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進化する異星人(エイリアン)は感染・変異する── 『ウィリアム・ギブスン エイリアン3 』 [ウィリアム・ギブスン、パット・カディガン] 冒頭「1」「2」を全文公開!

リドリー・スコットが作り上げた世界をジェームズ・キャメロンがさらに発展させ世界的大ヒットとなった『エイリアン2』。
その続編の脚本家として指名されたのが、当時〝サイバーパンク〟でSF小説界に革新をもたらしたウィリアム・ギブソン。
しかし、その脚本は様々な事情によって映像化されることはなかった。
「エイリアン2」で生き残ったリプリー、ヒックス、ニュート、ビショップの4人の運命をギブソンはどう描いたのか?
約30年の時を経て、ギブソン版『エイリアン3』の全貌があきらかとなる。


 ホモ・サピエンスは、およそ三十万年のあいだ満天の星をただじっと見上げ続けてきた末、ついにその無数の光の点を目指して生まれ故郷の惑星から飛び立った。それから星間移動が日常的なものに――前の世代にとってフリーウェイ通勤がそうであったように――なるまで、さほど長い時間はかからなかった。
 そのころまでに人類はさまざまな変化を遂げていたが、変わらない面もいくつかあった。すなわち、飽くなき好奇心、競争心、頑迷な縄張り意識であり、そうした特性のせいで人類は同胞どうしで頻繁に抗争を繰り返してきた。その後、異星の知的生命体とコンタクトし、人類は星間移動を実現して間もない文明の子として学ぶべきことがあまりに多いことを、不快な驚きとともに思い知らされた。まず知るべきは距離についてだった。
 惑星で暮らす者にとって、距離の基準はマイルやキロメートルである。しかし、宇宙空間では距離の概念が桁ちがいであるため、光速を基準にして光秒から光年までの単位で測定される。地球上の文明を曲がりなりにも発展させてきた旧来の系統モデルの数々がこのような巨大スケールにおいてはいっさい通用しないことを、人類は知った。
 人類にとって最も大きな調整を迫られたもののひとつが、紛争解決の分野である。地球上のほとんどの社会では、外交や政治の詭弁をちりばめつつ、戦争、平和、戦争、平和を繰り返すのが常だった。
 ところが、宇宙空間では戦争などありえない。敵対する勢力どうしが接近して戦闘態勢に入ったとしても、それまでの移動にかかった膨大な時間のあいだにたがいの状況が変化してしまい、もはや戦う理由がなくなっているからだ。また、宇宙空間の移動が容易になったとはいえ、けっしてそれが安価ではないという事実も要因のひとつだろう。一般的にどの惑星の政府も、破壊されるとわかっていながら艦隊を派遣するような出費を容認できないし、そのような余裕もない。
 さらに、進出可能な宇宙空間がいくらでも広がっているのに領土をめぐって争うことは無意味だ。地球が位置する天の川銀河外縁の渦巻腕にさえ、人類が旗を立てることのできる手つかずの惑星が無数にあるのだ。そうした惑星の多くはテラフォーミング(惑星の地球化)が必要であるものの、テクノロジーに不足はないし、冒険や新規巻き直しを望んでコロニー移住を志願する者たちにもこと欠かない。
 植民惑星〈LV426〉の入植者たちは、全員がその第一陣で、岩のかたまりを少しでも過酷でない場所に変えていくプロセスをになうテラフォーマーだった。〈LV426〉は実際には、安定した恒星のまわりを安定した軌道で公転する一小惑星にすぎない。しかし、そこに眠っている豊富な天然資源が投資者たちにとっては大きな魅力だった。米国太陽系外植民局と民間企業〈ウェイランド・ユタニ〉は、それぞれの投資に見合うだけの価値があるという点で意見と利害が一致した。植民地化に絶大の自信を持つ〈ウェイランド・ユタニ〉は、初代管理官カーティス・ハドリーにちなんで、コロニーを〈ハドリーの希望〉と命名するよう要求した。
〈ハドリーの希望〉の居住者は百五十名におよんだ。テラフォーマーや環境の専門家以外に、研究者、技術者、地質学者、単純労働者、そして彼らの家族がおり、さらに医療、栄養管理、教育、その他のサポート業務に従事する人員が十分に確保された。彼らは昼夜を問わず作業を続け、結果として四十年かからずに呼吸可能な大気を生成し、それまでの五十九年という記録を大幅に更新した。〈ハドリーの希望〉は、政府機関と民間企業がパートナーを組んだらどれほどの成功がもたらされるかという最高の前例となり、その成功は両者が誇れる双頭の王冠に輝く宝石であった。
 ただし、その栄光は、五十七年間の冷凍睡眠から目覚めた女性が突然あらわれて、〈LV426〉にはモンスターが存在する、と主張するまでのことだった。女性は〈ノストロモ〉という宇宙貨物船の下級士官で、その奇怪な生物によって乗組員が全員殺害されたという。彼女以外の乗組員が死んだため船を放棄して爆破するほかなくなり、救出できたのは船にいたネコだけだった。
 同僚がみんな殺されたというのに、ネコだけを助けた? なるほど、誰にでも起こりうる話だろう。
 イカれたネコ好きレディは、まさに疫病神だった。彼女があらわれた直後、〈ウェイランド・ユタニ〉社は入植者たちと連絡が取れなくなった――まるで彼女がコロニーに悪運をもたらしたかのように! そこで海兵隊員からなる救援隊がイカれたネコ好きレディとともに派遣され、問題に終止符が打たれた。その後はニュースで取り上げられることもなく、この話題は世間の意識から薄れていった。多少なりとも興味を持った者も、植民地海兵隊がすべてうまく処理したのだろうと思っていた。世間はいつもそうなのだ。

