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チョコレートは着るものです。

数年前のある日「わたし、ウィリー・ウォンカになりたいんです」という女性から、衣装づくりの依頼を受けました。(わたしの本業は、オーダーで衣装やウェディングドレスをつくるドレス作家です)

ウィリー・ウォンカとは、ジョニーデップ演じる「チャーリーとチョコレート工場」の工場長。これがまあエキセントリックで不気味なチョコレート工場で、ダークファンタジー好きにはたまりません。

この映画のイメージで、チョコレートの衣装をつくってほしいそうです。しかも、板チョコをまるごと、そのまま着たような衣装を。そんなおもしろい仕事、ぜったい引き受けますよね。

依頼主さんは、講演会やテレビなどのメディアにひっぱりだこのチョコレートバイヤーみりさん。世界中の職人さんのチョコレートを「チョコレートカタログ」にして日本のお客様に紹介し、お届けしてくださるお仕事です。縁あって、そのみりさんのテレビ出演用の衣装をつくらせていただくことになりました。

みりさんのチョコレートカタログ(2018年版)

チョコレートバイヤーというお仕事は、世界中から職人さん手作りの美味しいチョコレートを探し出し、わたしたちに紹介してくれる夢のようなお仕事です。

でも夢のように見えるお仕事ほど、じつはその舞台裏はけっこう大変なものです。みりさんはその大変さをものともせず、チョコを愛し、持ち前の探究心と好奇心でチョコ道を突き詰めて、心から自分の仕事を楽しんでおられる。それがすごいなと思いました。

みりさんのご希望は、この服を着ればひと目で「チョコの人」とわかるように、それから出演の際に自分自身に気合が入れられるような衣装を、というものでした。

それはまさに、ファッションの役割そのものとも言えます。ひと目でどんな人なのかがわかり、その服を着ることで、たとえばふつうの会社員から「○○の人」になれる。そして気合いが入る。そういうときに、形から入るのはものすごく有効なのです。何も難しいことは考えなくても、「それらしい人」になるには服を着替えればいいだけの話です。そのために、ファッションはあるのです。

チョコリボンをあしらった帽子

この仕事はわたしに、いくつかのミラクルな出来事をもたらしてくれました。このnoteでは、制作過程とともに、チョコレートのもたらしてくれた奇跡のいくつかをお話ししたいと思います。


まずはリサーチから

みりさんのイメージする世界観を知るために、まずはリサーチです。ジョニーデップの「チャリーとチョコレート工場」だけじゃなく、同じ原作で1971年版の「夢のチョコレート工場」という映画も観てみました。

この1971年版、もう完全にサイケデリックなトリップ映画でした。それはそれで、わたしには最高に面白かったですけど。(むしろこっちの方がやり切っちゃってて好きかも)


チョコレートの採寸

次に、板チョコの研究です。各社の板チョコの比率を採寸して、「誰がみても板チョコ」のバランスを探します。まさかチョコレートを定規で測ることになるとは。でもこれがけっこう楽しい。

板チョコ比率の研究

さて、ここでひとつの問題にさしかかります。わたし、じつはチョコが食べられなかったのです。ええと、話せば長くなりますが、正確にいうと、体質的に食べられないのではなく、意図的に「チョコ断ち」をしていたのです。しかも、17歳の時から20年以上。

なので、採寸だけしたらあとは、自分では食べずに家族や友人に食べてもらっていました。

約20年間のチョコ断ちの理由

チョコ断ちをしたきっかけは「大学受験」です。わたしはどうしても美大に入りたかったので、17歳の時に大好きなチョコを断ち、願掛けをしたのです。しかし、受験には失敗し、わたしは志望大学に行くことは叶いませんでした。

願いが叶ってもいないのにチョコを食べるのもなと思い、次なる目標ができるまでチョコ断ちを継続することにしました。就職が決まったら食べようと思ってのぞんだ入社試験。漢字テストの対策用に書店で一番安い問題集を買い、最初の10ページだけ解いてみました。すると、本番でその部分の漢字がまるまる出題されたのです。嘘でしょ。ほかにも棚ボタのような幸運がいくつも重なり、内定をいただくことができました。

そんな棚ボタでチョコを食べるのもなんだかね、と思いまして、またチョコ断ちをキャリーオーバーです。そうこうしているうちに、わたしは完全にチョコレートを食べるきっかけを失ってしまいました。しかし、この時わたしには別の興味が芽生えてきたのです。

それは、このままいけば「ドラえもん」のひみつ道具が自前で体験できるのでは、という興味です。

『ドラえもん』に、のび太が未来のお菓子を食べるというエピソードが出てきます。ドラえもんが出してくれたひみつ道具で、のび太はこっそり未来のお菓子を手に入れ、食べてしまいます。その瞬間、のび太の目はパアアアアァっと輝き、あたりには花びらが舞い散ります。そう、そのお菓子は天にも昇る美味しさだったのです。しかし値段がめちゃくちゃ高くてドラえもんにしこたま怒られる。というオチでした。

