングのワークフロー自体を監視・最適化できる点が新しいアプローチです。

創業者はGoogleでのデータインフラエンジニアとしての経験から、データ活用の現場で「データの品質と信頼性」の重要性を痛感しました。市場の多くのツールが可視化やビジネス指標のモニタリングに偏っており、「データそのものの品質管理」に焦点を当てた独自のソリューションを構想しました。

8:Exodigo(地下埋設物の非破壊検査)
地下埋設物の非破壊探査を行うAIプラットフォームを提供するスタートアップ
です。ターゲット顧客は建設会社、不動産開発業者、自治体などで、地下埋設物の正確な位置情報を非破壊で提供し、試掘調査に伴う手間とコストの問題を解決します。

複数のセンサー(GPR、磁気、電磁波など)を組み合わせ、AIで解析することで地下の3Dマップを高精度で生成します。従来技術の金属探知機やGPRのみの調査と比べ、より広範囲を高速かつ安価に探査可能です。

創業者は以前のスタートアップでのインフラ開発の経験から、地下埋設物の探査の非効率性が工事の大きなボトルネックになっていると認識しました。センシング技術とAIを組み合わせれば、画期的なソリューションを生み出せると考えました。

9:Luminai(ゼロトラストセキュリティ)
ゼロトラストセキュリティのためのAI分析プラットフォーム
を提供するスタートアップです。ターゲット顧客はあらゆる業界の大企業で、ネットワーク上のユーザーや機器の異常行動をAIで検知し、ゼロトラストセキュリティを実現します。クラウド化とリモートワーク化で高まる内部脅威のリスクに対処します。

ID管理やネットワーク監視の情報を横断的に分析し、機械学習で不審アクティビティを自動検知します。ルールベースのSIEMとは異なり、ユーザーや機器の行動パターンを学習することで未知の脅威にも対応し、ゼロトラストセキュリティの運用効率化を実現します。

創業者はサイバーセキュリティ領域のシリアルアントレプレナーです。クラウド化の進展とともに、ID管理とAI分析を組み合わせたゼロトラストソリューションの必要性を感じていました。クラウドネイティブなセキュリティプラットフォームで、あらゆる企業のゼロトラスト移行を支援する構想を持っています。

10:Scribe(自動ドキュメンテーション)
自動ドキュメンテーションAIを提供するスタートアップ
です。ターゲット顧客はソフトウェア製品を提供する企業で、ソフトウェアの使用手順を自動記録し、ガイドコンテンツを生成することで、ユーザーオンボーディングやサポートにおけるドキュメント作成の手間を解消します。

独自のコンピュータビジョンとオブジェクト検出の技術を用い、ユーザーのマウス操作や入力内容からソフトウェアの使用手順を自動で可視化します。操作のキャプチャだけでなく、AIによる最適化されたガイドコンテンツを作成できる点が画期的です。

創業者は前職の製品マネージャー時代に、ユーザーマニュアルやオンラインヘルプコンテンツ制作の非効率性を痛感しました。AIを活用した自動化で、この課題を解決できると直感しました。誰もが直感的に使えるソフトウェアを実現し、ユーザーエクスペリエンスを向上させることを目指しています。

通底する特徴は「対象領域の絞り込みと先鋭化」

リサーチ対象の10社に通底するバーティカルSaaSの特徴としては、テクノロジーの革新により実用性を増したAIの活用はもちろんですが、従来のサービスに比べてより深く入り込み、業界の慣習やプロセス、ステークホルダーの関係性など、ドメイン知識を活かしたサービス設計により、汎用的なソリューションでは対応しきれない、特有の課題解決を実現している点にあります。ターゲットとする顧客とその課題を広く捉えるのではなく、従来よりもより狭い範囲ながら、顧客により理想的な体験を提供することに特化していると言えます。

既存サービスがあるなかで見出した事業機会とは

バーティカルSaaSのプレイヤーがすでに数多く存在する中で、後発のスタートアップが新たな事業機会を見出すことは容易ではありません。そのなかでも近年創業のバーティカルSaaSは、3つの観点から新たな事業機会を発見しています。

・既存サービスでは対応できない業界特有の課題への着目
Demodeskがオンラインセールス時の製品デモで生じる課題に特化し、先行のウェブ会議ツールとは一線を画したように、先行サービスが対応しきれていない、業界特有の複雑な課題やニッチな需要に焦点を当てることで、ターゲット顧客へ訴求し、差別化を図っています。

・進歩したテクノロジーの最大活用
Aquabyteの画像認識AI、Monte Carloの機械学習と、パフォーマンスと精度が増したテクノロジーが実用レベルに達したことで、近年創業のバーティカルSaaSはその能力を存分に活用、思い描く理想形が実現できると判断し、サービス化を果たしています。

