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ポスト冷戦の「第四世代戦争論」は現代戦にどのような視座を与えたのか

アメリカの軍事著述家ウィリアム・リンド(William Lind)は戦争様相の変遷に独自の時代区分を与え、今日の戦争様相の特徴を捉える解釈を打ち出したことで知られています。軍事学の世界でこの解釈はさまざまな論争を引き起こしたのですが、それは現代戦の特徴を捉えるための視点を用意したといえます。

議論の発端となったのは1989年、アメリカ海兵隊の『マリン・コー・ガゼット』で掲載された「変化する戦争の様相:第四世代戦争に向けて(The changing face of war: Into the fourth generation)」でした。この記事はリンドを含む5人の連名となっており、第四世代戦争論の原型を提示しています。そこで著者らは現代戦で情報が持つ影響を捉えたドクトリンが必要であることを強調しています。

戦争の様相がどのように変化してきたのかについて、著者らは四段階の時代区分を導入しており、その起点となるのは16世紀に普及した火器を主体にした戦争です。第一世代の戦争の特徴は、マスケットを装備した戦列歩兵が主力としたことであり、この時代には大量の人員の行動を厳格な教練で統制することで戦闘力を発揮してきました。この時代の戦術の名残は、現在でも軍隊が直線的に部隊を配置することへにこだわりを見せるという形で残っており、その戦術行動は機敏さ、柔軟性に欠ける傾向にありました。

第二世代の戦争の特徴とされているのは、小銃、機関銃などの技術革新に代表される火力の向上です。火砲の間接照準射撃は特に戦場に大きな変化をもたらしたとされており、第一次世界大戦で影響が顕在化したと解釈されています。この時期に火力の意義が増加したため、人員の規模が持っていた重要性は相対的に縮小していきました。著者らはこの世代の思想がアメリカ軍の戦術ドクトリンの基礎であり続けていることも指摘しています。

第三世代の戦争の特徴は戦闘力の運用において機動を積極的に活用することであり、これは第一次世界大戦で火力の優越に対応するために発達しました。第一次世界大戦の末期にドイツ軍は突撃歩兵を用いた浸透戦術のドクトリンを開発し、塹壕戦の硬直状態を打破する可能性を見出しましたが、その価値は戦車や装甲車両などの技術革新でますます高まりました。

著者らの見解によれば、第四世代の戦争は第三世代の戦争から変化したものであり、その基本的な特徴として戦争と平和、民間人と軍人の境界が曖昧になったことだと論じられています。第四世代の戦争の範囲は伝統的な意味での武力攻撃に限定されなくなります。小規模な武装集団が国境を越えて活動する、敵対する社会の中に溶け込むことがあり、、あた彼らは国民の戦意を低下させるために破壊工作や情報操作を遂行します。著者らはテロリズムの効果は限定的であるとしていますが、科学技術の発達によりその影響がさらに拡大する可能性があると予見していました。

Hammesは早くからこの第四世代戦争論を肯定的に受け入れた論者の一人です。彼は第四世代戦争では武力による勝利ではなく、情報操作を通じて敵の政策決定者の心理に働きかけることが重視されると主張しました。例えば、敵対勢力の基礎にある支持母体の世論を誘導し、国際社会の世論を味方につけることが、政治的目的を達成する手段となるので、情報通信ネットワークを通じてどのようなメッセージを発信するかが問題になると主張しました(Hammes 1994)。戦術行動の特徴としては、(1)低烈度紛争として複合的分野で遂行される、(2)以前の世代の戦術・技法も使用される、(3)政治的、社会的、経済的、軍事的行動が組み合わされる、(4)これら領域のネットワークを通じて世界中で遂行される、(5)国家主体だけでなく、非国家主体、例えば局地的に活動する行為主体も巻き込んで展開されると述べています(Hammes 1994: 44)。

第四世代戦争論が打ち出した現代戦の捉え方は、2001年にアメリカで同時多発テロ事件が起き、アメリカ軍がテロとの戦いを開始して、アフガニスタンに地上部隊を派遣したことで、多くの論者から注目されるようになりました。そのときの反応は好意的なものばかりではなく、例えばEchevarriaはリンドらが第四世代戦争論を提起したときに依拠した軍事史の解釈は、史実を歪曲しており、特に第二世代と第三世代の区分はまったく恣意的なものであるとして、第四世代戦争論には根拠がないと批判を加えています(Echevarria 2005)。

しかし、ArtelliとDeckroは、その概念に欠陥があることを認めつつも、その洞察の価値が全面的に否定されるわけではないと評価しています。彼らも第四世代の戦争として特徴づけた要素は以前の戦争にもあったことが確認できるので、単純な時代区分に基づく解釈としては成り立たないと指摘しています。ただ、意思や世論を操作する意義は、テロとの戦いにおいて高まっており、住民の認識に働きかけ、支持を集める軍事思想の価値が高まっており、そのことを踏まえたドクトリンの開発が必要であるという点では同意しています(Artelli & Deckro 2008)。

したがって、第四世代戦争論の内容を当初の形ですべて受け入れることはできませんが、メディアの発達に伴って戦争に関する情報を制御することの重要性が高まったことは確かです。リンドやハメスなどの視座によるならば、戦争は物理的な殺傷を通じて敵の能力を低下させるだけ完結する行為ではなく、標的とする集団にその損害の程度を知らせ、政府や軍隊に対する信頼を低下させるように認知を操作することで、より大きな効果を発揮するはずです。今後の軍事学では、このような情報的側面を考慮に入れて戦争のメカニズムを研究することが必要とされるでしょう。

参考文献

  • Lind, W. S., Nightengale, K., Schmitt, J. F., Sutton, J. W., & Wilson, G. I. (1989). The Changing Face of War: Into the Fourth Generation. Marine Corps Gazette, 73(10): 22-26.

  • Hammes, T. X. (1994). The Evolution of War: The Fourth Generation, Marine Corps Gazette, 78(9): 35-44.

  • Echevarria, A. J. (2005). The problem with Fourth-Generation War. US Army War College Strategic Studies Institute, Editorials. 279. 

  • Artelli, M. J., & Deckro, R. F. (2008). Fourth generation operations: principles for the ‘Long War.’ Small Wars & Insurgencies, 19(2), 221–237. https://doi.org/10.1080/09592310802061372

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