ということはわたし、このままチョコを絶っていていたら、リアルのび太の気持ちが味わえるんじゃない? という興味が湧いてきたのです。つまり、17歳の時からわたしのチョコレートの味の記憶は止まっているのだから、そのまま数十年たったらチョコレートの味のほうが進化して、わたしは自動的に未来のお菓子を食べられることになるのではないかと。ドラえもんのひみつ道具を体感できるチャンスだとワクワクしました。(小学生か)

まあその思いつきもあり、食べるきっかけを失ったこともあり、わたしがチョコを絶ってから、いつしか20年ほどが過ぎていたのです。

板チョコワンピース

さて、チョコレートの衣装の話に戻ります。

まずは板チョコのチュニックワンピースを作ります。生地はもちろん、チョコレート色のサテンです。着るチョコレートですから、ストンと四角いかんじのシルエットに見えるように。でもそれだと服としてのシルエットがキレイじゃないので、背中にダーツを入れ、後ろ中心を少しシェイプするような形でデザインしました。前は板チョコから割り出した比率でミシンステッチを入れています。

制作過程です。(まだ袖も襟ぐりの見返しもついていない状態)

板チョコっぽさを再現途中

こちらが、完成作品です。↓(写真はお借りしました)この写真では見えにくいのですが、袖口に銀紙みたいな生地もあしらっています。

チョコレートバイヤーみりさん 出典:神戸のタウン誌 月刊 神戸っ子より https://kobecco.hpg.co.jp/30460/

帽子にも、チョコリボンを作りました。

板チョコリボン

板チョコジャケット


ジャケットはパッケージのいちばん外側のイメージです。袖口に銀紙をあしらっているのがポイント。

袖口は銀紙
袖は折り返して着ることもできます
フラップポケットの裏側も
背中にチョコレートを背負ってください!

どうか、背中にチョコレートを背負って、テレビ出演頑張ってください!という気持ちでつくりました。

どうでしょう、ウィリー・ウォンカに近づけたでしょうか。


チョコの奇跡 20年ぶりのチョコレート

チョコレートの衣装が無事に完成し、お渡しする日がやってきました。
みりさんはとてもお似合いで、どこから見ても完全に「チョコの人」でした。よかった!

そしてその日、制作のお礼にみりさんからなんと貴重なフランスのチョコレートをいただいたのです。

ちょ、チョコレート!

ちょっと待って。チョコ断ちをしていたわたしに、とうとう食べるときが来たんじゃない? と思いました。

今日食べずしていつ食べる!


そう思って、わたしは約20年ぶりにチョコレートを食べてみました。チョコレートはぴかぴかです。ハート形がかわいい。

ドキドキしながらひとくち食べたとたん、おおチョコレートの味! (あたりまえだ)

そしてナッツの香りがふわっと広がりました。もはやわたしはリス、ナッツをほおばるリスの気分です。そして思っていたよりもしっかりと甘い、どこかなつかしい感じのするチョコレートでした。

おいしいいいいいいいいい。


のび太くん、これが未来の味だったのね。そりゃキラキラ目にもなるわ。

わたしにとっての「未来のお菓子」は、フランスの職人さんが作るあたたかみのあるチョコレートでした。

そうか未来はなつかしかったんだ。わかったよ、ドラえもん。


チョコの奇跡 チョコレート・シンクロニシティ

数年後、とある年末のパーティの席でみりさんに偶然お会いし「チョコの服、ほんとうに大切にしてよく着ています」と声をかけてもらいました。

「うれしいです」とわたしは答えました。

たしかに、みりさんがたくさんのテレビ番組に引っ張りだこなのは知っていました。いつも番組を拝見し、かげながら応援していましたが、直接そう言っていただけるとやはりとてもうれしいものです。わたしのつくった衣装が、出演時の「気合い」「つかみ」になっているのなら、服をつくる者としてこんなにうれしいことはありません。

そしてみりさんは、こう言ってくださいました。
「それで、ちょっと先にはなるんですけど、またテレビに出演するので、今度は長めの丈でワンピースを作って欲しいんです」

「ぜひ、作らせてください」もちろんわたしは即答しました。

でもその時はそのままで、その後もしばらく連絡がありませんでした。テレビやお仕事の予定が急に変更になることはよくあることなので、しばらくそのまま様子をみることにしました。

ある日、仕事の用事で神戸から京都へ向かっていたときのこと。ちょうど電車の中で、「シンクロニシティ」に関する本を読んでいました。シンクロニシティとは、「意味のある偶然の一致」のこと。そのひとのことを考えていたら街でばったり会った、とか、求めていた情報が手に入ったとか、漢字テストが全部当たった、とかそういうやつです。

