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【書店員ってブックカバー折るの上手すぎるだろ問題】

私はブックカバーを折るのがとんでもなく下手だ。
元々手先が器用な方ではないというのは自覚していたのだが、この仕事を始めてから、改めて己の不器用さを認識するようになった。

勤務先の書店で使うブックカバー用紙には『文庫』『新書』『四六』などと書かれた折り印が紙の両端に小さく記載されており、それに沿って折るだけでサイズに合ったカバーが完成する仕様になっている。
これは他の書店さんのものと比べるとかなり親切なつくりだと思う(八重洲ブックセンターさんのカバーはレベル鬼)。
入りたての新人も一週間ほどでマスターできるので、数多ある書店業務のなかでもイージーな部類のものであると言えよう。

にも関わらずだ。
私はこの作業がすこぶるダメなのである。
分かっている、こんなの非常に簡単なことだと。折り線と紙の角を合わせ、まっすぐすーっと力を加えるだけの単純作業など小学生でもできる。しかし三十一歳の私には、たったこれだけのことが恐ろしいほど手強く感じてしまう。なぜかまっすぐに折れない。もはや紙が意志を持っているのではないかと思うほどに。

様々な方法を試した。
●途中で線がズレないよう、爪の先が真っ白になるほどの力で紙を押さえつけ、ありったけの集中力で折っていく。
●圧をかける指の微妙な振動を抑えるため、太いマッキーの腹を使ってぐっと線を引く。
●息を止めて一気に折る。
●出勤前にイメージトレーニングをする。
●表情に気合を込めて情熱を注ぐ。
●一日禁酒してみる。
●逆に二日酔いで挑む。
●自己流の瞑想をする。
●アーメン。神に祈る。

社員さんや学生アルバイトの子たちにもアドバイスを乞い、自身に一番合う方法を模索したが、結局は何の工夫もせずに折るのが一番マシであった。
学生アルバイトの子たちはみな手先が器用だ。担当を持っていない彼らはレジに入る時間が多く、暇な時間をブックカバー制作作業に充てている。それゆえ技術はまさに達人級。五枚ほどの用紙をいっぺんに折り、目にもとまらぬ手さばきで大量のブックカバーを生産していく。

「今、どうやったの。」
「こうして、こうです。」

ゆっくりと動作を見せてくれる。決して特殊なテクニックを使っているわけではない。

「どうやって綺麗に角を合わせてるの。」
「どうやってと言われても。普通に、です。」

再び同じ動作を繰り返すがやはり特異な点は見られない。一発でぴたりと角を合わせ、すーっと指を滑らせる。
・・・だめだ。こいつら上手すぎてさっぱり参考にならねえ。

ワンピースや呪術廻戦などの人気コミックス発売日には、新書サイズのブックカバーを大量に用意しておく必要がある。ワンピースに関しては一日で五百冊以上売れるので、最低でも三百枚は欲しい。みな時間がないなかせっせと作業に励むのだが、このときの私は全く戦力にならない。
まず一枚作るのに一苦労。やっと五枚できても横を見れば、ブックカバーの山を構築したスタッフがいて、ひどく申し訳ない気持ちになる。
「下手だからとか四の五の言ってられない!
とにかくめちゃくちゃ作らなきゃいけない!」
スピード重視で折ってみたこともあったが、それはあまりにも愚かな行為であった。悲惨な折り線が刻まれたブックカバーたちを見て、他スタッフの眉間に小さなしわが寄る。最終的に、私が生み出した可哀そうなブックカバーたちはすべてハサミで裁断され、メモ用紙としての道を歩むことに。
ごめんよ、本当にごめんよ。
運命を変えられてしまった彼らに謝罪するが、向けられる折り目は恨みがましく冷たい。

とは言いつつも書店員を二年やっている身。時間さえかければそれなりに折れるようにはなってきている。
ただ、まだ攻略できていない強敵がいるのも確かである。それは即席で作らなければならないサイズのブックカバー。ガイド本や風景写真集などに多いのだが、一般とちょっと異なる形状の書籍はハードルが高い。レジで差し出されると、正直少し身構えてしまう。

「すいません、カバーかけてもらえますか」
「お時間かかってしまいますがよろしいですか」
「大丈夫です」
「かしこまりました」

涼しい顔をしながらも、内心めちゃめちゃ焦っている。オリジナルサイズのため、記載されている折り印を頼ることができないのだ。

とりあえず用紙の真ん中に本を置いて、紙を右側へ折り曲げてサイズ感を測る。天と地に紙を合わせて、何となくの位置に小さな折り線を作る。
そこから先はもうブルース・リー。
感覚を極限まで研ぎ澄まし、ぎゅっと折ってエイヤッと巻くだけ。細かい寸法を計算し始めてはいけない。不安で手が震えたらジ・エンド。考えるな!感じろ!俺!
「大丈夫、それなりに形になってる。大丈夫、大丈夫」
己に言い聞かせながら出来栄えをチェックする。フィットしたときはホッとして力が抜けるし、ちぐはぐだったときは冷や汗をかきながら地獄の時間に再度挑む。

誤解しないでほしいのは、制作するのが苦手なだけでカバーをかけるのが嫌なわけではないということ。
私自身も本を読むときは常にカバーをかけているし、間違いなくこっちの方が本は傷まない。お洒落なデザインのものもあるので、ぜひいろんなお店のカバーを利用してみてほしい(勤務先の本屋はチェーンだからどこかで手に入れられるかも)。
ちなみに、私の推しブックカバーは蟹ブックスさんのカバーである。
まさしく超書店級のかわいさ。紙に鼻を近付けるとなんだかドーナツのようないい匂いがして、とてもリラックスした心地で本を読める。
当たり前のことであるが、店主の花田菜々子さんはブックカバーを折るのがとてつもなく上手い。

最後に、個人的な言い訳をして締めたいと思う。多くのお店は無料でブックカバーを提供している、ということである。

『ブックカバーはサービスなんです。あなたのブックライフが快適なものになりますようにっていう、商売を越えたメッセージなんです。頑張って作ってるんだけど、ちょっと不格好だったらごめんなさい』

本の値段に書店員のサービス料は含まれない。そのなかでカバーを付けたりしているのだからちょっとくらい大目に見てくれよ〜というのが本音である。
もちろん綺麗に仕上げる努力はする。本好きとしてのおもてなし精神は書店員の矜持だ。

明日も私はブックカバーを折る。
日に日に上手くなっていく成生を、みんな楽しみにしていてほしい。

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