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夥しい怪異と救われない恐怖『魂消怪談 怪ノ目』(冨士玉目/著)著者コメント+試し読み(収録話「会議で言いたかったこと」全文掲載)

「玉目! おまえ怪談は金輪際やらねえっ!って云ってたけど、出汁きいてんじゃねえかよッ!」 ――平山夢明

あらすじ・内容

「人間って内臓が穴からこぼれちゃうんだね。製麺機からにゅるにゅる出てきた生麺みたいに…」 
収録話「事故物件じゃないの?」より

目を凝らせばそこここに浮かび上がるのは、夥しい怪異と救われない恐怖――冨士玉目の目にはなにが見えているのか。
・廊下に充満した悪臭の原因…母子による絶望のメッセージの行方「会議で言いたかったこと」
・夜中に突然、娘の口から発せられるしわがれた男の声「縁もゆかりもない」
・山が啼くという奇妙な言葉の驚愕の真実「アがなく」
・叔父が描いた絵に隠された忌むべき秘密「女神の絵」
・いつも旨いお茶を入れる事務所の子の様子がおかしい、やがて知る不可解な出来事「茶の味」など。
人気シリーズ「怪談四十九夜」の掲載作の再録とともに書下ろしを加えた48話を収録。

著者コメント

自分が幼い頃、テレビでは心霊写真特集がばんばんやっていたし週刊誌や漫画誌にも怪談特集がどんどこされていて、部屋を暗くしては怖い話をして遊んでいたけれど、オトナになってもあまり変わらないどころか、ずいぶん贅沢に怪談を愉しんでるなあと思う。でもそれはオトナの特権かもね。もっともっと怪の目になって愉しんでください。

冨士玉目より

試し読み

会議で言いたかったこと

 コロナ禍を経て、ヒロキさんがオンラインで仕事をするようになって三年目のこと。
 その日もオンライン会議が始まり、プロジェクトメンバー六人が画面に集まった。
 ところが、今日の資料作成を担当しているRがいつまで待っても顔を見せない。
 ネットは接続されており、彼の名前といつもの背景は表示されている。本人だけが見当たらないのである。五分ほど雑談をしたが、やはりRは不在のまま。仕方ないので残りのメンバーでミーティングを始め、会議を録画することにした。
 異変が起きたのは、会議から三十分ほどが経った頃だった。
 R本人が不在の画面に、いきなり二、三歳くらいの男児が現れたのだ。
「え、Rさんの子?」
「いやいや、彼は独身でしょ?」
 みんなで話しかけてみるものの、男の子はニコニコ笑っているばかりで反応がない。
「もしかして、音声がミュートなのかな」
「いや、マイクのアイコンは点いてるよ」
 ひとまず「邪魔してるわけでもないし」と、そのまま会議を続けることになった。
 ところがそれから約五分後、今度は母親らしき女性が入ってきた。
 女性は子供の隣に座ったが、こちらを気にする様子もない。みなで呼びかけてみたものの、男児と同様にリアクションは返ってこなかった。
 これには、さすがにメンバーもざわつき始めた。この親子はRの妻子なのだろうか。
 だとすれば問題だし、そうでなければ大問題だ。そもそもRがいない時点でおかしい。
 そうは言うものの、向こうとコンタクトが取れない以上どうしようもない。
 進行リーダーを務めていたヒロキさんは、「Rも来ないし、議題も確認できたから、
 今日はこのへんにしておきましょう」と、オンライン会議を終了させた。

 その夜、ヒロキさんは議事録を作ろうとオンライン会議の録画を見直していた。
 それぞれの発言を文字に起こしながら「それにしても、あの男児と女性はいったいなんだったんだろう」と考える。
 三十分あまり経過した頃、例の子供が映り込み、まもなく女性が隣に腰を下ろした。
 ふたりをぼんやり眺めていたヒロキさんの、キーボードを打つ手が止まる。
 親子は、なにかを言っていた。
 嘘だろ。オンライン会議中には声なんて聞こえなかったぞ。
 カーソルを数分前まで戻し、ボリュームを上げる。ヘッドフォンから子供と女性の声が重なって聞こえてきた。
「となり――たすけて――」
 ふたりは、そのセリフを繰り返している。メンバーが会話している背後で、母と子はぼそぼそと同じ言葉を連呼していた。
 なにこれ――思わず声に出した瞬間、スマホがSNSのメッセージ着信を知らせた。
『今日はミーティングに出られず、すいません』
 Rからのメッセージだった。
 彼によると「会議の用意をしていたはずが、いきなり寝落ちしたように意識が飛んで、気が付いたら今の時刻になっていた」のだという。
「みんな怒ってるだろうと恐る恐る連絡したんですけど、会議は大丈夫でしたか?」
「いや、会議なんかどうでもいいから」
 そう返信すると、続けてヒロキさんは「この親子って誰?」との短いメッセージに、録画した映像を添えてRに送った。
 数分後、Rから返事があった。
「親子ってなんの話ですか? なにも映っていないと思うんですが――」
 驚いて、急きょ他のメンバーにも同様の映像を送ったが、全員から「録画にはなにも映っていない」と、戸惑いぎみの返信が届いた。
「確かにリアルタイムでは親子らしき人たちが見えてましたよね」
「でも、映像にはいないんです。僕らは画面の向こうに呼びかけてるんですけど」
 メンバーの答えに、ヒロキさんはますます混乱した。
 画面の謎はともかく、肝心なのは親子が発した「となり」「たすけて」のセリフだ。
 あれはどう考えてもSOSとしか思えない。Rの隣人に何かが起こったのだ。
「R、隣の住人がどうなっているか確認してくれ! なんなら警察に連絡を!」
 スマホへ齧り付くようにして訴えると、Rは「無理ですよ」と答えた。
「なにが無理なんだよ! 両隣の部屋を確認するくらいできるだろ!」
「だって――自分、角部屋なんですよ。おまけに反対側は空き部屋だし」
「そう――なのか」
そのまま、話は「不思議なこともあるね」との結論で終わってしまった。

「まあ結局、真実は違ったんですけど――」
 いきなりヒロキさんが声を落とした。
「それから一週間ほど経って、私が住むマンションの廊下に異臭が充満し始めたんです。悪臭の原因は、私の隣室でした」
 そこで彼はようやく「そういうことか」と気が付いた。
 あの親子は、ヒロキさんに訴えていたのだ。
 助けて。隣にいるよ、と。
「のちに知ったんですが、隣には母子が住んでいたようです。その母親が急病にかかり亡くなっていたんですよ。子供は生きてたらしいけど、それでも後味が悪くてね――」
 ヒロキさんはすぐに引っ越した。
「以来、ネット会議は苦手です。メンバーも〝また何か映ったら嫌だから〞と私抜きでオンライン会議をするんです。ほんと、仕事がやり難くなりました」
 そう言ってヒロキさんは顔を歪ませる。

―了―

著者紹介

冨士玉目 (ふじ・たまめ)

怪談蒐集家。普段はサラリーマンとしてこっそり生きている。最近知り合いの不幸が妙に多いので、これ以上の深入りは大丈夫なのかとちょっと逡巡しているが…。
共著に「怪談四十九夜」シリーズなど。