シンクロニシティかあ、わたしにもそんなのが起こるとおもしろいな。と思って目を閉じ、ぱっと目を開けてみることにしました。たまたま目に入ったものに何か意味があるかもしれないと思ったのです。そして目を閉じ、パッと目を開けたら窓の外にはなんと、

どどーんと。

大きなチョコレートがありました。

明治のチョコレート工場です。そしてその翌日、みりさんから正式にチョコレート衣装の2着目のオーダーがありました。まさにシンクロニシティ。これもまた、チョコレートの奇跡です。おチョコさま、すごいな。

2作目のワンピース

そうして、2作目のワンピースの制作に入ります。1作目で少し苦戦したミシンステッチですが、生地裏に貼る芯をいくつか試作し、改良することによって、より完成度をあげることに成功しました。そうして完成したのが、チョコレートワンピースです。今回のステッチは前中心のみにして、すっきりと。

1作目より少しスッキリとした大人のチョコレートになったでしょうか。このワンピースは、2018年、NHK「世界はほしいモノにあふれてる」にみりさんが出演されたときに着ていただきました。司会はJUJUさんと三浦春馬さんでした。

チョコの奇跡 書店員さんとの会話

2020年秋、みりさんが本を出版されました。いままでのチョコレートの旅をまとめられたたのしい本です。

この本の表紙ではなく「帯」にチョコの衣装を着たみりさんが写っています。だからわたしとしてはなんとしてでも「帯」つきで欲しかったわけです。

帯はきっと多めに刷るだろうから、アマゾンで買ってもついてくるとは思ったのですが、なんとなく心配だし、やっぱり本屋さんに行って買おう。と三宮の「ジュンク堂」さんに行くことにしました。

書店にはみりさんの本が平積みで置いてありました。たくさん置いてあるのを見たらやっぱりうれしくて、並んでいるところを写真に撮りたいなぁと思ったのです。そこで、近くにいた女性の店員さんに許可を取ろうと声をかけました。

「あの、この本、買わせていただくのですけど、並んでいるところも写真に撮らせてもらってもいいですか? どこかに公開したりはしませんので」

「…この本ですか? 」

小柄で若い女性の書店員さんは、少し怪訝なようすでした。そりゃそうですよね、その本を買うというのに、本が並んでいるところまで撮る目的がわからない。

「ああ、すいません。あの、この帯に写っている服をつくらせてもらったので、記念にと思いまして」

「ああ、そうでしたか。そういうことでしたら、他の本の表紙が映らないようにしてもらったら大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

「あ、この方、知っています! テレビとかにも出られてますよね」

書店員さんは、わたしの行動の理由がわかって安心したのか、気さくに話しかけてくれました。

「そうなんですよ!チョコレートバイヤーさんで、よくテレビに出られてます」わたしは答えました。

「『世界はほしいモノにあふれてる』にも出られてましたもんね。わたし、せかほし好きで、よく見てたんで覚えてます。…三浦春馬さん…いい俳優さんだったのに…」

「ですよね。わたしもなんか、すごくファンだったっていうわけじゃないんですけど、いい俳優さんだったので、ショックで…」

「そうなんですよ。なんか、引きずっちゃって…」

「わかります…」

そうしてわたしたちは、少し、彼について話をしました。そのときわかったのです。わたしたちは思っていたよりもずっと、傷ついていたのだと。そして、その悲しみを打ち明け、誰かと分かち合いたかったのだということに。

こうして、名前も知らないもの同士がことばを交わし、ひとつの気持ちを共有する。たったそれだけで、救われることもあるのだと思いました。


「幸福のチョコレート」を探しにどこまでも


みりさんの本にこうありました。

チョコに人生を懸けた無名のチョコレート職人を集めて、紹介する。それが、私の仕事です。チョコレートバイヤーとして、誰かの“人生で一番のチョコ”を探して届ける職人でありたいと思っています。

木野内美里(チョコレートバイヤーみり)『「幸福のチョコレート」を探しにどこまでも』新潮社


ショコラティエにとってのチョコは、人生を懸けてつくるもの。
チョコレートバイヤーさんはそれを集めて届ける職人。
わたしにとって服は、着てもらって、ちがう自分になってもらうもの。
書店員さんにとっては、本は新しい世界と人との出会いをつくるもの。

そうやってみんなの仕事への愛が、あるとき「チョコ」というものでつながって、重なりあう。お互いの存在を知らなくても、微妙につながりあって、それぞれの場所で、それぞれの奇跡が生まれる。たとえばそれを、愛と呼びかえてもいいのかもしれません。

つまり世界は、そういうものであふれていると思うのです。

ショコラノゼット ナッツハート




ドレスの仕立て屋タケチヒロミです。 日本各地の布をめぐる「いとへんの旅」を、大学院の研究としてすることになりました! 研究にはお金がかかります💦いただいたサポートはありがたく、研究の旅の費用に使わせていただきます!