 あれから四年後、革新人民連合(UPP)の境界警備隊が警報を受信した。一隻の宇宙船が境界に向かって直進しており、このまま針路が変わらなければ、UPPの宙域に侵入することになる。あの道徳観念の欠如した資本主義者たちが何をおいても履行すると誓った条約に対するあからさまな違反行為だ。
 約束を破るのは資本主義者たちの常である。UPPの評議会がひとつだけ驚いたのは、彼らが約束を破るまでにこれほど時間がかかったことだった。

 兵員輸送船〈スラコ〉が〈LV426〉に向けて出発したとき、乗員は十二名の植民地海兵隊員、彼らに配属された合成人間(シンセティック)、加えて二名の民間人――〈ウェイランド・ユタニ〉の社員とイカれたネコ好きレディ――だった。その船が四年後にこうして再び姿をあらわしたとき、睡眠カプセルに入っていたのは、海兵隊員一名、今ではすっかり忘れ去られたイカれたネコ好きレディ、〈ハドリーの希望〉コロニーでただひとり生き残った九歳の少女、海兵隊のシンセティック(もしくは肉体を破壊された彼の残骸)の四名だけだった。
 このシンセティックの損傷は激しく、人間だったら生存はむずかしいし、たいていのシンセティックも助からないだろうが、この一体は特に頑丈なモデルで、過酷な環境に適応するように造られており、武器も含めたさまざまな種類の機器を使いこなせる。
 そうした特性も、相手が怒り狂ったクイーン・ゼノモーフだったとき、残念ながら身を守るのに何ひとつ役に立たなかった。かといって海兵隊の技術や訓練、武器類もさほど役に立たなかったのだが。
 さらに悪いことに、事態はまだ終わったわけではなかった。


