見出し画像

論文紹介 政治エリートが決断を下すとき、その思考はどうなっているのか?

最近の政治学で進展が見られた分野の一つとして、エリートを対象とした政治心理学的研究が挙げられます。政治家、行政官、軍人などのエリートは非エリートとは異なる固有の考え方を持つことが多いことが示唆されており、その違いが政策選択に影響を及ぼしている可能性が検討されています。

政治学者のアレクサンダー・ジョージは、研究史の早い時期にエリートの思考過程に注意を払っていた先駆者の一人であり、1969年の「オペレーショナル・コード(The ‘Operational Code’)」は有名な業績として位置づけられています。もともとランド研究所で出された報告書ですが、ジャーナルでも掲載されました。

George, A. J. (1969). The ‘Operational Code’: A Neglected Approach to the Study of Political Leaders and Decisionmaking. International Studies Quarterly, 13(2): 190–222. https://doi.org/10.2307/3013944
ランド研究所で出された報告書のバージョンについては以下を参照
https://www.rand.org/pubs/research_memoranda/RM5427.html

冷戦期のアメリカはソ連の行動を理解し、それに対応する必要に迫られていましたが、ソ連の指導者の考え方について十分な理解を持っていたわけではありませんでした。ランド研究所で勤務したロシア出身の政治学者ネイサン・レイテス(Nathan Leites)は『ボリシェヴィズムの研究(A Study of Bolshevism)』(1951)でソ連の指導部のエリートが意思決定に適用する信念を評価するための枠組みとして、オペレーショナル・コード(operational code)という概念を導入することを提案しています。オペレーショナル・コードは、日本語にそのまま訳すならば行動規則ですが、現在でもオペレーショナル・コードとそのまま表記されることが一般的だと思います。レイテスは、ソ連指導部のエリートの信念が、単に社会主義イデオロギーだけで形成されているわけではなく、ロシア革命の指導者ウラジーミル・レーニンが持っていたパーソナリティ、ロシアの政治文化の特性にも影響を受けていると主張しました。この研究を引き継いだのがジョージの論文です。

ジョージは、レイテスの著作を評価していますが、オペレーショナル・コードの概念をより操作しやすいものへと再定義する必要があると考えました。ジョージが再定義したオペレーショナル・コードは、指導者がその指導者が持つ政治的信念が組み合わさった体系であり、思想的信念(philosophical beliefs)と手段的信念(instrumental beliefs)という2つの部分で構成されています。ジョージは、指導者が持つオペレーショナル・コードの内容を調べるために、以下のような10個の調査項目を挙げています。

思想的信念
1、政治的な生活(political life)の「本質的」な特性は何か。世界は本質的に調和か、それとも対立か。政敵の根本的な性質は何か。
2、自分の基本的な価値と願望が最終的に実現する見通しはどのようなものか。この見通しに関して楽観的になれるのか、それとも悲観的にならざるを得ないのか。それらは互いにどのような点において異なっているのか。
3、政治的な将来は予測可能か。どのような意味で可能か、また、どの程度まで可能か。
4、個人は歴史の展開をどの程度まで「制御」または「支配」できるのか。歴史を望ましい方へと「動かし」、「形作る」上で個人の役割は何か。
5、人類の問題や歴史の展開における「偶然」の役割の何か。

手段的信念
1、政治活動の目的、あるいは目標を選択するための最良のアプローチは何か
2、行動の目標はどのようにして最も効果的に達成されるか。
3、政治行動のリスクはどのように計算され、管理され、許容されるか。
4、自分の利益を拡大するための行動の最適な「タイミング」は何か。
5、自分の利益を促進するため、さまざまな手段が持つ有用さと役割は何か。

調査項目を見ると、ジョージが思想的信念が指導者の政治行動の前提となり、幅広い意思決定に影響を及ぼす価値観や世界観を反映しており、手段的信念はより具体的な行動方針の選択に影響を及ぼす部分的な信念であることが分かります。ジョージは、この調査項目が決して完全なものではないと警告していますが、オペレーショナル・コードを解明できれば、その指導者が対立的な戦略を好むか、協調的な戦略を好むのかを識別する上で有益であることを示唆しています。ジョージの研究で興味深いのは、オペレーショナル・コードは変更されるものと捉えたことであり、思想的信念は手段的信念に比べて変更されにくい性質があると述べられています。そのため、既存の思想的信念は手段的信念を長期にわたって固定し、制限する効果があると考えられています。

このような考察は政権交代に伴う政策変更の可能性を評価する際に慎重さが求められるというジョージの見解とも関連しています。1953年を境にしてソ連の最高指導者の地位はヨシフ・スターリンからニキータ・フルシチョフへと移行していきました。指導部が変化したなら、ソ連の行動にも変化が生じるはずだと考えられます。ジョージとしても、スターリンとフルシチョフの性格の違いは重要な意味を持つと認めていますが、両者のオペレーショナル・コードの中核的な部分は第二次世界大戦の経験の影響を受けている可能性が高く、それが直ちに変化すると考えにくいと指摘しています。

ジョージの議論は、政治心理学のアプローチを国際政治学に取り入れようとしたロバート・ジャーヴィスの著作『国際政治における認知と誤認』(1976)ともよく合致しています。いったん受け入れた信念を人間は簡単には手放そうとせず、それは新しい情報を学習しても簡単に変更できません。このような信念を変化させるのは指導部の世代交代によるところが大きいとジャーヴィスは述べています。これはジョージが述べたオペレーショナル・コードの固定性、非柔軟性を改めて指摘したものと解釈することができるでしょう。過去の紹介記事へのリンクはこちらです。

ジョージはソ連の政治家を念頭に置いて研究を行っていましたが、後になってアメリカの政治家としてヘンリー・キッシンジャーを対象にベトナム戦争に関する交渉行動と彼のオペレーショナル・コードの関係を分析した研究も出ています。これはキッシンジャーの公表された声明を資料として使っています。

Walker, S. G. (1977). The interface between beliefs and behavior: Henry Kissinger's operational code and the Vietnam War. Journal of Conflict Resolution, 21(1), 129-168. https://doi.org/10.1177/002200277702100107

最近の研究では、ロシアのウラジーミル・プーチンの声明をまとめたテキスト・データを使ったオペレーショナル・コードの分析も行われています。ダイソン(Stephen Benedict Dyson)とパレント(Matthew J. Parent)の論文では、内容分析(content analysis)の手法を使って2016年までのプーチンの声明を分析しています。

プーチンのオペレーショナル・コードは全体として世界の主要な指導者と大きく異なるものではありませんが、思想的信念の4番目にあたる歴史の展開を支配できるという信念に関しては世界の他の主要な指導者よりも高いスコアが出ていることが報告されています。これは歴史の流れを変えることができるはずだという信念が相対的に強いことを意味しています。ちなみに、2014年のウクライナに対する武力攻撃に関してプーチンはアメリカやNATOの敵対的措置に対抗するものと述べるようになりましたが、著者らは実際にはそのような見方を採用したのはウクライナ危機の後であったと評価しています。

Dyson, S. B., & Parent, M. J. (2017). The operational code approach to profiling political leaders: understanding Vladimir Putin. Intelligence and National Security, 33(1), 84–100. https://doi.org/10.1080/02684527.2017.1313523

今後、テキストの定量的分析の技法がさらに発達していけば、オペレーショナル・コードの意義もさらに高まると思います。エリートの特性だけでなく、最近のプーチンの分析のような個人の信念体系の特性を定量評価できるようになれば、政策立案においても有益でしょう。

関連記事

調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。