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どんな政治家が戦争を始めるのか?『なぜリーダーは戦うのか?』の紹介

政治学の研究者は戦争の原因を説明するためにに、いくつかの要因が作用していることを理論的に想定することが一般的です。国際システムの要因が作用していると想定する場合は、勢力均衡の安定性や国際レジームの有効性を調べ、国内の政治システムの要因が作用していると想定する場合は、政権の支持層の意向や民主的な権力分立の程度を調べます。

しかし、意思決定に関与した個人、つまり政治家の性格や属性を調査する研究者はこれまで多くありませんでした。Horowitz、Stam、Ellisはこの研究テーマに取り組み、計量的アプローチを駆使することで、どのような特性を有する政治家が戦争を始めやすいのかを解明しようとしています。

Horowitz M.C., Stam A.C., Ellis, C.M. 2015. Why Leaders Fight. Cambridge: Cambridge University Press.

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一国の指導者となった政治家が、武力紛争に繋がる危険な対外政策を選択する確率は、その生立ちや職業経験によって左右されるというのが著者らの立場です。1875年から2004年までに国家の指導者だった政治家の背景を40項目にわたって調査し、Leader Experience and Attribute Descriptions(LEAD)というデータセットにまとめました。著者らが分析している項目は(1)軍歴、(2)学歴、(3)職業、(4)生立ち、(5)家族、(6)経済状況・健康状態を網羅しています(p. 62)。

この研究が非常に興味深いのは、それぞれの政治家の属性を詳しく分析することによって、武力紛争を始める確率が高い政治家に共通の属性があることを示していることです。イランのアヤトラ・ホメイニ(99%)、ドイツのアドルフ・ヒトラー(98%)、中国の毛沢東(99%)、イラクのサダム・フセイン(98%)、ソ連のヨシフ・スターリン(99%)などは武力紛争を開始するリスクが高い属性を持つ政治家だと知っても特に大きな驚きはないと思いますが、アメリカのロナルド・レーガン(99%)が戦争を始めるリスクは、先に述べた彼らと同じ程度であるという分析結果には意外性があると思います(p. 80)。

著者らはどのような政治家の属性が重要であるかを特定しています。まず、軍歴があるかどうかが武力の行使や武力による威嚇を行うかどうかを予測する上で重要な属性であることが分かりました。興味深いのは軍歴の内容によってその政治家が選択する政策に大きな違いが生じるという点です。著者らは軍歴が一切ない政治家に比べると、正規軍あるいは反乱軍で経歴があり、かつ戦闘を経験していない政治家には戦争を始める傾向が強いと評価しています(p. 130-1)。軍務で戦闘を経験している政治家は、軍務についていない政治家と同程度に戦争を避けようとする傾向が見られ、戦争を始める確率は同程度になります。これは政治家の政策決定に個人的経験が強く影響することを示唆しています。

本書では、職業上の経験が政策決定に及ぼす影響を考える上で興味深い分析が数多く示されています。著者らは戦闘の経験がない軍人は対外政策で武力紛争を選ぶ確率が高いと評価していましたが、その次に高い確率が出されているのは自由業(creative)であり、聖職者(religion)、警察(police)、科学(science)、活動家(activist)がそれに続きます。先に取り上げたレーガンには政界に入る前に芸能界で映画俳優だった経歴がありました。反対に武力紛争を始める確率が低くなる属性とされている商業としては、教員(teacher)、非熟練労働者(blue collar)、職業政治家(career politician)、経営者(business career)、報道関係者(journalism)、法律家(law)、貴族(aristocrat)、軍人(military career)が挙げられており、最も武力紛争を始めるリスクが低い政治家は医療関係者(medicine)の経歴がある人物であるとも評価されています。

著者らの研究成果は、政治家の政策選択を理解する上で、家族関係の影響も重要であることを示しています。その影響は必ずしも決定的なものではありませんが、著者らの分析の結果を読む限り、一定の影響を及ぼしています。少なくとも幼少期における家庭環境の安定性に関しては、その後の心理発達に与える影響の大きさから重視する必要があり、家庭環境の不安定性が大きいほど武力紛争を始める確率は高いと予測できることが分かっています。

この研究成果は私たちが選挙で投票する候補を選択するときには、その人物の生立ちを確認すべきことを強く示唆しています。政治心理学の研究が進展すれば、さらに詳細な因果関係も明らかにされていくでしょう。戦争の原因を考える上で指導者個人の要因に注目する意義を確認したよい研究だと思います。

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