 ビショップの全身を包んでいる樹脂フィルムの繭は透明というより半透明に近く、睡眠カプセルの内側が乳白色の凝結粒子におおわれる前でさえ、彼にはすべてがぼんやりとした形でしか見えず、照明が暗くなってからはさらに視界が悪くなった。胴体の途切れている部分に目をやると、ぎざぎざの切断面から何かが生えているのが、かろうじて輪郭として判別できる。だが、目視しなくても、ビショップにはその物体の正体がわかった。わからないのは、それがどのようにして出現したか、だ。
 この物体の成育は、これまでゼノモーフについて得られたどんな知見とも一致しない。どうやらあの恐るべき生物には、想像を超えた謎がまだひそんでいるようだ。あの生物種を創造した知的生命体はきわめて複雑で、その創造物よりもずっと残忍にちがいない。
 ゼノモーフが人為的な遺伝子操作によって生み出されたことに、ビショップは疑いを持っていない。これまで人類は数多くの異星人に遭遇し、彼らを生み出した未知の環境をいくつも目の当たりにしてきた。どの世界においても、自然というものは無慈悲かつ容赦のない力で驚くべき生命形態を生み出す。だが、自然には決まって秩序があり、どれほど凶暴な捕食生物であっても、その環境において存在理由がちゃんとある。ところが、ゼノモーフの行動様式は、既知のシステムにまったく適合しない。
 ゼノモーフは縄張り意識を持っておらず、その概念すらなさそうだ。ビショップの見たところ、周囲の環境の変化は別として、場所という概念すら理解していない。どんな場所にいようとも、彼らにとっては同じ場所――殺戮の場――なのだ。
 ビショップはあとで検証するためにその考えを記憶回路にしまいこんだが、自分に〝あとで〟が残されているかどうかは、はなはだ疑問だった。〈スラコ〉は航路を大きくはずれており、誰かがこの船を発見するころには、彼の胴体内部から生えた成長体が彼の残りの部分をすっかり食いつくし、必要に応じて適応変化しているかもしれない。殺戮衝動のためにこれほど迅速かつ徹底的な生物学的適応を遂げられる生命体を、彼はほかに知らなかった。
 ビショップの知るかぎり、この生物種の第一の、そして唯一の目的は相手を殺すことである。この単純さが実は曲者で、ウィルスよりも大きな生命体では人間が遭遇したことのないものだ。人間というのは〝単純さ〟と〝単純であること〟を同一視する傾向があり、それがゼノモーフの能力を過小評価し、自分たちの勝算を過大評価する要因となった。ゼノモーフと偶然に遭遇したとしても、詳細な記録を残せるほど長く生き延びられる者は少なく、命からがら逃げ延びた者も〝離陸して衛星軌道上から核を撃ちこむことが連中を確実に仕留める唯一の方法だ〟以外の知見を提供できないので、彼らに関するデータはほとんどないに等しい。
 だが、エイリアンはただ単純なのでなく、純粋なのだ。

 警報音はカプセルのせいでやや弱まって聞こえたが、不快な不協和音であることに変わりはなかった。カプセル内の物体以外にも何か問題が持ち上がったようだが、それがカーゴデッキに設置されたセンサーの誤作動なのか、コールドスリープに入る前に検知できなかった損傷によって船体にひずみでも生じ始めたのか、今のところビショップには判断できなかった。
 いや、むしろもっと深刻な問題かもしれない。カプセル内の招かれざるベッドメイトが何かの兆候だとすれば、より大きな現象が見落とされてしまっているはずだ。
 ビショップの睡眠カプセルに近いコンソールが起動し、モニター上をゆっくりスクロールアップし始めたメッセージが、ビショップのニューラル・ネットワーク上のインシデント・ログにも送信されてきた。