・業界の変革期を捉えた新たな価値提供
Luminaiが捉えたゼロトラストセキュリティの需要の高まり、企業のカーボンフットプリント管理需要の流れに目を付けたPersefoni、AnrokのSaaSのグローバル展開による多国間の売上税管理の煩雑さと、社会構造の変化や深まりによって、業界にどのような課題が生じるのかを詳細にシミュレーションし、事業機会を見出しているように見えます。

創業者が事業機会を見出すことができた理由

近年創業のバーティカルSaaSが見出した事業機会の特徴を見てきましたが、気になるのは創業者たちは「なぜ、その事業機会を捉えることができたのか」その理由の部分です。10社の創業に至る経緯を俯瞰してみていくと、私たちが再現性を持って実行できる5つの特性が見えてきます。

・当事者としての高い課題解像度
創業者自身が業界の当事者、あるいは当事者に極めて近い立場
にあり、業界特有の複雑な課題や非効率性を詳細に理解している。

強い共感と情熱、実現させたい理想像を持つ
業界の課題や顧客のニーズに対する強い共感、明確な「実現したい理想形」を持ち、そこに立ちはだかる課題を認識し、解決に情熱を注ぐ姿勢が見られる。

・テクノロジー革新を具体的な能力に置き換える発想力
最新テクノロジーができること」を業界や業務の文脈で捉え直し、革新的なソリューションを構想する力を持つ。

・豊富で多様な情報収集と知見の融合
業界動向やテクノロジーの進歩の情報を数多く収集し、自身の経験と融合させて新たな洞察を生み出す。

・大局観と自身の領域への影響予測力の両立
業界の全体像を俯瞰しつつ、社会や業界構造の変化がどのような影響をもたらすか、具体的にイメージする能力を備えている。

日本での起業や新規事業に活かすためには

ここまで近年のグローバル・バーティカルSaaSの特徴を見てきましたが、得られたヒントを日本での起業や新規事業のアイデア創出に活かすために、気を付けたい点についても触れたいと思います。

・着目領域
これは近年に限らずですが、バーティカルSaaSが解決できる課題が多く残る業界/業種には注意を払いたいところです。グローバルでは不動産、政府系、Eコマース、製造業、金融、日本でプロダクトが多いのは医療、飲食、不動産、ロジスティクスですが、累計調達額が多いのはHR、小売と、まだまだ成長途中という様相です。

出処:”Vertical Software: A Founders Guide to Success”,Bessemer Venture Partners より)
セクター別のプロダクト数:One Capital 「バーティカルSaaSカオスマップ」より
セクター別の類型調達額:One Capital 「バーティカルSaaSカオスマップ」より

日本に残る商習慣や法改正へのアンテナ

グローバルSaaSの分析の中でも社会構造の変化の波に乗ることの重要性を確認できましたが、日本でのSaaSではいい意味でも悪い意味でも日本独特の「ガラパゴス」による課題の解消は、大きな事業機会として存在していることは近年に限らず、忘れてはならない点です。国内SaaS企業の多くが、この機会を得てビジネスに繋げています。

また、ロジスティクス業界の「2024年問題」のように、法改正による新たな課題の発生も、審議の最前線やそれを決定する委員や研究者といった「インサイダー」の動向から常に注視しておきたいところです。

国内SaaS ARR上位30社:UBベンチャーズ「SaaS Annual Report 2022 ‐ The Key to Industry Transformation ‐」より

・ビジネス成立のためのサイズの確保
スモール・ニッチ戦略でも国を跨いだサービス展開によってサイズを確保することが可能で、資金調達も見込めるグローバルなSaaSとは違って、日本国内を主戦場にサービスを展開する際に付いて回るのは「サイズの確保」です。

筆者作成

価値を提供しやすく、比較的短期/小規模でスピーディーに上市しやすいのがバーティカルSaaSですが、日本国内の課題の大きさ、裾野の広さが確保できるのかは検証しなければなりません。

特に大きなサイズを期待される大企業での新規事業では、中心的なサービスと合わせた複数のポートフォリオを揃えていくことでサイズを確保することも必要な場面が想定され、スピードを求めるにあたってはM&Aによる非連続な成長も大きな選択肢の一つになりそうです。

さいごに

今回は近年のグローバルなバーティカルSaaSのサービスと、創業に至る経緯から、事業機会の特徴やその捉え方、その学びを日本でどう活かすかについてみてきました、思いのほか長くなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?

日本よりもSaaSが市民権を得ている欧米にあっても、SaaSによる課題解決の流れが止まらず、事業機会の余地は残されているということは、起業や新規事業の担当者にとって期待が持てるところです。

ただし、創業者に共通して見られた「当事者としての解像度の高さ」と「どうしてもかなえたい理想形」、「強い共感や情熱」は必ず備えていた要素として改めて認識できました。これらの要素を備えながら、海外も含めたテクノロジーの進歩と社会構造の変化を注視し、絶えず理想形の実現をイメージし続けることが扉を開くことに欠かせません。

今回の内容が少しでも皆さまのヒントになれば幸いです。


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