  兵員輸送船スラコ
  CMC 846A/ベータ
  非常事態
  条約違反
  参照番号:99A655865
  原因:航行システム・エラー

 警報音がやむと、船のセキュリティ・システムが無個性な女性の声でがらんとした空間に語り始めた。
「船内全体にお知らせします。航行システムの不具合により、スラコ号は革新人民連合・UPPが領有権を主張する宙域に入りました。補助システムが作動し、すでに針路は修正されています。外交権限の不在により、ハードワイヤード・プロトコルが核弾頭の装塡を防止します。現在の修正された針路で航行すれば、スラコ号は一九五八時にUPPの宙域を離脱する予定です」
 航行システムの不具合はよい知らせとは言えないが、切迫した構造上の欠陥よりはましだ。ビショップはそれよりもアナウンスのことが気になった。乗員全員がコールドスリープに入っている状態で、全体アナウンスが流されるのは妙だ。別の不具合かもしれない。何ごともひとつだけ起こるということはないのだから。特に故障はそうだ。それとも、誰かが起きて歩き回ったのか。誰かが、あるいは、何かが。
 それが三人の人間でないことを、ビショップはわかっていた。カプセルの故障であれば別の警報が作動して三人を覚醒させるだろうし、彼らが目覚めたらビショップをこのような状態で放置しておくはずがない。そう、あっと驚くゲストはゼノモーフにちがいないのだ。あれほどの図体と殺意を持ちながら、彼らは身を隠すことに異様に長けている。
 惑星〈LV426〉から来たクイーンは、あらゆる警報をかいくぐって降下艇のランディングギアに密航したあと、ビショップの胸に尾を突き刺して胴体を紙切れのように引きちぎることで、その存在を知らしめた。今にして思えば、クイーンが一体だけだと考えたことも、リプリーがその一体をエアロックから追い出したことですべてが終わったと考えたことも、まったく愚かな判断だった。しかし、あのときは全員がヒックス伍長の心配で頭がいっぱいだったのだ。伍長は強酸性血液による火傷の痛みがひどく、リプリーがどうにか彼の意識を保たせることができたのは、状況を手短に説明するだけの時間だった。
 リプリーはニュートを睡眠カプセルに入らせることにも手を焼いていた。「もう夢を見ても安心よ」とリプリーが言ったとき、少女は希望と不安の入り交じった顔でリプリーを見上げた。彼女の言葉が正しいことを願っているものの心からは信じられない、という表情だった。
 ビショップの身体を樹脂フィルムで包んでカプセルの中に入れたのもリプリーだ。そこまでしなくても損傷しないと彼が保証しても、彼女は可能なかぎりやさしく扱おうと努めてくれた。シンセティックにとっての痛みは、身体に起きている不調を警告する役割を果たすという点では人間と同じだが、身体的な感覚は人間のものと同種ではない。確かに心地よい感覚ではないものの、痛みは体力を奪ったりせず、それを背景ノイズ程度に減衰させれば活動を維持することができる。
 とはいえ、怒り狂ったエイリアンに胴体をまっぷたつに引き裂かれたときは、感覚のあらゆるパラメーターが振り切れた。痛覚ユーティリティが過負荷状態となり、現在でも完全にオフラインになっている。残骸と化した身体に残っているリソースは、論理的思考を維持すること以外には費やされていない。とにかく彼は、任務を終えるかパワーがゼロになるまで最善をつくし続けるようにプログラムされているのだ。
 リプリーはそのことを理解していなかったようだ。おそらく、危険な任務のために造られた人造人間に慣れていないのだろう。あるいは単に、わたしはあなたがシンセティックであることを許している、と態度で示したのかもしれない。
 ビショップは身体状態のために自分の手で彼女をコールドスリープ状態にさせてやれなかったことを、残念に思っていた。彼よりも心に傷を負ったリプリーこそ、やさしさを必要としていたのだ。ただ、もし彼がリプリーをカプセルに寝かせてやっていたら、腹部から何かが生えることになるのは彼女のほうだったかもしれない。彼女だけでなく、三人ともそうなっていただろう。そのとき、人間たちの身が安全かどうか不明だし、それを知る方法もない。
 彼が知っているのは、何ごともひとつだけではすまない、ということだけだ。
 残りのエネルギーを節約するために体内システムがスタンバイ状態を選択したので、ビショップの視界が暗くなり始めた。最後に観察したのは、カプセルのふたの内側の皮膜が厚みを増している点だった。


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書誌情報

『ウィリアム・ギブスン エイリアン3』
ウィリアム・ギブスン、パット・カディガン[著]
入間 眞[訳]

2021年6月30日発売
四六判・並製・書籍
定価:本体2000円(税込2200円)


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